よく、

「成長欲」という話がされますが、

これを疑って

よ~~~~~~~~~~~く観察する限りでは、

「成長欲」なんてものは

存在しない、

ということが分かります。



こどもをよく見ていれば分かりますが、

彼(女)らに成長欲なんてゼッタイありませんね。




それは、

そもそも私たちは、

「成長」というものを感覚的に理解できないようになっています。

あくまで「認識上」の問題です。

つまり「本質」ではないのです。




でも「成長したい」

と思う人はいます。

それはなぜでしょうか?




これは1つには

『好奇心』

です。

知らない世界、

自分がどんどん変わっていく楽しみ、

それが楽しいのです。




人の意識には、

「変化」と「安定」

という2つのものへの欲求があります。

「変化」の裏にある欲求は

『好奇心』であることは間違いありません。




人は「安定=変わらない」世界にいると

「変わりたい」と思い、

「変化=変わる」ばかりの世界にいると

「変わりたくない」と思います。

その間をいったりきたりしています。




もちろん気質の問題もあり、

「変化が好き」な人、

「安定が好き」な人、

があります。

どこの国でも

「保守派」と「改革派」

が生まれる理由です。




ただなぜ

「成長」

となるかというと、

ただ単純に「変化」を求めるだけだと

努力しないと

楽にできることばかりしていて

そうしていると

ある程度の「限界」があり、

その「限界の壁」を超えるためには、

それなりの努力が求められ、

=「成長」

となるわけです。

ようするに「成長欲がある」というのは、

「結果論」だったのです。




子どもも「成長したい」とおもっているわけではなく、

『(大人がやっていたりする)あれがやってみたい!!』
『あれを知りたい!』

という気持ちがあるだけです。

だから『好奇心を育てる』ことだけが

成長に繋がるのです。




話は戻って、

「成長欲」がない人、

そのせいで「おれはダメだ」

と思っている人は、

別に気にする必要はありません。




今は好奇心が満たされているのではないでしょうか。

それで満たされているなら、

それでいいのです。




ただ、人には決して途切れることのない好奇心があるので、

この宇宙としては、

結局あなたに「成長」を求めているんですね。




「あ~、なんかつまらないな。」

「もう分かっちゃった。」

そう思ったら、

いよいよ『成長』することを求められている、

そういうことなんです。




好奇心を殺すか?

それとも成長するか?

二者択一なんですね。(^^;)