讃岐の院日記巻16
旅のピリオドだ
鼓岡神社
雲居の御所から移られて約6年
この地で崇徳院は憤怒の内に崩御された
御歳四十六
坊と同い年だ
神社は小高い岡にある
本殿にて参拝
ところでトコロテン
崇徳院とは亡くなってから付けられた呼び名
流罪時は讃岐院
じゃあ京都時代は?というと
これが新院
オヤジの鳥羽上皇が本院
このあたりが歴史の歪みで遅かれ早かれ、新院によるクーデターは予想されていた
呼称は生前であっても新院と呼ばず
崇徳院としました
御製
啼けば聞く
聞けば都の
恋しきに
この里過ぎよ
山ほととぎす
我製
ほととぎす
わが魂の
行く末を
告げそよ歌え
旅の終りに
白峯御陵衛士を目指してさあ京都に帰って白峰神社と祇園の御陵にお詣りだ
讃岐院日記終



