僕は高校を出て一度就職をしました。
入社二日目で「一度は捨てた夢だけど、やはりプロレスラーになりたい」と思い直したことで、いまに至ります。
その会社の配属先は大阪でした。
プロレスラーになるために練習する場所を探しているうちに、プロレスラーが経営するジム
「栗栖正伸トレーニングジム」
にたどり着きました。

大阪に住み始めて最初の週末、栗栖ジムを探しだし、前で誰か来るのを待っていました。

そこへ現れたのが栗栖正伸会長でした。
当時、会長はイス大王として新日本プロレスで暴れていて、独特のオーラを持っていました。
そのオーラに圧倒されながらも、自分の意思を伝えました。

栗栖さんは「もう少ししたら、若い子が来るからさ」と言いました。
最初にやって来た若い子は山田花子ちゃんでした。

翌週から栗栖ジムに通い始めた僕は、プロレスラーを目指す同世代の若者たちと出会いました。

彼らと切磋琢磨し、プロレスラーを目指しましたが、数ヵ月後に、何人かの仲間と共に栗栖さんに挨拶もせずジムを去りました。

その時、一緒に辞めた仲間では、伊藤崇文がパンクラスに入り、僕も23歳にしてようやくバトラーツに入りました。

それから、何年もの月日が流れ、ZERO-ONEの会場で栗栖さんに再会する日が来ました。

気まずいやら何やら、とにかく僕は栗栖さんの姿を見つけると駆け寄り、

「会長、ご無沙汰しています。あの時は挨拶もせずすみませんでした!」

と、頭を下げました。

栗栖さんは一瞬難しい顔をしましたが、

「日高くん、基本はみんな一緒。基本を頑張ってきたから、今こうして活躍出来てるんだ。いいことだよ」

と、笑ってくれました。

そして、田中さんとのシングルマッチを終えた僕に

「こうゆう試合がやりたかったんだな。すげえことするじゃん」

と、言って下さいました。


昨日のなにわ大花火。

初めてツーショットをお願いしました。
栗栖「なんだよ、急に。撮ったことなかったっけ?」
日高「はい、初めてです!」
栗栖「恥ずかしいじゃんか」



若気の至りと言えば、そうだったのかもしれません。
若い僕たちには我慢できないことがあったのかもしれません。
ただ、挨拶もしないで、というのは心のどこかに長年引っ掛かってた訳で、ZERO-ONEで再会出来て、現在のようにお話出来るようになれて、本当に良かったです。

会長、ありがとうございました。
いつまでもお元気で、イスを振り回してください!