先日の記事に、

その後いくつかコメントをもらい、

誤解などもあったようなので、

続編を書きます。




自然転用エネルギーは、

「本来そこに何億年とあったエネルギー」

を別の用途に使ってしまう行為です。




「今ここにある生態系」は、

そこにある全ての要素が前提となっているので、

それを別のことに使ってしまうなら、

 それに対応して何かが起こって来るのが自然の働きです。




たとえば風力発電が一番わかりやすいのですが、

風で風車を回してエネルギーを取り出す(=転用する)、

ということはたとえば、

その後は風速5mあった風が風速2m(数字はいい加減です)になったりするわけですし、

ということですし、

 また「風の流れ」も必ず変わります。




「風の流れ」というのは、

一見大したことと思えないかもしれませんが、

地球全体の環境に大きな影響を及ぼしています。




そうそう、

よく「ジェット機が飛ぶ理由がわからない」

という人がいますが、

あれもようするに

「風の流れ」だけ、

で空に浮かんでいるわけですよね。

それが世界中のそこら中に集中してできる・・・

何が起こってしまうのでしょうか?




小さい規模であれば、

他の環境からの相互影響でその場のシステムはなんとか維持されますが、

規模が大きくなってくると、思わぬ影響が思わぬところで創出されてしまう(複雑系なので)、

のが自然ですね。




太陽光発電は、

生産過程を抜いたとすると、まるで「無害」のように言われていますが、

太陽光パネルで奪ってしまった熱やら光が存在するわけで、

また、

私たちは「太陽が当たっていることの全て」を知っているわけではないので、

規模が大きくなれば、そこで必ず「何か」が起こります。




ひょっとしたら太陽光が地面に当たることで、

「大規模な殺菌効果があった」

「土中のある化学反応を促進させていた」

ということもあり得るわけですね。

もしそういうことが現実だとしたら、

太陽光発電が大規模的に世界中で設置されることで

思わぬ病気が大発生したり、

今まで当たり前にあったものが無くなることがある・・・

ということなんですね。




生態系、というか、自然のシステムは、

ある瞬間に1つの「系」として完成して「閉じ」、

一旦閉じてしまえば、なかなか崩れません。




しかし崩れるときには大崩壊をするのです。

「雪崩現象」ですね。

あるときまではひとまとまりになっているものが、

ある「閾値」を超えた瞬間に、

そこに溜まってしまっていたエネルギーが一気に拡散します。

貯められていたエネルギーは、巨大になります。

(それこそ、原子力発電は原子という閉じた系を開き、エネルギーを取り出す)




とにかく自然のキーワードは

多様

であることです。




わずかな大規模発電、

中小規模発電、

マイクロ発電を

賢くミックスするのが

未来の電気の姿です。




ちなみに「ロングテール」という言葉で代表されるように、

自然にとって重要なのは

「マイクロ」の数も種類も極端に多いこと・・・

なんですねえ!

この生態系は、

カビや単細胞レベルの生物の営み・存在の豊かさが

実は大きいはずなのです。^^
(今の科学では確かめられませんね。苦笑)

今日は、

知人にご紹介していただいた方と話していて

発電所の話が出たので、

今日はその話を書きたいと思います。



今、世界的に

「自然エネルギー、自然エネルギー」

と叫ばれていますが、

僕としては、

「自然エネルギーの利用」には

そんな大きな未来はない、

と考えています。




しばらくは自然エネルギー、

とくに太陽光発電と風力発電が台頭してくるでしょう。

しかし、それが「スタンダード」になって大規模になったとき

かならず問題は起こってきます。

それは自然の法則に合っていないからです。




まず1は、

そもそも自然エネルギーの利用というのは、

自然エネルギーの『転用』だ、

ということです。



転用する、

ということは、

本来そこにあったエネルギーが無くなる

ということなのです。




小さいエネルギーであれば問題ありません。

今の状況であれば、

太陽光にしても、

風力にしても

それを転用しても、

大した問題は起こりません。




しかし自然においては

「偏り」は問題を起こすのです。




『自然エネルギー転用発電システム』

が大規模になったとき、

それは突然、起こります。




なぜ突然か?

