■びっくりマン(マルホン)
■大当り確率144分の1
連荘機全盛時代にマルホンが発表した1回権利物。
この機種は当時の人気機種をリミックスした異色の混合マシンと
言えるかも知れません。
役物の仕組みは羽根物「マジックカーペット」(三共)と全く同じです。
ステージ部分を改善してありますので、拾われた玉はほぼVに入賞します。
入賞すると、当時凝りに凝っていたマルホンお得意のドットデジタルが作動し
「33」か「77」が揃えば見事に権利発生となるのです。
セル盤を見た感じでもいかにも遊べそうな雰囲気ですよね?
実はもう一つ当時の人気機種からパクっていたものがあるのです。
そう、肝心のゲーム性なんですけど・・・・
ダイナマイト
正確には全然違うのですが、出玉性能ははっきりいってそれ以上だったと
言えるかも知れません。
とにかく一度当ればどこまで続くかわからない過激な連荘性にどのホール
でも殺伐とした雰囲気が漂っていたような気がします。
芋づるっぽい引き戻しも頻発する為、明確な止め時がないので、時間と金
の続く限りとことん勝負する人、ハイエナ専門に徘徊する人等常に他人の
目が気になるような機種でした。
但し、それとは逆に導入はしたもののその連荘にビビって釘を閉めまくって
客を飛ばしたお店も多々ありました。
お客は当然、少しでも回る店に集まるため、打てない客が徘徊するほど混
雑するお店、全く稼動がなく閑散としたお店と両極端になっていましたね。
関西地方はその前に登場したダブルゲームの設置が多く、人気も高かった
ので、残念ながらあまり打つ機会はなかったのですが、数年前にN県で設
置を確認しています。多分まだあるでしょうねぇ、あそこなら・・・・・
↓関西で設置が多かったダブルゲーム
■大当り確率180分の1
連荘は小当たり(「33」「77」以外のぞろ目)で終了。
止め時が明確な事が逆にメリハリとなって、受け入れられました。
ビックリマンは内部的に連荘と終了の抽選を行なっていたようで、
小当たりで終了とならなかった為、逆に大当りの期待感が継続で
きた事が人気の要因となっています。
全く逆の仕組みながら両方とも人気があったのは、どちらも洒落
にならない連荘性だった事はいうまでもありません。
当時は店員によるドル箱の上げ下げのサービスなんてありません
でしたが、大当りするといつの間にか後ろに5箱程空箱が準備され
ていた位です(勝手に交換してくれというお店からの無言のメッセー
ジですw)
■おまけ
*nobさんのブログ から転載許可を受けています
*RASさんのブログ から転載許可を受けています
トリオ(ニューギン)
■大当り確率260分の1
連荘機全盛の時代、権利物は一時的に権利発生回数の異なる
機種が次々と登場しました。
特に連荘性等が仕組まれていなかった為、人気機種とは言えませんでし
たが、比較的固定客がついて安定した稼動を保っていた機械です。
トリオの場合、初当たりが「3・7で揃えば3回権利」「1・5・9なら2回権利」
「偶数だと単発」という具合に揃った図柄で出玉が大きく変動しました。
確率変動が合法的に認められていた権利物ならではのアイディアと
言えるかも知れません。この他にも奥村のフリークアウトは1or2回権利。
三共のレスキューキャッチャーは3回権利固定だがラウンド数を毎回
抽選するといった感じで、連荘に頼らなくてもスペックの特性をフルに
活かしたゲーム性の充実を各メーカーが工夫を凝らし始めたのです。
が、その後にマルホンが出したソルジャーが全ての思惑を見事なまで
にぶち壊してくれました。
■タイガーⅢ(平和)
恐らくゼロタイガーの次に平和から登場した羽根物がこれだった
のではないでしょうか?
