今日は、

あんまりアースフルライフのテーマと関係ないようで

関係ある記事。




ウェアラブルコンピューターについて考えていたけれど、

メガネ型デバイス、

腕時計デバイスには、

正直、未来はないと思う。




『ウェアラブル』

を完全に読み間違っていると思うから。




スマートフォンは、

もともと「携帯電話」だった。





携帯電話は「必需品」となり、

その必需品で

「もっといろんなことができたらいいな~」

と思うから、

多少、機能が落ちても、

「携帯でネットにつなげたりゲームができる機器」

であるスマホは売れたと思う。




タブレットは、

ようするに「簡易型コンピューター」で、

パソコンが日常としかものの

正直、ほとんどの人には不必要な機能が多かった上で

持ち歩きできない、

というところを埋める機器でした。




でも、

Googleグラスって、

スマホが目のところについたもの、だよね?

で、機能が取り立ててスマホより優れていることもない。

腕時計もそう。




メガネや腕時計をもともと使っていて、

「これでネットみれたら便利だな」

と思う人にはいいかもしれない。

でも、

その人も「スマホ」を必ず持ち歩いているわけで、

「じゃあ、わざわざGoogleグラスいるか?」

って思うでしょ?




時計だって、

スマホに時計がついているから

腕時計を付ける人は減っている。

でも、腕時計で電話するのは

正直ちょっと抵抗あるでしょう。

だから、

「スマホよりスマート腕時計」

っていう選択肢はない。




Googleグラスやスマート腕時計だけできて

スマホではできない機能。

それがなければ

「ウェアラブル」はない。




ウェアラブルコンピューターで可能なのは

僕はスマホと連動する「センサー類」と

あとは、

そのウェアラブル端末に必要な機能。

たとえば服なら色が変わるとか温度調整できるとか、

そういうのしかない、

と思うんですね。





僕は、

外で散歩しながら

会議したり、

他の人とコミュニケーションがとれたり、

今パソコンでしている仕事が

手ぶらでできたらいいと思う。

それが本当の「ウェアラブルに求められている」ことであって、

別に

「低機能なメガネ型スマホ」や

「低機能な腕時計型スマホ」

はいらんのですよ。

「メガネ型モニター」

「音声入力端末」

は欲しくてもね。




僕らは、

人として「あるべき姿」で

仕事をし、

人のコミュニケーションをもっととることを求めてる。

そこに役立つ製品を求めている。

そこを外したら、

ブームにはなっても、

定着することはないでしょう。




3Dテレビが売れないのは分かってた。

なぜなら「あり得ないから」です。

目の前にだけあって、

触ることもできない3Dに、

人がなんの価値を感じるというのか?




それよりは、

極端な話、

『360度全方向型テレビ』

のほうがよっぽどあり得るのです。

そう思いません?

(だから、英語での3Dはあり得る。「全方向に近い印象」を受けるからね。)




