このあいだあんな日記


を書いて、私の統合ラブとか言っていましたが、その繊細な私が、全く些細なことでひどく狼狽して、傷ついたのがわかった時、「こいつうぜえ」と早速思ってしまいましたあせる

 

強い私は「そんなことないよ!気のせいだよ!もしそうだからって、たいしたことないよ!」というものの、繊細な私の悲しみがおさまらない。そんな繊細な私を見つめながら、「細かいことでぐだぐだ言ってうざい…。」とますますイラつく強い私。そうすると、お腹の中で、繊細な私がまた水晶の塊になろうとしているのが感じられました。

 

そこで、あ、まずい、、、そうだ、傾聴傾聴、、、と思い、悲しい私が言っていることを、声に2回出してみました。

そうしたら、落ち着いて、水晶化はおさまりましたが、「まだこいつ信用ならない」と思われている感じがします滝汗

だから外に理解者を探しに行くんだろうなあ…。

 

そして、これってそのまま長女とのコミュニケーションに反映されています。

 

この頃、現地校の宿題以外は、なにかやりなさい、と長女に言わない実験をしています。

そうしたら、土曜日は、一日中ベットから出ないでオーディオブックを聞いていました。

 

寝床に入ってもまだ聞きたいというので、「今日はおしまい」と言ったら、ものすごくごねる。

うざいので「おしまいはおしまい!」といって取り合わず無視していたら、

 

「私のことが嫌いなんでしょ!なんで私のこと殺さないの!そうしたら大好きなKちゃんとだけ暮らせるからいいでしょ!」という手紙を書いてきました…チーン

 

その時の私の気持ちは、悲しいというかうざいというか…。こんなに手塩にかけて、愛情を雨あられのように注いで、私の時間をほぼ使って育ててきたのに、この態度…。自分の傷ついた気持ちに入り込んで、自己憐憫・・・・。

そんなことで傷つかれて、それをこれ見よがしにパフォーマンスされても…。と思っちゃいました。

 

で、その時は「うぜえ」で終わったのですが、今、自分とのコミュニケーションを考えてみたら、そっくりそのままですね滝汗

 

長女の、または「繊細な私」の気持ちをまずはニュートラルに傾聴する。気分を変えることも促さない。たいてい、聞いてもらったことでおさまる気がします。

 

長女と私のコミュニケーションは、私の内側の、「強い私」と「繊細な私」のコミュニケーションそのもの。

そう考えると、長女がすごく「女の子らしい」子であることは、なにかより深い意味があるのかもしれません。

 

私がすごく感銘を受けた本に、

「心の対話25のルール」という伊藤守さんの本があります。

 

 

 

20章「人とのコミュニケーションは、自分の内側とのコミュニケーションに比例します」の一節を引用します。

 

「自分の感情、考え、記憶、欲求、役割、それらと距離を作り、コミュニケーションを交わしたいという意図を持ち、たとえ、どんな感情であっても、どんな考え方をしていたとしても、多少苦痛をともなう記憶であっても、親しみをもって、コミュニケーションを交わしなさい。

 

そこで、無理に何かを感じようとしたり、何も感じられない自分を責めたり、ありもしない感情や要求をねつ造したりしてはいけません。

 

そうではなくて、ちょうど鏡の中の自分を見るように、自分の心が伝えてくるものを、ただ聞いてみるのです。それがいい感じであれ、そうでない感じであれ、そのままを受け入れるのです。

 

 

自分の中の感情とは、そのほとんどが、微妙な体の変化であり、響きであり、ビジョンです。それらを、最初から終わりまで、見て、聞いて、触れて、そして味合うのです。どれらも否定したり、避けたりしないで、そのままで受け止めるのです。

 

自分の内側の声とコミュニケーションが取れているとき、あなたは、人とのコミュニケーションもまた、とれていることでしょう。」

 

 


 


 

今日降ってきた言葉


自分になる。


侍女でも、名誉男性、魔女でも、姫でも、女神でもない、、、、、自分になる。


春の森にて。








まだ続きます、留学前夜話

 

https://ameblo.jp/hexenatsuki/entry-12664912022.html

 

ここに書いた本に従って自己分析を進めた結果、私がやりたいのは、

「大好きなプラハに住んで、いろんな文化の人の交流したい」ということがわかりました。

 

大学の時は、外交官になりたかった私。

 