出玉よりも継続性や当たり易さを重視していたので、当時初心者
だった自分でも気軽に遊べた記憶があります。
画像が小さいのでわかりにくいと思いますが、羽根はL字型になって
おり、拾われた玉は羽根が閉まるまで一旦停留するように出来ています。
当時としては珍しいタイプで、Vゾーンが役物の奥に配置されています。
羽根に拾われた玉が役物内部のレーンに乗るとそのままVまで誘導され
るようになっていました。
このレーンは段差があり、イレギュラーでVに入賞する事はありません。
羽根から直接レーンに乗る事だけが唯一の大当りパターンだったのです。
その為、1回の開放で複数の玉が羽根に乗ると入賞率が桁違いにアップ
しました。正確にいうならば、「単発で羽根に乗った玉はほぼレーンには
乗らない」だけなのですが・・・
この頃の羽根物はタイムラグ等がありませんので、Vに玉が入るとその
分だけラウントが進みます。羽根に2個乗った玉が両方ともVに入ると一気
に2ラウンド進むわけです。
従って、当たり易い台は完走しても出玉はかなり少なかったのですが、それ
以上に羽根の癖によって、出る台はとことん出ましたので、開放台を掴む事
が出来たら、その時点で打ち止めが約束されたようなものでした。
個人的にはこの頃の羽根物で一番好きだった台です。
■エキサイト1-2-3(ニューギン)
■大当り確率230分の1
6桁デジタルを使用した連荘機時代のニューギンのヒット作。
大当りとなるのは6桁全て3・5・7で揃う必要があるので見た目には
確率が低そうなのですが、各デジタルに停止する数字も357しかな
いので、実は表示上(243分の1)よりも当り易くなっていました。
左→中上→中下→右上→右中→右下の順に停止して行き、どこか
で違う数字が止まった時点で残りは即止まりしました。
右中までデジタルが揃っていた場合、右下はスローアクションとなり
表示通り3分の1で大当たりが期待できたのです。
当時の専門誌は必勝ガイドが一歩抜き出た人気を誇っていましたが
調子に乗って他誌をおちょくりまくっていた時代でした。
連荘のシステムにメーカーが工夫を凝らすようになると、各誌は色々
と予想をしながら解析で判明するまでは実践で確認していたのです。
そんな頃、「プロが教える秘密のパチンコ術」は大当り中に10カウント
させなければ連荘するのではないか、という予測で記事を載せた事が
ありました。(どの機種だったのかは忘れましたが・・・)
「ノットテン打法」と命名して、フルオープンさせたり、11個以上拾わせ
たりして、実践データを掲載したのですが、それをガイドは「10やあら
へんで打法」とおちょくりながら、誌上に掲載していました。
確かに、パチンコ術で予測した機種では意味がなかったのですが、
このエキサイト123では、正にそのノットテン打法が連荘の仕組みと
なっていたのです。
正確には最終ラウンドで11個拾わせる事により保留の書き換えが
行なわれており、パチンコ術で大々的に解析記事が掲載されていた
のが印象に残っています。
当時、ガイド・マガジン・パチンコ術・パチンコファンの全てを購読して
いたのですが、客観的に見てもガイドの記事は調子に乗りすぎだと
思っていたので、「ざまぁみろ」と思いながら読んだ記憶があります。
今となっては何がざまぁみろなのか謎なんですけどね・・・w
ノットテン打法自体はオカルトからの予測だったと思うのですが、以
後は春一番・スーパードーム等次々と実際に通用する機種が登場
する事となり、新台の連荘システム予測のスタンダードにまでなって
しまいました。
ブンブン丸(平和)
羽根物のラウンドが8→16になった時、メーカーには2つの選択が
生まれました。
新基準の特性を活かして大量出玉を実現する。
この路線で進んだのが三共・西陣でした。
一方、従来どおりの遊べるスペックを継承するという選択をしたのが
三洋と、平和でした。
平和は新基準後はカンガルーチャンピオン・ボイジャー1号等「完走す
れば出玉は期待できるがパンクし易い」という台を登場させてはいたも
のの、結局中途半端なスペックからか導入は進まず、ブンブン丸によっ
て遊び重視の機種へシフトして行きました。
払い出しをオール10にして完走時の出玉を抑えた事で、他社との差別
化に成功したのですが、これは最初に登場させたブンブン丸の完成度の
高さによる功績も大きかったのではと思われます。
貯留3個でほぼ継続だったのですが、5カウントで解除される事、解除時
に玉同士の干渉でVをそれたりする事、貯留が不安定になりやすいので
1~2個の貯留だと安心できない事等、かなりドキドキする場面が多かっ
たのですが、それを甘めの役物でカバーする事により、全てがゲーム性
として受け入れられたのです。
大当り中はカウントと開閉数をきっちりチェックして止め打ちを駆使すれば
継続率を向上できるという程良い技術介入度によって、初心者からプロま
で客層を選ばない機種としてロングランの設置が続きました。
羽根物ニーズが高いホールでは初期に設置した大量出玉機からわざわ
ざ入れ替えるお店まであった位ですからね。
しかし、トータル的な羽根物のニーズというのはこの頃から、どんどん減っ
て行き、ホールも主力を羽根物からデジパチへと移行させていった為、新
台羽根物ではなく、デジパチや権利物の新装で姿を消す事がしばしば見受
けられました。





