音羽山 醍醐寺通り 入山す

唐門:慶長4年(1599年)に、門跡寺院だった三宝院に朝廷の使者を迎える為に造られた

全体が黒漆塗りで、紋は金箔が貼られてあり、 国宝に指定されています

3間1戸の平唐門で、大きな「五七の桐」をつけた2つの扉とその両脇に「十二弁の菊」の彫刻が施されている

仁王門

9時からの開門なのでパス

仁王門(西大門)は、1605年(慶長10年)に豊臣秀頼によって再建されました 

仁王像は、1134年(長承3年)の造立で重要文化財に指定されています

長承3年(1134)座主・元海の時、勢増、仁増が一体ずつ製作したということです

朝早い時間だったので近所の人が通るだけ、ひっそりしていた

白壁が美しい

開基僧 法道仙人 天竺より

鹿野山朝光寺山門へ至る石段

法道仙人が651年に開基したという伝承をもつ

本堂は国宝、鐘楼は国の重要文化財に指定されている

法道は天竺(インド)から紫の雲に乗って日本へやって来たと伝えられる、半ば伝説上の人物

法道開基伝承をもつ寺院は兵庫県東部地域に多数あり、当寺もその1つである

創建の詳しい事情や初期の歴史については、史料が乏しく、あまり明確でない

1189年 つくばねの滝近くの現在地に移転、再建

1413年、本堂再建

京都・三十三間堂の十一面千手千眼観世音菩薩立像のうちの1躯を本尊(西本尊)として安置

1504~1520年に赤松義村が再興

昭和29(1954)年3月、国宝に指定

寄棟造、本瓦葺き

厨子裏板の墨書により応永20年(1413年)に本尊を移し、正長元年(1428年)に屋根の瓦葺きが完成したことがわかる

建築年代の明らかな、室町時代密教仏堂の代表作の1つであり、和様に禅宗様の要素を加味した「折衷様」建築の代表例でもある

堂は桁行(間口)7間、梁間(側面)7間で、正面に3間の向拝を付す(「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を表す用語

日本の里 百選先人 偲ぶ灯 

金蔵万灯会あゆみ「里山を照らす、3万個の灯り」

今年16回目!?

金蔵集落はかつて寺領として栄え、室町時代には能登守護職の畠山氏により全村焼き討ちに遭い、五ヶ寺を中心に再興しました

その先人らを偲び毎年8月16日に行われる「万燈会(まんとうえ)」では、3万本のろうそくで集落全体を灯します

万燈会では地域住民は勿論、県内の学生ボランティアなどが一丸となって準備から当日の案内、片付けまでを執り行います

小生もお盆に帰省すると両親に誘われて数回見学した

昔3万本、現在4000本

 

 

過疎化の波が一気に押し寄せた

大阪ボランティアの担当領域

山門

境内の灯り

復興への祈り

共助

東京多摩市から来られたボランティアさんは全国を周り、金蔵には毎年来られている