自分に正直に外交官になりたかった理由を分析すると、

①日本に軸足を置いているが3-4年ごとに別の国に行けて様々な文化に触れられる。

②人に尊敬され、経済的に安定している職業で、女性でも活躍できる組織である。

③得意な言語能力を高めながら、様々な文化から来た優秀な人と交流をし、自分の国際性を高められる

 

からだとわかりました。

 

つまり、外交官のメインな仕事内容であろう、「派遣地の政治・経済状況に気を配りながら国益を代表してネットワークを構築する」とか、「日本からの要人を接待する」などは別にどうでもよく、興味があるのは「安定していて、みんなに尊敬される組織から、外国に派遣されて、きちんとしたお給料をもらいながら、いろんな国の人と交流する」だけ・・・。あんなにこだわっていたのに、真にやりたいことは別に外交官でなくてもぜんぜんいいことに気が付きました。

 

さらに言えば、一番大事なのは、「好きな国に行って、色々な国の人と交流して、自分の国際性を高めたい」ということだけ。

 

だったら、別に仕事をしなくても、留学すればいいじゃん?!そして、会社から派遣されるわけじゃないんだから、好きな国を選べばいい!

じゃあ、プラハに行こう!!という結論になりました。

 

「そうはいっても、収入がなくなっていいの??」という自分ツッコミは強力でした。じゃあ、何をしたらいいかな?と考え、出発前に、翻訳会社に何社か登録しました。その時はIT企業で社内翻訳を4年やっていたので、登録は簡単にすみました。

 

結局この時に登録した翻訳の仕事は、2本ぐらいやった時点であまりに割が悪いので止めましたが、留学をするために会社を辞めることの怖さを制御するのには役に立ちました。

 

そして、チェコ語を学びに語学学校に通いはじめました。この時のクラスメート4人は、その後も長く交流が続きます。

ひとりは、チェコに8年滞在したのち、日本に帰って農業!に従事しています。

 

一度レールを外れると、その後はお花畑でうろうろすればいいだけなのです爆  笑

 

次からやっと、チェコ時代の話に入ります。

 

 

 

 

 

 

大魔女ミカリュスさんとお話しした時に、「自分を100%表現できる場所を作りなさい」との教えをいただき、正直「表ブログは、友達の交流が楽しいんだけどな〜」と、完全には納得しないまま、こちらのブログを立ち上げました。

 

そうしたら私が寝ている間に、表ブログの方に友達から、「私が見てることで、書きにくいようだったら、見ないようにするから言ってね」とコメントがありました。何を隠そう、私の自分ツッコミはこの子の顔をしていました。

 

そこで初めて、なんで師匠があんなに、別ブログを立ち上げるようにと言ったのかがわかりました。

 

その友人は「プチ教祖様」要素が私にはあって、気にしてないつもりでも、彼女の意見が気になるし、私の話を聞いて、彼女に「変わってほしい」と思ってしまいます。彼女が別の子のことを「自信がない子がいて、、」と言うと、「実は私も自信がなくて」とか語りたくなるんです。彼女に対しては、心がぱっかーんと開いてしまう。

 

お互いまだ若くて未熟だったころ、相互依存のような関係になってしまい、ひどく傷つけあったことがあるので、しばらく離れていました。ここ何年かで、私の中でわだかまりが解け、昔のように楽しく交流できるようになったのですが、そうすると、否応なしにシンクロしだす…。

 

その話を、私が「波動が高い」と思っている別の友人にすると、「たぶん、自信がなかった自分を認めてあげてね」といわれました。

そのとき、びくびくっと、私の中のハリネズミが反応するのがわかりましたw

 

私の中のハリネズミ

 

そこで、なんでここでハリネズミが反応するんだ、そして、私の中の「プチ教祖様」を求める要素はいったい何なんだろうと追求していくと、自分からひたすら隠している、「ひどく感じやすく、傷つきやすく、繊細な自分」が見えてきました。いたたたた・・・。

 

私は、自分に対して「強い」というイメージを持っています。しつこいですが、イメージは、オスカル様。

 

 

常に、「強く美しくあれ」が人生のテーマだった私ですが、奥底には、すごく傷つきやすくて繊細な自分がいます。そんな自分の片割れを、大嫌い、と否定して、ぎゅうぎゅうと地下室に押し込めていました。

 

地下室で、繊細な私はしばらくはおとなしくしてますが、一定の間隔で、「そろそろ出していただきたいんですが、、」と強いわたしに訴えかけてきます。が、強い私は繊細な私が大嫌いなので、その声を無視し続けます。

 

すると、繊細な私は、その存在をわかってくれる人に、訴えかけるんです。

「私はここにいるのー、気が付いて、出してーっ」て。

 

