人生相談をしているなかで、
次によく出てくるご質問で、
「今のパートナーと付き合っていて、私は幸せになれるでしょうか?」
というものです。
パートナーの関係は、
二人の間にある「神話」によって
その後の関係が気づかれていきます。
もうちょっと一般的な言葉でいうと、
「なれそめ」とか「契約」とか「合意」とか。
二人の関係が悪化したとき、
この「神話」こそが、
二人の関係を築いていきます。
たとえば、
「なんとなく好きになって」できあがった人間関係は、
その関係性の前提となっている第一条件は
「お互いが好きである」という「神話」です。
「好き」と気持ちは、
まあ、だいたい3年もすれば失われてくるのがほとんどですから、
この関係は3年以上は続きにくい。
また、片方が相手のことをもう好きではなくなったとき、
この関係を修復するための着地点はなくなってしまうのです。
まあ、これは例ですが、
つまり
「どんな合意をもってこの関係がはじまったか」
ということが、
後々の人間関係に深く影響しますので、
「幸せになるため」の人間関係は、
「一緒に幸せになるために頑張ろうね」
という合意をして初められる、
または再スタートできないといけません。
そうでない場合は、
別に別れる必要はありませんが、
相手に対して、幸せを一緒を求めていくことは
どこかであきらめておいた方が良いでしょう。
そこで思うのは、
キリスト教での結婚式は、
「病める時も健やかなる時も、苦しい時も・・・相手を愛し続けると誓いますか?」
と『契約』を一応にでもするので、
もしそれを二人が本気で誓って結婚していたのであれば、
なるほど、未来の二人の関係を守りやすくしているのですね。
まあ、とはいえ、ただの「形式」だから・・・と適当にやっていては、
いけませんけどね。^^;
そもそも契約を見守る「牧師さん」の存在が、
日本では「そこら辺のおじさん」と何ら変わらないので、
契約に力がもたらされませんし。
脱線しましたが、
ようするにパートナーがいる方は、
相手と一度改まって、
「一緒に幸せになっていこうね?」
と話し合いをして、合意することが必要ですね。
もしその時に相手が
適当に返事をしたり、
なんとなく居心地悪そうにしているなら、
ちょっと危険ですね。
なお、注意点ですが、
「一緒に幸せになろう」と合意したからといって、
いつも幸せでいられるわけではありません。
ただ、トラブルが起こった時の『着地点』があるかないかで、
そこを振り返って話し合いができるかどうかで、
その後の関係がどうなるか大きく違いますよ、
という話でした。
そもそも夫婦観や家族観というものは、
人によってぜんぜん異なるものですから、
あらかじめきちんと話し合って、
『合意』をしておくことが
とても大事なのです。
そもそも、二人の間の「隔たり」が
大きくなり過ぎる前、
まだ「話し合い」ができる間に手を打てば、
いくらでもなんとかなるんですけどね。^^;
まあ、でも、
二人の関係がどういう神話を持ってはじまったか、
というのがしっかりしているほど、
間違いはありません。
次によく出てくるご質問で、
「今のパートナーと付き合っていて、私は幸せになれるでしょうか?」
というものです。
パートナーの関係は、
二人の間にある「神話」によって
その後の関係が気づかれていきます。
もうちょっと一般的な言葉でいうと、
「なれそめ」とか「契約」とか「合意」とか。
二人の関係が悪化したとき、
この「神話」こそが、
二人の関係を築いていきます。
たとえば、
「なんとなく好きになって」できあがった人間関係は、
その関係性の前提となっている第一条件は
「お互いが好きである」という「神話」です。
「好き」と気持ちは、
まあ、だいたい3年もすれば失われてくるのがほとんどですから、
この関係は3年以上は続きにくい。
また、片方が相手のことをもう好きではなくなったとき、
この関係を修復するための着地点はなくなってしまうのです。
まあ、これは例ですが、
つまり
「どんな合意をもってこの関係がはじまったか」
ということが、
後々の人間関係に深く影響しますので、
「幸せになるため」の人間関係は、
「一緒に幸せになるために頑張ろうね」
という合意をして初められる、
または再スタートできないといけません。
そうでない場合は、
別に別れる必要はありませんが、
相手に対して、幸せを一緒を求めていくことは
どこかであきらめておいた方が良いでしょう。
そこで思うのは、
キリスト教での結婚式は、
「病める時も健やかなる時も、苦しい時も・・・相手を愛し続けると誓いますか?」
と『契約』を一応にでもするので、
もしそれを二人が本気で誓って結婚していたのであれば、
なるほど、未来の二人の関係を守りやすくしているのですね。
まあ、とはいえ、ただの「形式」だから・・・と適当にやっていては、
いけませんけどね。^^;
そもそも契約を見守る「牧師さん」の存在が、
日本では「そこら辺のおじさん」と何ら変わらないので、
契約に力がもたらされませんし。
脱線しましたが、
ようするにパートナーがいる方は、
相手と一度改まって、
「一緒に幸せになっていこうね?」
と話し合いをして、合意することが必要ですね。
もしその時に相手が
適当に返事をしたり、
なんとなく居心地悪そうにしているなら、
ちょっと危険ですね。
なお、注意点ですが、
「一緒に幸せになろう」と合意したからといって、
いつも幸せでいられるわけではありません。
ただ、トラブルが起こった時の『着地点』があるかないかで、
そこを振り返って話し合いができるかどうかで、
その後の関係がどうなるか大きく違いますよ、
という話でした。
そもそも夫婦観や家族観というものは、
人によってぜんぜん異なるものですから、
あらかじめきちんと話し合って、
『合意』をしておくことが
とても大事なのです。
そもそも、二人の間の「隔たり」が
大きくなり過ぎる前、
まだ「話し合い」ができる間に手を打てば、
いくらでもなんとかなるんですけどね。^^;
まあ、でも、
二人の関係がどういう神話を持ってはじまったか、
というのがしっかりしているほど、
間違いはありません。