3121号「究極的に、人間は、何を悟ればいいのか?」
砂辺光次郎
講義録3121
(2013/1/21)
ご訪問、心より感謝申し上げます。
ご質問が続いています。
(ご質問)「砂辺さんは、無我、空、八正道と言いますけど、
要するに、何をつかめばいいのですか?
結論は何なのですか?」
・・・
(ご返事)
ご返事させていただきます。
人間は何を悟ればいいのかと言うと、結論を言えば、霊的人生観をつかむ、ということだと思います。
自分の本質は、霊であるとつかむことです。
つまり、肉体は、仮のものであり、死んだら、脱ぎ捨てて、土に戻すわけです。
残るのは、霊であり、あなたは、霊となって、本来の世界に還るわけです。
この世のモノ、土地とか、家も、仮のものです。
あの世に行くときのことを想像すると、
「あー、あれは、私の本質ではないのだな」
とわかると思います。
私たちの本質とは、霊であり、私たちは、この世に修行に来て、また、本来の霊の世界に戻るわけです。
こうした、霊的人生観をつかむことが、無我や空の悟りだと思います。
・・・
たとえば、あるご婦人は、ご主人をすごく嫌っています。
「あー、いやだ、いやだ」と毎日思っているわけです。
しかし、考え方を変えれば、ご主人とは何かの縁があって、夫婦になったのです。
ご夫婦になったのは、何か、意味があってのことだと思うのです。
そういう観点から、ご主人のことを考え直すこともできるわけです。
自分の本質は、霊であるとつかむことです。
つまり、肉体は、仮のものであり、死んだら、脱ぎ捨てて、土に戻すわけです。
残るのは、霊であり、あなたは、霊となって、本来の世界に還るわけです。
この世のモノ、土地とか、家も、仮のものです。
あの世に行くときのことを想像すると、
「あー、あれは、私の本質ではないのだな」
とわかると思います。
私たちの本質とは、霊であり、私たちは、この世に修行に来て、また、本来の霊の世界に戻るわけです。
こうした、霊的人生観をつかむことが、無我や空の悟りだと思います。
・・・
たとえば、あるご婦人は、ご主人をすごく嫌っています。
「あー、いやだ、いやだ」と毎日思っているわけです。
しかし、考え方を変えれば、ご主人とは何かの縁があって、夫婦になったのです。
ご夫婦になったのは、何か、意味があってのことだと思うのです。
そういう観点から、ご主人のことを考え直すこともできるわけです。
・・・
憎しみの一点に固まってしまうよりも、霊的人生観に立てば、かなり考え方が、自由になると思うのです。
ご主人を憎んでいる一点に固まっていると、ご主人を憎むことで人生が固まってしまいます。
しかし、人生の目的は、魂修行なのです。
魂をいかにきれいにするか、魂をいかに透明にし、強くし、愛の器を広げるか、
そういうことが人生の目的なのです。
こうした霊的人生観をつかむと、物事に対する見方が、がらっと変わって、一気に本質をつかめるようになります。
こうした見方をつかむことが、無我、空、八正道の目的だと思います。
憎しみの一点に固まってしまうよりも、霊的人生観に立てば、かなり考え方が、自由になると思うのです。
ご主人を憎んでいる一点に固まっていると、ご主人を憎むことで人生が固まってしまいます。
しかし、人生の目的は、魂修行なのです。
魂をいかにきれいにするか、魂をいかに透明にし、強くし、愛の器を広げるか、
そういうことが人生の目的なのです。
こうした霊的人生観をつかむと、物事に対する見方が、がらっと変わって、一気に本質をつかめるようになります。
こうした見方をつかむことが、無我、空、八正道の目的だと思います。
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