大学の時は友達が気づいてくれて、そしてその子との関係で傷ついた時は、神様が助けてくれました。

 

元カレとのいざこざでズタズタに傷付いて、押し入れにこもって布団をかぶって泣いていた繊細な私を、表に出してきてくれたのは、今の夫でした(私の守護天使、って思ってますハートほんとハート)。

 

今回は、ちょっと違います。

今、私はすごく幸せです。念願の2人目の子に恵まれ、子供たちはかわいいし、夫との関係も良く、とても満たされています。

 

それなのに、ミカリュスさんの書かれるスピリチュアルなものにぐんぐん引かれて、セミナーなどにも積極的参加にしているのは、「今こそ、自分に還りなさい。自分を統一しなさい。」と神様が(又はハイヤーセルフが)導いてくれてるんだと思います。

 

昨日の夜、繊細な私の話を詳しく聞いて、「よしよし、つらかったね…、そして、無視してごめんね」と仲直りをしました。そうしたら、お腹の中で硬くなっていた水晶色の「繊細な私」が、どんどん柔らかくなって、暖かくなってきて、じーんとおなかの中で存在感を増して来ました。それが今、キラキラとした流れに変わり、体の中に溶けていこうとしているのを感じています。

 

春分の日から始まったデトックスは、とても身体的です。

 

今朝、夫と一緒に聖歌を歌いました。(私たち夫婦はキリスト教徒です。そしてクラシック音楽が大好きで、特にミサ曲などの聖歌は、歌うのも聴くのも大好きです)。そのあと私が大好きなウィーン少年合唱団の歌う、メンデルゾーンの「我が祈りを聞きたまえ(Hör’ mein Bitten)を聴いていた時、しばらく忘れていた歓喜の感覚が降り注いできました。

 

Hear My Prayer, Hymn for Soprano, Chorus and Organ - Sung in GermanFelix Mendelssohn · Song · 1995リンクopen.spotify.com

こんな喜びを感じることができる魂の半分を、封印していたなんて、、ごめんね、私笑い泣き

 

その感覚のまま庭に出ると、いつもは意識したことのない、植物の息吹をありありと感じることができました。

 

行動力溢れる、負けん気の強い私も、繊細で、人の悪意に敏感で、聖歌に心震わす私も、全部ひっくるめて私。

何日か前に、子供をまるっと受け入れる、ということを自分の課題にしましたが、それが出来てなかったのは、私が自分をまるっと受け入れられてなかったからだ、とわかりました。

 

春分の日以降、思いもしなかった毒がどくどく出てきて、デトックスされすぎて、全身が金色の光になって溶けてしまいそうですキラキラ

 

毎日思ってもいない自分を発見しています。明日はいったいどこに行くんだろうキラキラ

 

留学前夜は一回で終わるつもりだったのですが、私の中を掘り進めたら、まだ色々掘り出し物(笑)が出てきたので、ここに書いておきます。


私ははじめからチェコに留学する!と決めてたわけではなく、転職がしたいと思っていました。その時に、自分の中のごちゃごちゃを整理するために「The Pathfinder」という本を使いました。

 

 

キャッチコピーは、「仕事をしたくてたまらない!という気持ちで毎朝めざめたいですか?」

 

この本のいいところは、ものすごく具体的に、「夢の仕事」にたどりつくためのステップが示されていて、「今の仕事に不満がある。何とかしたいけど、どこから始めたらいいかわからない!!」という時に、この本に書いてあるステップをそのまま素直にやっていけば、道筋が見えてくるところです。セルフコーチング本。

 

この本を何章かまでやった時に、「私のやりたいことは転職じゃなくて、チェコへの留学だ」と見えてきて、最後まではやっていないですが笑

 

例を示すと、

2章の「You are what you do(あなたの行動が、あなたです)」では、

 

まず第一の質問として、

「あなたの夢の仕事は?」とあります。そこでさらにこれが、以下のようなステップに分かれています。

 

1、子供の時、どんな将来の夢をえがいていましたか?その空想をしているときにはどんな気持ちになりましたか?その気持ちを思い出して、書き出してください。

 

2, 今、どんな空想しているとつまらない日常を忘れられますか?これも書き出してください。

 

3、書いたものを見返してみて、その空想にひたるのが、なんでそんなに面白いのか、空想の中の自分と、今の自分と比べてみて、もっとワクワクしているか、空想中の仕事をするには、特別な才能や力を使っているのか、何があるからそんなに楽しいのか、空想中で一番ドキドキするのはどこか。考えてみてください。

 

4、そのうち、もしできるなら、将来選ぶ職業でもそうあってほしい、と思うものはどれですか?

