夏安居 新しい命 を育む

〈御神像争い〉

当時、真南条村の名主は、近郷にも名の知れ渡る剛のものあったので、口論のあげく、「それでは力づくで」と御神殿の扉を押し開き、御神像一体(いざなみのみこと)を持ち出しました

山モミジ紅葉・音羽

それを見た他村の名主たちも、遅れてはならじと御神殿へと殺到していきました

扶け愛

神内の人たちは防戦に努めましたが、何しろ急なことであり、人数も少なく残り一体の御神像(いざなみのみこと)を守護するのが精一杯でした

トウヒ?

真南条の名主は、御神像を抱きかかえて波賀野村(はがの)を東の方へとひた走りましたが、村はずれまで来てか神内(みうち)追っ手に追いつかれてしまいました

そこで、近くにあった大きな棒を拾い上げ、棒を振り回して追っ手たちと一戦を交えることになりました

道の真ん中に新しい芽吹き、夏安居を思い出した

なにせ、つわものであり、追っ手の人数もあまり多くなかったので何とか追っ手を追い返すことが出来ました(この場所がいまでも棒振りの地と呼ばれています)

ここに置き忘れていた(>_<)

そして当野の船瀬のあたりまで来ましたが、ここはその地名が示すように、当時は沼地となっていましたので、一旦は古森(地名)まで出て、当野の村まで逃げることにしました

暑さに負けず振りまく笑顔

当野の人たちも、常日頃神内の人たちに反感を抱いていたので、村人達が追っ手の行く手をさえぎって、逃げる手助けをしてくれました。名主は、これで、やっと真南条村にたどり着けました

まずは一安心(*´ω`*)

さて、真南条村では、村の主だったものたちが集められ、今後の対策について協議がなされました。そしてこの里に流れていた清流の源の岩屋に御神像を安置する事にしました。当然神内の方でも黙っているわけがありません

八幡神社分岐

何回にもわたって、御神像を取り返しに来ました。そこで、真南条では谷川の近くの人たちに、御神像をお守りする役が当てられました。人々は見張り役の当番をつくり、昼夜ともに、御神像のお守りを交代でする事になりました

厳しい下りの連続

また、助けてくれた当野の人たちに感謝する意味で、真南条の人々は、食事のときに当野の人たちに膳を供えていたということです

雨が降ったら滑って歩けないでしょう 

この御神像争いの時に、大沢地域は神輿を持ち帰り、今では、それらを御神体として、祭事が行われている

暑さと難路との戦い

箱本 十三町 城下町

興道地蔵尊

御詠歌

福寿地蔵尊

本町

春岳院護摩堂

地蔵尊

日蓮宗 宗延寺

鐘楼門

箱本十三町:城下町繁栄のため実施した自治制度

堺町

新中町

駟馳山 甘く見ていた 里山

唯一の台地

休憩棟

滝ケ磯分岐

ここも通行止め

断崖下はブルーシー

滝ケ鼻方向

風化と海蝕

恵比須展望台

岩戸海岸

遭難者も出ているようです!

岩戸神社へ無事下山

山頂からは大山が見えました\(^o^)/

砂丘会館で昼食

鳥取砂丘