それは自然には「閾値」があり、

そこを超えるまでは問題となって表れないからです。




人でも、ある時突然に「キレる」ことがありますよね。

あれと同じです。




だから、

「自然エネルギー発電」だけの未来は来ません。




実際、僕は15年近く前の大学の卒論で

「たとえば風力発電は、風の流れを変えるので問題を起こすだろう」

と書きましたが、

すでに実際に風力発電で風の流れが変わってしまい

起こっている環境問題も発生していますね。




「自然エネルギー転用発電」が加速すれば、

こういう問題も加速して起こってきます。




・・・はい、じゃあ、どうなるの?

という話ですね。




未来の電気は、

『マイクロ発電』によって起こります。

すでにその萌芽は出てきていますね。




たとえば、線路の脇に小さな風力発電機を設置する、

高速道路に小さな風力発電を設置する、

人がたくさん歩く通りには微振動での発電機を設置する、

こういったマイクロ発電と

あとは「エネルギーのマイクロ回収」でしょう。




こういった小さな発電エネルギーを

いたるところに、

そしていろいろな方法で集め、

集積する、

というそういう世界になるでしょう。




なぜか?

それは、

『小さいもの』が『多様』にある世界しか、

自然には起こらないからです。




人の意識は

お馬鹿なので、

なるべく『巨大』で『均一』なもの

を好みますが、

これは持続できないのです。




火力発電所や

水力発電所、

原子力発電所

そして太陽光発電などの自然エネルギー転用発電も

小さくなって

さまざまなところに置かれるでしょうね。




これは『技術』の問題でもなく

『ビジョン』の問題でもなく

ただ『自然ではそうしかあり得ない』

という問題なんですね。




ここに『いかにはやく進むか?』

だけが私たちの課題です。

ゴールは決まっています。

これを「どうやって叶えるか」だけなんですね。

その前に『大きくて均一なもの』をつくって失敗をしていると

『ゴール』にはたどり着けないかもしれませんね。




それは技術的にとても難しい?

そうですね、とても難しいと思います。

でも、「答え」はそこにしかないのです。




自然を理解しなければ

間違えて「人の意識のワナ」に容易にかかってしまいます。

本当の「エコ」は、「人の意識」を通り抜けたところにあるのです。



よく、

「成長欲」という話がされますが、

これを疑って

よ~~~~~~~~~~~く観察する限りでは、

「成長欲」なんてものは

存在しない、

ということが分かります。



こどもをよく見ていれば分かりますが、

彼(女)らに成長欲なんてゼッタイありませんね。




それは、

そもそも私たちは、

「成長」というものを感覚的に理解できないようになっています。

あくまで「認識上」の問題です。

つまり「本質」ではないのです。




でも「成長したい」

と思う人はいます。

それはなぜでしょうか?




これは1つには

『好奇心』

です。

知らない世界、

自分がどんどん変わっていく楽しみ、

それが楽しいのです。




人の意識には、

「変化」と「安定」

という2つのものへの欲求があります。

「変化」の裏にある欲求は

『好奇心』であることは間違いありません。




人は「安定=変わらない」世界にいると

「変わりたい」と思い、

「変化=変わる」ばかりの世界にいると

「変わりたくない」と思います。

その間をいったりきたりしています。




もちろん気質の問題もあり、

「変化が好き」な人、

「安定が好き」な人、

があります。

どこの国でも

「保守派」と「改革派」

が生まれる理由です。




ただなぜ

「成長」

となるかというと、

ただ単純に「変化」を求めるだけだと

努力しないと

楽にできることばかりしていて

そうしていると

ある程度の「限界」があり、

その「限界の壁」を超えるためには、

それなりの努力が求められ、

=「成長」

となるわけです。

ようするに「成長欲がある」というのは、

「結果論」だったのです。




子どもも「成長したい」とおもっているわけではなく、

『(大人がやっていたりする)あれがやってみたい!!』
『あれを知りたい!』

という気持ちがあるだけです。

だから『好奇心を育てる』ことだけが

成長に繋がるのです。




話は戻って、

「成長欲」がない人、

そのせいで「おれはダメだ」

と思っている人は、

別に気にする必要はありません。




今は好奇心が満たされているのではないでしょうか。

それで満たされているなら、

それでいいのです。




ただ、人には決して途切れることのない好奇心があるので、

この宇宙としては、

結局あなたに「成長」を求めているんですね。




「あ~、なんかつまらないな。」

「もう分かっちゃった。」

そう思ったら、

いよいよ『成長』することを求められている、

そういうことなんです。




好奇心を殺すか?

それとも成長するか?

二者択一なんですね。(^^;)