 

5、絶対欲しいものと、あったらいいものの順位付けをしてみましょう。そして、これを別々に書き出しましょう。

 

。。。。こんな感じにすべての質問が進んでいきます。

 

私だったら、1は、自分が「ベルサイユのばら」のオスカル様になっているところ!ラブ超絶美しく、どんな男よりも強く、高い理想を掲げている…チュー って、これをかいてて、今も自分の理想は彼女が原型だとわかりました。「どんな女よりも美しいのに、男社会で出世しちゃう私」っていうのが理想なんですが、まあ、現実はなかなか厳しいです。ていうか、そもそもこんな理想を持ったことがまちがいのはじまりというか・・・笑い泣き

 

愛しのオスカル様ハート

 

それはさておき、私がこの本で学んだことで、今でも一番役に立っているのは、いつでも自分が未知の領域に挑戦しようとすると出てくる、「それはそうだけど、でも・・・(Yeahbutとこの本では名付けられています。)」という自分ツッコミを制御する方法です。私がチェコに行こうとしたときは、「でも、チェコに行って帰ってきたら、もう正社員にはなれないかもしれないし・・・」とか、「婚期をのがしちゃうかもしれないし・・・。」とかでした。

 

自分ツッコミが出てきたら、それは理性的な考えなどではなく、「自分ツッコミだ」と認識する。そして、それを抑えようとするのではなく、「自分ツッコミ」が言おうとしていることを聞く。自分の声ではなくて、すきなキャラクターの声などあてるといいかもしれない(私だったら、のび太君に突っ込んでいるドラえもんという設定)

 

話を聞いたら、じゃあその問題を解決するにはどうしたらいいか、Todoリストを作る。

 

正社員になれないかもしれない→海外経験がある仕事の求人を見つける。それに自分が応募できるくらいのスキルが身につくにはどうすればいいのか考える。

 

とかですね。

 

 私はこう言う自己啓発系の本は、英語で読むのが好きです。日本語のものより具体的なことが多いし、英語なので、きちんと理解しようと思うと読み飛ばせないからです。

 

かなりお世話になった本なので、いつも手元に置いています。

 

これを書くために今読み返したら、やはりいい本なので、今またやってみても良いかと思っています。

 

 

今迷ってる、どなたかのお役に立てば嬉しいです❤️

 

 

 

 

 

 

 

昔話をしたいと思います。

 

私は28才の時から33歳までの5年間、チェコのプラハに住んでいました。なんでチェコ?と日本人にもチェコ人にも聞かれることが多かったのですが、なぜかというと、「プラハに恋したから!」です爆  笑

 

小さい時からヨーロッパを舞台にしたお話が大好きでした。

 

一番初めにはまった漫画は6年生の時に読んだ、「ベルサイユのばら」。

どこに行くにも持ち歩き、セリフは全部そらで言えるほどでした。

オスカル様が好きなあまり、フランス革命の専門書まで読み込み、歴史にやたら詳しくなりました。

 

その後もヨーロッパを舞台にした漫画や小説にのめりこみました。

 

好きな漫画家は、池田理代子、木原敏江、竹宮恵子、萩尾望都、中山星香、あしべゆうほ・・。

作品でいうと、ベルサイユのばら以外にも、オルフェウスの窓、風と木の詩、摩利と新吾、クリスタルドラゴンなんかにのめりこみました。って誰かかわかるかなあせる

 

ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなどのRPGも大好きラブ

 
大学での専攻はヨーロッパ史。
 
そんな私が、大学2年生の時、初めて足を踏みいれたヨーロッパの地が、チェコのプラハでした。
ホテルの窓から外をみて、「おとぎの国に来たみたいだ」と感動しました。小さい時から、本の中にしかなかった光景が目の前にある。
バロック様式の教会でお祈りしている人を見るだけで、心がふるえるぐらいの感動を覚えました。
 
「いつかここに住みたい」と強く思いました。
 
そんな思いを秘めながら、大学を卒業してなんとか就職したものの、まあこれが、まったく私に合わない職場でした。
 
国際交流の現場にいる仕事がずっとしたかった私。大学時代は外交官を目指し、2年外交官試験を受けましたが、見事玉砕。
 
その後、「外交官になれないならなんでもいい」と投げやりな気持ちで就職した先は、大手メーカーのソフトウェア開発部・・・。
そこでは、インドの外注先とのコミュニケーションを任され、まあ、国際交流と言えないこともないですが、これじゃない感がものすごい。
 
