讃岐の院日記巻15
白峰宮近くにある神泉
八十蘇場の清水
ヤソバとよむ
8月に崩御された院の亡骸を埋葬場所が決まるまで腐敗防止に浸したという
コンコンと流れ落ちる清水の冷たさ清らかさ
崇徳院思慕の思いを皮膚感覚で体感する
泉の脇には、シーズンオフなのだろう、トコロテン屋が閉めた店先を周囲に違和感を発しながら転がっている
神泉でトコロテン?
泉湧く
その清水の
清らけく
今宵の月も
かくとかやせむ
最終地はもうそこだ
讃岐の院日記巻14
明の宮、白峰宮
崇徳院崩御後、妙光が発したあたりに建立された
故に明かりの宮。わかりやすい
祭神はもちろん崇徳院
天皇寺のすぐ隣にある
鳥居が三連型でユニークだ。強めの結界で怨霊封じ込めだろうか
実は崇徳院とは亡くなってから高倉天皇が名付けられたおくり名
流刑後は讃岐 院と呼ばれた
崩御当時から怨霊として恐れられていた
本殿にて、二礼二拍手一礼
旅は佳境に入る
讃岐の院日記巻13
崇徳院の居宅跡、雲居の御所から一路坂出市中心街へ
次なるなる史蹟は、
その名も天皇寺
四国巡礼札所だ
崇徳院崩御後一時ご神体を安置したためこの名がある
詳しい縁起はわからない
境内はさほど広くないこじんまりしたお寺である
坊の好きな仏像も文化財的にさしたるものなし
巡礼の女性に混じって本堂に手を合わせる
巡礼の身には
あらねど
心根は
院を慕いて
拝みやはする
旅はまだ続く…