3107号「神仏の子であるという自覚が、強さと繁栄の基本」
砂辺光次郎
講義録3107
(2012/1/7)
ご訪問、心より感謝申し上げます。
今年は、神仏の子であることの自覚について、どんどんお話します。
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私は、人間にとって最も大事なことは何だろうか、と考えていたのですが、
それは行きつくところ、信仰ではないかと思うようになってきたのです。
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人間強くなるには、究極的には、自分が神仏の子であるという信仰が必要だと思います。
人生途上の苦難困難に負けない自分になるにも、自分が神仏の子であるという信仰が必要だと思います。
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自分が、神仏の子であるという自覚は、根本的なところで「自信」をつくります。
この「自信」は心の深いところの「自信」です。
この自信があって、強さと健康があり、繁栄発展があると思うのです。
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ですから、健康になりたかったら、根本的には、「私は神仏の子である。神仏の子である私が病気で負けるわけはない」という信仰と自信を持つことです。
私は、信仰心で、末期がんをあっという間に消し去ってしまった人など、何人も知っています。
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また、商売繁盛したい人も、豊かになりたい人も、究極的には、神仏への信仰が必要だと思うのです。
人間関係を良くしたい、運勢を上げたい、という人も、やはり土台として、神仏への信仰が必要だと思います。
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江戸時代の話ですが、豪商・紀伊国屋文左衛門は、みかんを紀州から江戸に運んで、大もうけしたあと、その利益の三分の一を寄付して、江ノ島神社を作りました。
商売繁盛の神様が、応援してくれたのだと、感じていたのでしょう。
私たちは、経営論を勉強していくと、一流の経営者になればなるほど、信仰心は篤いということに、気づくものです。
また、国家の繁栄や、国家が強くなるためにも、やはり、根本的には、神仏への信仰が必要だと考えます。
神仏の信仰がない国家は、人間の尊さを軽んじ、平気で人権を踏み潰すような行動をしがちです。
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そもそも、人間がなぜ尊いかというと、神仏の子だからなのです。
人権思想も、ここから発しています。
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神仏への信仰というと、今の日本人の三分の二は、否定的な反応を示します。
これは、戦後70年近い間の教育によると思います。
マッカーサーが、日本人から、信仰と武士道精神を抜き去ってしまったのです。
私は、マッカーサーが抜き去ったものを、再び、呼び戻したいと思います。
70年近い戦後教育で、日本人は、精神的支柱を失ってしまいました。
私は、占領軍が抜き去ってしまったものを、復活させたいと思っています。
これは、日本のカルチャーそのものを変える運動になるでしょう。
これが今年の、日本と日本人の、大きなテーマになると思います。