仕事に全く満足できないので、仕事の後はフラメンコやバレエにのめりこみ、休みにはここぞとばかりに海外旅行に行きましたが、どうも埋まらない穴を無理やり埋めようとしている感じがする。
 
国際交流を行う政府機関に転職を試みたり、社内で海外に行けるチャンスを狙ったりしましたが、どれもうまくいきませんでした。モヤモヤモヤモヤしながらも、「安定した大企業だし…。社内福利も充実しているし・・・、有給25日もあるし・・・、子供産んだらきちんと産休取れるし…定時で仕事終わるし…。」という「メリット」に目がくらみ、退職をなかなか決意できませんでした。
 
そんな時、偶然に偶然が重なって、又プラハに行く機会ができました。前と同じようにその美しさに感動し、「あ、そういえば、私ここに住みたかったんだ」と思い出しました。
 
そこで、プラハに留学したらどれくらい費用がかかるんだろう?と調べてみたら、なんと週5回、1日4時間のフルタイムの語学学校が、1年で40万円、寮費は一か月一万円ぐらい。おもったよりも全然お手頃価格で、実家住まいの私が、一年ぐらい貯金すれば一年間暮らせることがわかりました(18年前の話です。今は物価がもっと上がっていると思います)。
 
それでもなかなか思い切れなかったのですが、ある時、新婚の同僚が、「エアコンが壊れたから、節約して暮らしている」という話を聞いたとき、「あ、私この会社にいて、同僚と結婚しても、待っているのはエアコンのために節約する生活なんだ。」と思い、「私はいったい何のためにこんなに我慢しているんだ」と、急に決断できました。(すみません、傲慢で…)
 
決断をするまではものすごーーーーく、ものすごーーーく怖かったのに、決断をした途端、何かつきものが落ちたように楽しくなりました。今昔の写真を見ると、いきなり表情が明るくなっています。
 
つづきます。
 
 

表ブログの、セミナーの気づき②を書いた時の話です。(表ブログの関連する話はそのうちこちらに持ってきます)

 

セミナーがあった日の夜、ヨガをしてから寝床に着きましたが、どうにも眠れない。

 

ならばと、ブログに、私の中の怒りと不安についての気づきを一気に書き上げました。

 

夜中の3時ごろ、次女が夜泣きをしたので授乳をしながら横になりました。

そうしたら、体が細かく震え出し、その揺れがどんどん大きくなり、全身の細胞から黒いドロドロしたものが出てくる強い感覚がありました。

ブログに書くことで表に出てきた怒りを、身体中が吐き出している。こんなに、身体的な感覚で感情の毒が出ていく経験をしたのは初めてでした。村上春樹言うところの、やみくろが体の中から追い出されている感じ。

 

ドロドロドロドロ出てくるものを、手に集めて丸めてえいっと宇宙へ投げすてるのを繰り返しているうちに、だいぶ収まってきましたが、どうにも全身にぬるべとしたものがまとわりついている感じがする。黒いプッチンプリンがまとわりついている感じというか、、。

 

「禊(みそぎ)をしないと」という声が聞こえてきたので、シャワーを浴びようとバスルームに行きました。

 

バスルームの鏡の前に立ち、手を見ると、指の間から、眉の付け根から、こめかみから、ぬるぬるぬるぬる溢れてくる。

 

塩で頭、首筋と背中をマッサージしてシャワーを浴び、やっと人心地がつきました。

 

「怒り」の毒を出したら今度は下腹の辺から、ぬらりひょんのような黄色い、ニヤニヤしたペロッとしたものがでてくる感覚がありました。

え?これなんだろう??とみてみると、それは私が、夫と娘を「自己評価が低い」とジャッジし、自分のことを「自己評価が高い」とドヤ顔をしているものの正体でした。これは、まだ出きらず、自分の中でもっと処理しなくてはいけない感覚がありました。

 

まあそれはそれとして、明日も早いことだし眠ろう、と思いましたが、自分が渦の真ん中でぐるぐる回されている感じがして、眠れない。

次の日も、一睡もしていないのにも関わらず、全く疲れない。変なアドレナリンが出ていて、全身の細胞が目覚めている感じ。

ドラッグってこんなかんじ??みたいなチュー

 

