ひで坊の長浜→大津日記 -684ページ目

讃岐の院日記巻9



長浜を離れ、讃岐の地

今しばし崇徳院を偲ぶ旅を追想しよう

煙の宮、青海神社

観光地化を図り損なったお宮前の茫々たる空間処理はなんなんだ!

西行の道の巨碑が浮く

さて
その西行

崇徳院のオヤジの鳥羽上皇に仕える北面の武士だった

今言うシークレットサービスだね

それがさ、仕える上皇の女、つまり崇徳院の母である待賢門院にホレたときたもんだ

西行と崇徳院は和歌がとりもつ友達関係

好きな女の息子と親しくする男心を思んばかれ

さて
その西行

イイゴムツケタ保元の乱で敗れ讃岐の流刑地で憤死した崇徳院を白峯に詣でる

その足跡をたどる遊歩道が青海神社から始まる

いやあ坊待賢門院好きなんだ

京都花園法金剛院に残る江戸期の肖像画にホレた

西行恋仇

崇徳院のエナジーを感得するジャーニーは続く…

讃岐の院日記巻8



さても
崇徳院の事跡を訪ね、
讃岐の旅を続けよう

煙の宮、青海神社

縁起に曰わく、
崇徳院の玉体を白峯山で荼毘にふす

尊き紫煙たなびけしその他を宮として祀り賜うた

この神社は高家神社にくらぶれば遥かに整備されている

未だ中途半端ながら西行の道なる登山道もできた

入口のトイレはウォシュレット付き

使用させて戴く

オウミと呼ぶは近江の地より来る坊とも近しくおぼほゆ

しあらば
一首

うら寂し
社の続く
旅の春
君が思いよ
届け都に


旅は続く…



讃岐の院日記巻7



旅は始まったばかり

血の宮、高家神社

白峯山からは非常に分かりづらい

看板標識がないんだから…

崇徳院は坊の年齢と同じ46歳で崩御された

亡くなった鼓ヶ岡御所から御陵の地となる白峯山へ葬送途中、高家の地にて休憩となった

柩をおいた六角石にその際血がこぼれた

その石が祀られてある

がこの神社少々荒れている

もう少し手を入れなくては…ネ

周りは鬱蒼としており、霊気が漂う

社殿に手を合わす

祭神には崇徳院と母待賢門院が合祀せられている嬉しい気分

待賢門院美人だよ~

院の魂安らかなれ