テクノロジー系の方も、

決して「アースフルライフ」を求めること

忘れちゃいけない、

ってことです。
今日はたまになので、

個人的にいろいろ考えてきた「経済」について

の考えを書いてみる。




社会の経済が潤う唯一の道は、

全ての人が

「安い」ではなく

「少しでも良いもの」

を買おうとする意識である。




経済というのは、

消費でなりたつものであると思う。

そして、

消費が立てば、

日本であれば、

もっと良いもの・サービスを提供しよう

と努力するものであり、

社会は活気づく。




贅沢は実は経済を好転させる。

しかし、

ムダな贅沢は

社会文化を崩壊させる。

つまり

高ければカッコいい、

というバブル時代のようなお金の使い方だ。




そうではない贅沢、

つまり、

少しでも良いもの、

美しいもの、

賢いもの、

にお金を使うことが素晴らしいのだ、

という『考え方』が浸透することが

「超長期的な経済の発展」を促す。






こういう環境においては、

文化や技術、サービス、

そして企業の意識は発達する。

それは、一朝一夕では培えないものだ。




日本の食が高度に発達しているのは、

食にお金を払い、

それについて議論する場がある。

いわゆるグルメ文化だ。




日本人はファッションにたくさんのお金を使う。

だから日本のファッションは、

世界でもっとも洗練されているものの1つになっている。




アニメや漫画などにしてもそうだ。

こういった「クール・ジャパン」の言葉でくくられるものは、

生活を賭してでも、

身を削ってでも

お金を支払う人たちがいる。

だから、海外に輸出できるほど発達し、

その部分の経済も潤う。




賢い贅沢こそが

『景気』となり、

経済を前向きに動かす。




歴史上、

「贅沢は敵だ」

と唱えて社会がうまくいった例は少ないのは、

「贅沢は敵だ」は

お金が無い人が喜ぶスローガンであるし、

そもそも経済の根本である「消費」を抑えるからだ。




周りの人が、

素晴らしいものをドンドン買っているなら、

「私も買いたい!」と思って

はじめて人は努力する。




「贅沢は禁止」で

周りの人も同じようなものを持っているなら、

努力しない人が満足できる社会になる。





スティーブ・ジョブズは

「Stay Hungry…」といったが、

不満こそが人の行動の原動力になるのは間違いない。





「ちょっと・・・だけど、まあ同じようなものだし、こっちの方が安いし」

という考えは、

結局自分のクビを絞めることになる、

ということをみんなが理解することだ。





賢い贅沢は、

自分を豊かにし、

社会を豊かにし、

子どもたちに返っていく

という良循環を生み出す。




もちろん

「贅沢」は、

環境や健康のことだっていい。

みんなが環境が良い生活を求め、

そこにお金を使うなら、

それをさらに満たせる商品やサービスを提供する努力をするのが企業というものだ。
(というか、結局、みんなが求めるものだけが売れるのだから。)




これは草の根の社会運動的に行えるので、

自分の人生を良くしたい、

日本を良くしたい、

もっとワクワクする世界を生きたい、

と思う人は、

今日からでも「素晴らしい」と思うものを

少し高くても、ときにはすごく高くても、

買うようにしてみましょう★
(ただ、お金のやりくりの計算はきちんとしましょう。)

そして、もっと素晴らしいものを分かる知識と感性を磨きましょう♪

それが結局、世界を救います。







今、ふと思ったことがある。




人生に3回くらい、

半年間くらいの『お休み』があるならば、

社会のいろいろな問題で

解決することも多いのかもしれない、と。




人生で3回、

好きな時に半年だけ
(ただし休みの間は10年以上空いていることなどの条件はあったとして)

生活費も全部保証され、

『お休み』がとれる。




借金の返済もお休み、

仕事もお休み、

そんな社会なら、

たくさんの人が

『人生の再スタート』ができるんじゃないかな?

なんて思う。




私たちのほとんどが、

社会に放り出された瞬間から

休みのない時間を生き続ける。




休んだら仕事が無い、

収入もない。

そんな中で、

僕らは生きていくことへの「希望」をすり減らし、

生きる力を失っていく。




ただ毎日を過ごすことだけに追われ、

自分の人生を豊かにしよう、

社会を豊かにしよう、

なんて、

考える余裕もない。




もしその3回の半年、

自由に勉強する機会があったら、

自由に遊び回る時間があったら

自由に家族と過ごす時間があったら、

そしてその間の生活が保証されていたら・・・

社会は案外とすっごく変わるんじゃないのかなあ?




その半年で世界を旅した家族、

その半年で勉強をした人、

その半年で育児をたっぷりした家族、

その半年でゆっくり休んで自分を見つめなおした人たちが、

それこそ真の意味で

日本の国益に果たす役割って大きいんじゃないか。

そういうことのために

税金って使われるべきじゃない?




まあ、所詮思いつきのアイデアではあるが、

こういう国をつくってみるのも

面白いのかも。