うちの家系は躁うつ病や統合失調症が多いので、その躁状態になっている?発病の前兆??という思いが少しだけ頭の隅をかすめましたが、基本的にはものすごく「目覚めた」感があって気持ちいい。

 

次女のお散歩で、いつものMy聖地に行く途中、書きたいことが頭の中に降ってきすぎて、頭が痛いくらい。私は、小さい時から集中力がなく、何かに夢中になって時を忘れる、というのは、漫画を読んでいるときぐらいしかなかったのですが、その私が、自分の中にあることを表現したくて止まらない。チャクラ全開。

 

そこで、私の下腹から出てきたぬらりひょんの正体もわかってきました。

 

夫は、「理想が高く、現状に甘んじず、自己批判精神をもって目標にまい進する人」です。出会った時、そこにこそ、修道僧みたいラブラブ私にはないところだわ、素敵ラブラブと思って惚れました。

 

それなのに、なぜかいつからか、「あなたは自己評価が低いから、理想にこだわって、自分の心の声もきかず、やりすぎちゃったり、ひきうけすぎちゃったりするんだ。もっと私みたいに八割でオッケー、ってリラックスしなさい」と夫のありようを否定して、自分のやり方を押し付けるようなことをしていました。

 

なんでなんだ?と考えたら、痛ーい事実がみえてきました滝汗

 

ドイツに来るとき、私は自分が大好きな仕事を捨ててきました。職場も、同僚も、やっていることも、これ以上あった場所は私には見つからないだろう…、と思っていて、とても幸せな場所でした。しかも、その当時は、私の方が夫より年収が高かった。

 

それをすてて、夫を選んでドイツに来たのは、私の中で、「夫と家庭を作る」ほうが、「大好きな仕事と職場」よりも優先順位が高かったからです。でもその決断をするのはなかなか大変でした。

 

そんな大好きな職場を捨ててきた、今度仕事を選ぶときは、それ以上の物じゃないと、、、という意識と、「なんであなたが日本に来るんじゃなくて、私が職をすてなきゃいけなかったんだ!」という思いがかなり長くありました。

 

そうこうするうちに子供が生まれ、子育てが自分にあっていて大変楽しく、「子育ての時間をけずってまでやりたい仕事はない」という結論に達したのですが、その「実は私の方が優秀だったのに、あなたの「ために」捨ててきたんだ、だから私の方が本当は偉いんだ!!」という屈折したプライドが、ずーっと存在していて、とうとう下腹に、ぬらりひょんになってすみ着いちゃったんだ。。。ということがパーッと見えてきました。

 

妖怪、ってのは人の念が凝り固まったものなんですね・・。

 

今、書くことが本当に楽しく、それこそ渦の真ん中にいる感じ、なのですが、そうなって初めて、自分が不満を抱えて、自信がなかったからこそ、相手をコントロールしようとしていたんだ、そうすることで、「自己評価が高く、自分軸のある私」のイメージを保ってたんだ、ということが見えてきました。

 

だからモヤモヤしていたんですね…。強制終了が来る前に気付けて本当によかった!そして、ぬらりひょんはまだ下腹から出て行ってないので、私はもっと自分に還る必要がありそうです。

 

いやー、痛い痛い。

 

セミナーの気づき報告、まだ続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日私の尊敬する大魔女、ミカリュスさんと初めてサシで(笑)、お話しする機会をいただけました。うれしさと興奮のあまり、自分の心の中をすべて吐き出すようにマシンガントークをしてしまったのですが、その中でも必要なことは、ピンポイントで伝えていただけました。

 

いくつかあるのですが、一つ、「あなたは人生経験豊富なんだから、色々あげられるものをもっている」とおっしゃっていただけました。

 

今回、こちらのブログに移ってくるにあたり、ミカリュスさんの愛ハートと皆さんの愛ハートを光のシャワーのように感じたので、私に何か差し上げられるものがないかなあ、と思っているときに、ミカリュスさんのこちらの記事がアップロードされていました。

 

 

昔のブログからの転載ですが、もしどなたかのお役に立てば、、、と思い、アップします。

 

2、3年前に日本に一時帰国したとき、昔からのお友達が、不登校をしている、中一の息子のことで相談に乗ってもらいたい、とやってきました。中学受験をした後、燃えつきで2学期から通えなくなってしまっとのこと。


経験者のうちの母の話を聞きたかったようです(私の弟も小学校5年生から中2までの4年間、不登校でした)。

その母の経験談を私も聞いていたのですが、すごく印象に残った言葉がありました。

 

