キマです。

大変おそくなっていますが、

明けましておめでとうございます。




私の研究状況に合わせて、

なんかしょっちゅうタイトルが変わっている、

キマとお話しをする会ですが、

2014年・・・

ということで、

内容も改めまして、

開催することになりました。




第1回目は・・・

★開催日時: 1月23日(木)19時頃~21時半ぐらいまで

★会場; にしむら珈琲 中山手本店@神戸 
※1階から3階まであります。当日、席が空いていたら1階にいます。

★アクセス→  http://tabelog.com/hyogo/A2801/A280101/28000176/dtlmap/(外部サイトになります。)

★参加費: 2500円+ご自身で1ドリンク以上注文

ということになりました^^




今後は、月2回ペースで、

京都・大阪・神戸をグルグルと回る予定です。




内容としては、

基本的には、

『幸せ』になるために、

『希望』を見出す方法を

決められたテーマのもとでお話する会ですが、

さらに2014年からは、

毎回私キマが、

こっそりと・・・

1つのテーマに絞ったワークシートなどを持参する

予定としています。




毎回、キマと一緒にお茶をするたびに!!!!

人生に「希望」が1つずつ生まれていく・・・

そういうデザインになっています。




どうぞお楽しみください★




お支払いは当日で構いませんが、

席を確保しないといけないので、

事前に以下のメールアドレスまで予約をお願いいたします。
>>お申し込みはコチラ<<




それでは、楽しく希望にあふれた未来を、ともに生み出してまいりましょう★

子どもの教育についての概論。




子どもを育てるにあたり、重要なのは、

「内」を育てること

そして

「外」への関わり方を育てる

の2つだと言えるでしょう。




「内」とは、

精神性であったり、

いわゆる学習能力とか、

そういったものだ。




この方面は、

まあまあ日本でも

なんとなく一般的に教えられているといっても良い。




でも、「外」への教育が、

案外と弱い。




私たちは生きていると、

人に怒られたり、

嫌われたり、

暴力を振るわれたり、

事故にあったり、

悲しいことがあったり、

天災に見舞われたり、

大事な人を失ったり、

お金がなくなったり、

思ったようにいかなかったり、

そんなことがいっぱいあるものだ。




残念ながら、

これは人類誕生以来、

変わっていない、

といえるだろう。

そもそも、人間関係で起こるトラブルは、

人間の本質的な能力や機能に起因しているから、

ヒトという生物が変わらない限りは、

変わらない。




それにも関わらず、

「そんなときにはどうすればいいの?」

ということへの教育は

案外とおざなりにされているのではないだろうか。




どんなに「内」を鍛えても、

「外」との関わりが分からなければ、

なんにもならない。

「外」とは、

社会であり、

世界だから。





自分の周りに起こる嫌な出来事や、

気に入らない人をどんなにとがめても、

それは決して止むことはない。

次から次へと現れてくる。

なぜならそれは、

有史以来、変わらない、

普遍の出来事だからだ。




天災はある、

不幸はある、

悲劇はある、

暴力はある、

嘘はある、

事故はある、

病気はある、

異常はある、

死はある、

それは決して変わることなく、

どこに逃げていっても、

また出会うものなのです。




もちろん「外」への関わり方をいくら教えても、

「内」がしっかりと育っていなければ、

これまた役に立たない。

それが「内」と「外」の関係。




「内」と「外」の教育。

子どもを育てていくにあたり、

親はこの2つのポイントについて

しっかりと認識しておかなければなりません。




「内」と「外」が

うまく連動した『知恵』を子どものなかに育み、

それを使って、

その子の内に眠る夢を、

この世界のなかで「モノ」として醸成させていく力を身につけさせることが、

大事なのではないでしょうか。

人生相談をしているなかで、

次によく出てくるご質問で、

「今のパートナーと付き合っていて、私は幸せになれるでしょうか?」

というものです。




パートナーの関係は、

二人の間にある「神話」によって

その後の関係が気づかれていきます。




もうちょっと一般的な言葉でいうと、

「なれそめ」とか「契約」とか「合意」とか。




二人の関係が悪化したとき、

この「神話」こそが、

二人の関係を築いていきます。




たとえば、

「なんとなく好きになって」できあがった人間関係は、

その関係性の前提となっている第一条件は

「お互いが好きである」という「神話」です。




「好き」と気持ちは、

まあ、だいたい3年もすれば失われてくるのがほとんどですから、

この関係は3年以上は続きにくい。

また、片方が相手のことをもう好きではなくなったとき、

この関係を修復するための着地点はなくなってしまうのです。




まあ、これは例ですが、

つまり

「どんな合意をもってこの関係がはじまったか」

ということが、

後々の人間関係に深く影響しますので、

「幸せになるため」の人間関係は、

「一緒に幸せになるために頑張ろうね」

という合意をして初められる、

または再スタートできないといけません。




そうでない場合は、

別に別れる必要はありませんが、

相手に対して、幸せを一緒を求めていくことは

どこかであきらめておいた方が良いでしょう。




そこで思うのは、

キリスト教での結婚式は、

「病める時も健やかなる時も、苦しい時も・・・相手を愛し続けると誓いますか?」

と『契約』を一応にでもするので、

もしそれを二人が本気で誓って結婚していたのであれば、

なるほど、未来の二人の関係を守りやすくしているのですね。

まあ、とはいえ、ただの「形式」だから・・・と適当にやっていては、

いけませんけどね。^^;

そもそも契約を見守る「牧師さん」の存在が、

日本では「そこら辺のおじさん」と何ら変わらないので、

契約に力がもたらされませんし。




脱線しましたが、

ようするにパートナーがいる方は、

相手と一度改まって、

「一緒に幸せになっていこうね?」

と話し合いをして、合意することが必要ですね。




もしその時に相手が

適当に返事をしたり、

なんとなく居心地悪そうにしているなら、

ちょっと危険ですね。




なお、注意点ですが、

「一緒に幸せになろう」と合意したからといって、

いつも幸せでいられるわけではありません。

ただ、トラブルが起こった時の『着地点』があるかないかで、

そこを振り返って話し合いができるかどうかで、

その後の関係がどうなるか大きく違いますよ、

という話でした。




そもそも夫婦観や家族観というものは、

人によってぜんぜん異なるものですから、

あらかじめきちんと話し合って、

『合意』をしておくことが

とても大事なのです。




そもそも、二人の間の「隔たり」が

大きくなり過ぎる前、

まだ「話し合い」ができる間に手を打てば、

いくらでもなんとかなるんですけどね。^^;




まあ、でも、

二人の関係がどういう神話を持ってはじまったか、

というのがしっかりしているほど、

間違いはありません。