昔話をしたいと思います。

 

私は28才の時から33歳までの5年間、チェコのプラハに住んでいました。なんでチェコ?と日本人にもチェコ人にも聞かれることが多かったのですが、なぜかというと、「プラハに恋したから!」です爆  笑

 

小さい時からヨーロッパを舞台にしたお話が大好きでした。

 

一番初めにはまった漫画は6年生の時に読んだ、「ベルサイユのばら」。

どこに行くにも持ち歩き、セリフは全部そらで言えるほどでした。

オスカル様が好きなあまり、フランス革命の専門書まで読み込み、歴史にやたら詳しくなりました。

 

その後もヨーロッパを舞台にした漫画や小説にのめりこみました。

 

好きな漫画家は、池田理代子、木原敏江、竹宮恵子、萩尾望都、中山星香、あしべゆうほ・・。

作品でいうと、ベルサイユのばら以外にも、オルフェウスの窓、風と木の詩、摩利と新吾、クリスタルドラゴンなんかにのめりこみました。って誰かかわかるかなあせる

 

ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなどのRPGも大好きラブ

 
大学での専攻はヨーロッパ史。
 
そんな私が、大学2年生の時、初めて足を踏みいれたヨーロッパの地が、チェコのプラハでした。
ホテルの窓から外をみて、「おとぎの国に来たみたいだ」と感動しました。小さい時から、本の中にしかなかった光景が目の前にある。
バロック様式の教会でお祈りしている人を見るだけで、心がふるえるぐらいの感動を覚えました。
 
「いつかここに住みたい」と強く思いました。
 
そんな思いを秘めながら、大学を卒業してなんとか就職したものの、まあこれが、まったく私に合わない職場でした。
 
国際交流の現場にいる仕事がずっとしたかった私。大学時代は外交官を目指し、2年外交官試験を受けましたが、見事玉砕。
 
その後、「外交官になれないならなんでもいい」と投げやりな気持ちで就職した先は、大手メーカーのソフトウェア開発部・・・。
そこでは、インドの外注先とのコミュニケーションを任され、まあ、国際交流と言えないこともないですが、これじゃない感がものすごい。
 
仕事に全く満足できないので、仕事の後はフラメンコやバレエにのめりこみ、休みにはここぞとばかりに海外旅行に行きましたが、どうも埋まらない穴を無理やり埋めようとしている感じがする。
 
国際交流を行う政府機関に転職を試みたり、社内で海外に行けるチャンスを狙ったりしましたが、どれもうまくいきませんでした。モヤモヤモヤモヤしながらも、「安定した大企業だし…。社内福利も充実しているし・・・、有給25日もあるし・・・、子供産んだらきちんと産休取れるし…定時で仕事終わるし…。」という「メリット」に目がくらみ、退職をなかなか決意できませんでした。
 
そんな時、偶然に偶然が重なって、又プラハに行く機会ができました。前と同じようにその美しさに感動し、「あ、そういえば、私ここに住みたかったんだ」と思い出しました。
 
そこで、プラハに留学したらどれくらい費用がかかるんだろう?と調べてみたら、なんと週5回、1日4時間のフルタイムの語学学校が、1年で40万円、寮費は一か月一万円ぐらい。おもったよりも全然お手頃価格で、実家住まいの私が、一年ぐらい貯金すれば一年間暮らせることがわかりました(18年前の話です。今は物価がもっと上がっていると思います)。
 
それでもなかなか思い切れなかったのですが、ある時、新婚の同僚が、「エアコンが壊れたから、節約して暮らしている」という話を聞いたとき、「あ、私この会社にいて、同僚と結婚しても、待っているのはエアコンのために節約する生活なんだ。」と思い、「私はいったい何のためにこんなに我慢しているんだ」と、急に決断できました。(すみません、傲慢で…)
 
決断をするまではものすごーーーーく、ものすごーーーく怖かったのに、決断をした途端、何かつきものが落ちたように楽しくなりました。今昔の写真を見ると、いきなり表情が明るくなっています。
 
つづきます。