弟が不登校になり、にっちもさっちもいかなくなった時、母は、もうすべてをあきらめたそうです。生きててくれさえすればいい、と思って、放っておいた。というか、その状態の弟を、完全に受容することにした。そしてその完全受容が弟に伝わったとき、彼は安心できた。安心できて初めて、弟に、自分からその状況を変えなければ、というパワーがわいてきた。


子供は、自分で成長しようというパワーにあふれている。安心さえできれば、伸びていく、と…。

 

弟も、不登校になったきっかけは今でもよくわからないものの、当時を振り返り、「ほっておいてくれたのがよかった」と言ってました。

 

そのお友達のご主人はお医者様で、受験戦争を勝ち抜いてきたエリート。そのせいか、その価値観の中で挫折をしてしまった子供の気持ちがどうもわからないようです。

 

 優しい人で、子供がこういう状況になり、いろいろ努力はするものの、感覚としてどういうことを言ったら傷つくのかわからず、地雷を踏みまくり…。

 

また、義母さんも、すごい教育ママだったので、孫の状況がまったく受け入れられない。

 

「学校に行くのがそんなに苦しいならと、「じゃあもう(学校)やめようか?」というと辞めたくない、いうんです」という友達。そこで私の母が言っていたことがまた印象的でした。

 

また戻りたい、学校を辞めたくない、というのは、まだ親から受け継いだ、学歴第一の価値観を抜け出せてないということ。その価値観を脱却できないと苦しみ続けると。

 

そして、「立ち直る子と、そのままニートになってしまう子の違いは何か」という質問には、「親が子のその状態を本当に受け入れきれているかどうか」だと。子供は敏感だから、言わなくても親の秘めた望みを感じ取る。その理想と、自分のギャップに苦しむと。

 

母は最期に、友達に「お母さんがどーんとしてたら大丈夫。あなた明るいから大丈夫よ」と言っていました。

 

私の母の体験談なので、「それは違う!」と思われる向きもあるかもしれませんが、私はなんだか深く納得…。

 

また、子供はこういった形で、親に「その価値観で本当にいいの??」という問いを突き付けてくるんだなあ・・・。と感慨深く思いました。


長女も今、私の価値観をがくがくと揺さぶりにかかってます笑い泣き


ちなみに弟は中3で不登校児のための教室に通いだし、その後通信制の高校に進学。素晴らしい彼女に恵まれ、大学に推薦入学、無事卒業し、中堅車部品のメーカーにもう20年近く務め、2人の子をもうけて中国に駐在員として暮らしています。

 


今の時点で、子供がどうなるかなんて、本当に、だれも、わからない。わたしにできることは、いま私と過ごしてくれている天使に、愛と、いつでも帰ってこられる場所を与えることだけ。

 

それを毎日肝に銘じています。

はじめまして、ドイツで魔女修行中のなつきと申しますハート

 

ある朝、「あなたは魔女の家系に生まれたんだから、魔女の修行をはじめないと」というお告げがあったので、「はい!」と修行の旅に出ました。

 

まだまだ見習の見習いの私。

尊敬する大魔女に勝手に弟子入りをしていたのですが、なんと、今日お話をする機会をいただけました。

 

師匠から、「魔女修行とは、自分に戻る、ということ。100%自分でいられる環境で記録をつけなさい」とのお言葉をいただきましたので、今までのブログからこちらに移ってきました。

 

わたしがなりたい魔女は、育ってきた社会の中で何重にもついてしまったかさぶたをはがしとり、真の自分の声を聴き、行動できる女。今の男性性、理性崇拝にウェイトが大きく傾きすぎてしまった世界に、女性性、精神性を取り戻していく女。


私のように、優秀(←自分で言う)であるがゆえに、今の男性原理に基づいたシステムに適合しすぎて、自分を見失っちゃった人、私と一緒に、はめられた纏足(てんそく)を外し、自分の中の魔女を解放しましょう。

 

修行は始まったばかり。

 

皆さんどうぞよろしくハート

 

いつもお散歩に行く、私の聖地。ここで瞑想して、デトックス+エネルギーチャージ

 

 

☆表ブログからの転載です☆

 

3月20日、春分の日に参加したミカリュスさんのセミナーでの気づきの続きです。

 

もう一つの大きな気づきは、私の中に潜む怒りの正体についてでした。

 

ミカリュスさんが、春分の日の今日の波動が冬至の日までを決めます、怒りや不安が残っている方は出してください、とおっしゃったので、

はて?私の怒りは何だろう?と考えたら、ぱっと浮かんできたのが、「アジア人がヨーロッパで低く見られていることに怒っている」でした。

 

