高吉は 名君の誉れ 名張宗家
浄土宗心光山松壽院「西方寺」
御本尊:阿弥陀如来
寛永3年(1626)頃、藤堂高吉公が伊予の今治より名張に移封の際に、その妻 慶法院殿、重臣 小澤家を始め30余家が菩提寺と定めて堂宇を現在地に移転しました
中興開山は還誉上人代(2世)7世園誉上人の時、12世説誉上人の時に堂宇が再建され現在に至ります
名張市指定文化財として「キリシタン文書」があります
名張藤堂氏の祖・藤堂高吉は、津初代藩主藤堂高虎の養子であったが、当初後継者と目されていたが、高虎に実子・高次が生まれると、高吉は疎んぜられるようになり、高次の命で
名張に領地を与えられ名張藤堂氏が始まった
高吉は名張の振興を図り、名君と呼ばれた
その高吉の側室が慶法院で、名張藤堂2代目長正は慶法院の子

























