外堀門 緑地公園 整備され

外堀緑地北門 (復元)

かっての外堀の土塁は、松または藪で覆われ、雄大なものでしたが、近年それらは殆ど旧観を留めず、

溜池として残り、西の蛇ケ池から右回りに尼ケ池、番鐘池、鴨ケ池、代官池、正願寺裏池、小川町裏池、広島池、高付上池、宮本上池、常念寺裏池、材木町裏池、薬園寺裏池、洞泉寺裏池、牢屋敷裏池、八幡堀池、矢田筋裏池、高塚池、箕の山浦池、大職冠裏池などで、

その内、緑地の「北門」が建てられた「常念寺裏濠」から「南門」の建てられた「洞泉寺裏濠」までが近頃「外堀緑地」として整備され、

「北門」は1724年(享保9年)城下に57ケ所もあった木戸(番所)の「冠木(かんき)門」をイメージして造られました

外堀は秋篠川から佐保川への流路を利用したものだった

郡山城外堀跡の当時の門扉を復原した

堀兼舟運、生活水として使われた様に思う

団地の前に残る石垣

これも外堀の遺構でしょう

郡山弁才天

築城の際持ち出されなかった墓石?

仁王門 聖域俗界 仕切り門

「摩尼さん」と親しまれる天台宗の古刹仁王門

鳥取県下には数少ない本格的な形式をもった三間一戸楼門である仁王門

階下に金剛力士

階上に釈迦如来と十六羅漢を安置

鳥取県の有形文化財に、本堂・鐘楼・山門は国の登録有形文化財

本堂までは303段の石段がある

仁王門は単なる建物の入り口以上の意味を持ち、寺院の聖域と俗界の境界を象徴します

また、参拝者を守り、寺院の神聖さを示す重要な構造物です

摩尼山(357m)は古くから亡くなった人の霊魂が集まる場所と信仰されていた場所

1581(天正9)年、羽柴秀吉が吉川経家の籠もる因幡鳥取城を包囲した鳥取城攻め(通称「鳥取の飢え殺し」)で、羽柴秀吉軍の焼き討ちにあって荒廃

その後、藩政時代に因幡国鳥取藩藩祖・池田光仲らが鳥取城の北東(艮=うしとら)の鬼門にあたる現在の山裾に、鬼門鎮護で再建したのが現在の摩尼寺です

303段上り詰めると山門に至る

多紀連山 郷土の誇り 聳え立つ

八幡神社社叢

音羽谷川堰堤

上流に音羽の滝がある

杉林

火とぼし山登山口

音羽谷入口

大沢ロマンの森

八幡神社擁壁

禄庄城址山

第二次丹波攻めの様子

光秀シリーズで登った山々

篠山ロータリークラブ記念事業碑

多紀連山、三岳連峰は篠山盆地の護りのように屹然と聳え立つ、わが郷土のシンボル