このことが浮かんできた途端、涙がぽろぽろとこぼれてきて、押さえられない怒りがグワーッと体の中から出てきました。

 

私はあまりブログの中でも差別、というか人種関連で嫌な思いをした経験を書いたことはありませんが、それは、そのことについて思い出すのも、見るのも聞くのも嫌だからです。

 

ドイツ語がぺらぺらであるにも関わらず、初めてのところに電話するのが怖いのは、「アジア人だとわかって、低く見られて適当にあしらわれたらどうしよう」という思いがあるからです。

 

森を散歩するときには、人になるべく合わないようにします。向こうから人が来るのが見えると、瞬間で体が硬くなり、「ああ、どういう顔をして通り過ぎよう。こっちがフレンドリーになれば相手もフレンドリーになるから、リラックスして、笑顔で…・」なんて、そのことで頭がいっぱいになってしまいます。

 

。。いや、ほんとに書いててあほみたいですが。

 

この頃、瞑想をして学んだ、「呼吸と、身体の感覚に集中。自分なかに起こる感情を、第三者の立場から眺めて、流す」というテクニックを学んでから、だいぶ人とすれ違うときや、電話の度にプチパニックになっている自分に対応できるようになりました。(誤解のないように言っておきますが、私は至極まともにドイツで社会生活を送っています。こういう内面のことは外側には見えてません真顔

 

そのことをお話しすると、「どこでそんなトラウマになるような目にあったの?」と聞かれました。・・・そう改めて言われてふと考えてみると、はて??ドイツでも、閉鎖的なところに住んでいたの?→いいえ、ベルリンと旧西ドイツ地域なのでそんなことはない。その時はチェコ時代の思い出かな??なんていいましたが。。

 

その時は、ミカリュスさんに「それは、なつきちゃんが、『アジア人は下だ』と思っているから、そういう現象が出てくるのよ」と言われましたが、その場では全然納得できませんでした。

 

が、セミナーが終わった後よくよく考えてみたら、トラウマになるようなひどい目…には、どう考えてもあったことはありません。

 

思い出すのは、通りで4歳ぐらいの子にいきなり「チンチャンチョン」と言われたとか、「Chinese」と言われながらついてこられたとか、、'Hallo、China girl!とティーンエージャーに声かけられたとか・・・。お店に入った時に、私がHalloっていっても怪しい目で見ただけの店員が、一緒に来て、ちょっと後に入ってきた夫と義母にはやたら愛想がよかったとか…。そんなことです。

 

どれも、解釈によっては、「まあ、私とお友達になりたいのねニヤリ」とか、「この人、誰が金持っているのかもわからない使えない店員だな」で済ませられるようなことです。

 

それでも、私が体が硬くなるくらい怒りと不安をため込んでいるのは、セミナー中にミカリュスさんに指摘されたとおり、私自身が、「アジア人はヨーロッパ人より下だ」と思い込んでいることにあるのかな、と思いはじめました。そういう思いがあって、「馬鹿にされないように!」とハリネズミみたいに針をとがらせて、完全武装でセンサーを研ぎ澄ませてるから、ちょっとでもそう「かも」しれないことがあると、「あ、ほらやっぱり!」って全部自分の怒りと不安を肯定する材料にしちゃう。

 

それで、自分の不安と怒りがちゃんと根拠のあるものだ、ということを証明するために、この頃たくさんある、Black Lilfe Mattersの記事とか、アメリカでアジア人差別がひどくなってる話とか、他の人がアジア人だということで嫌な目にあった記事をわざわざ見に行っちゃう。というか、見たくないのに、否応なしに目につく。そこで、「集合的な怒り」とつながっちゃって、より不安と怒りが増幅…。

 

私がこの頃Twitter断ちをした大きな理由は、見たくもないのにそういう情報にぶつかってしまうことが大きな理由でした。人の話を読んでいるだけで、吐き気がするほどの怒りが襲ってきて、気分が一日中悪くなります。

 

アメブロ上でも、海外在住の人を主にフォローしているので、結構「しまったー、この記事、タイトルそんな感じじゃないのに読んじゃったー!」なんて思うことがしばしば…。

 

まだまだ毒だしの余地がありそうですが、とりあえず当面の目標は、「自分の経験からくるものではない、集合的な怒りに同調しない」です。つまり、インプットする情報を、より厳選していこうと思います。

 

セミナー報告、まだ続きます。