インターフェース
大学生のころ初めてMacに触った。その時最初に使用したソフトが「HyperCard」だ。Lingoというスクリプトを用いて、ちょっとしたゲームやらアニメやらパワポ的なものを作る課題をやったっけ。あまりに面白くてはまったのを思い出した。そこで興味を持った生徒たちを束ねた、情報デザインという授業があってインタラクティブ・インターフェースデザインの勉強をした。それを選択したことでこの時、次の年にも広告の授業はあるからと教授に広告の授業をとらせてもらえなかった。(笑)でも今思えばその選択は重要だったように思える。結局、代理店に入って感じた広告はインターフェースそのものだったし、今となってはCMもグラフィックもWEBも混沌とし、インタラクティブなカタチに統合化されつつある。そのベースになる思考法みたいなことはかなり役に立っているんだと思う。twitter上で最近たくさんの人がこの「HyperCard」のことをヒントとして思い出しているのも時代のニーズなんだろう。日本の製品はすごいスペックなのに使いにくかったり、まじめすぎるのか、楽しさがあまりアピールできていないのは、このインターフェースのデザインの部分にコミュニケーションが欠如しているからだと常々思っている。人が心地よいと感じるのは、直感的に指図された感がなく自分から動けるゆとりだと思う。それから書体とか色とかサイズとかの組み合わせ。巨大なショッピングモールの中を歩くのも、ケータイでネットの中を散策するのも同じ気持ちを感じているのだから、サイン計画をするのも、ケータイのインターフェースも楽しくデザインできるんだと思います。何か楽しいインターフェースのデザインしたいな!
新しいお茶の間
ゆくゆくはMacはどうなるんだろう?もう、Appleの商売が変化してるからプロフェッショナルが使うモノとして割り切って行くのかな?そうなるとAppleTVで家族全員のiTunesの管理いっさいがっさいをやれるようになるんだろうか。そうすれば、カードを持たない未成年者もiPadやiPhoneを持ち、コンテンツを買えるようになる。親としてはあんまりバカスカ買われたらとヒヤヒヤものだけどね。新しいお茶の間は地デジが見られるだけのテレビやみかんでなく、リンゴが占領していく。だからネーミングにiではなく社名にしたのかな?GoogleもAndroidTVじゃなく、GoogleTVだもんね。
祭のあと
また一つ、禁断のリンゴが次の世界に行くためのツールを発表した。suicaを輪ゴムで止めれば日本のケータイ機能にも近づきつつ、iTunesというまったく誰も追随しえない世界観を背景に。便利というのは本当に禁断の味だ。一度知ったら後にはもう戻れない。実際にiPod touchから、iPhone3G → iPhone3Gsと買うハメになっている。もちろんiPadも別に買ってだから、すごい優良顧客だ。信者と言い換えられちゃうだろう。恥ずかしい。そして今後iTunesのクラウド化で、人生すべて(自分が好きな音楽や映像、そして思い出の写真などを含むものたち)を雲の上に上げた時、ホントにどこの信者で、どの宗派にするかが問題化してくる。改宗はたいへんな作業だもの。そう考えるとiPhone4はお守りやお札に見えてくる。プラットフォーム競争というのは自分の人生を何に紐付けするかというところまできてしまった。お金もクラウドだし、消費経済自体もクラウド化してる。まるでマトリックスのカプセルの中に入ってるといってもいいくらいになってきてるし。ネオが持ってたケータイのように、現実に戻れればいいのだが…。いや、でもどちらが現実なのかもまだわからないんだった。









