別居したと言っても


殆ど毎日の様に掛かってくる旦那からの電話

そして

通い婚の様に度々、日中に家に戻る私


そんな生活が半年ほど続きました




この辺で、離婚するのか、元に戻るのか

ハッキリと決める時期じゃないかと思っていました



私は離婚したい気持ちが山々でしたが

やはり引っ掛るのは、家のローンです



いくら、家と土地が旦那や義父の名義だと言っても

このままローンを全部、旦那に押し付けてしまって

離婚したから私は知りません!では

酷というか、やっぱり可哀相な気がして


私はどうしても決断出来ずにいました





そんな時に、友達からまた別な霊能者を紹介されたのです




バカですね~!

家を建てる時に霊能者と呼ばれる人、2人にも聞いて

大失敗したにもかかわらず


学習能力が欠如してるんでしょうか?私は・・・!




またまた霊能者と呼ばれる人に頼ってしまいました


そうしたら、その霊能者と呼ばれる人曰く


「離婚したら、お互い良い生活にはなれない」

「一緒に居る事が徳も得」


などと、要するに離婚しちゃダメ!という事で

更には


「旦那さんも1人で頑張っているんだから

旦那さんが頼む!と言って来た事を聞いてあげなさい」


と言われてしまい

別居解消して、旦那と元の生活を続ける事にしました・・・






ホントにバカな私です







そして、その時、本当に旦那が私に提案していた事があったのです

(霊能者には一言も話していない事だったのですが)


それは


【自分の仕事を手伝え!】と言う事でした



旦那の仕事を手伝うには、ある資格が必要だったので

最初に言われた時には、二の足を踏んでいました


ですが、霊能者に言われた事もあり

これから先、資格を持っていて損はしないだろうとと思い直し


資格を取る為に通信過程で学校に入学し

日中は旦那の仕事を今の自分で出来る範囲を手伝い

夜は講師を続ける

という生活をする事となりました





今、振り返って

資格を取得したことは、良かったと思います


でも、良かったのはその事だけでした・・・


やっぱり、決断は自分が考えてすべきですね

安易に他人に頼る癖は直さなくては

と、改めて感じます





この頃はあまりモラハラとは直接関係なかったりしますが

後々、こういうことも含めて

旦那からの言葉として返って来る事となるので


自分の中で、何が問題だったのか?どうして?

という事を客観的に見つめ直す為にも

時系列に沿って書いています




表面上は普通に接しているが

お互い無関心な家庭内別居状態



旦那の機嫌が悪い時には

一方的な「お前が~!」「お前が~!」の言葉が降り注ぐ日々



フト冷静に考えた時に


どうして結婚生活を続けているのだろうか?

子供もいないし、仕事もしてるから金銭的に困窮する事もないのに

それに帰る家もあるのに



そして、私は実家に戻る事を決意した


別居したら、何か新しい事に挑戦したいと思って

友達に勧められてノートパソコンを購入した

そしてパソコン教室にも通う事にした


建前上、パソコン教室に通うのに

電車で行く方が便利だからと言って

電車の便が良い実家に戻る事にした


でも、旦那は別居の本当の意味を分かっていた

分かっていたけど、特に反対もしなかった



離れてみて、このまま離婚かな~?とお互い思いながらの別居だった








それなのに


割と頻繁に旦那から電話が掛かってくる


(私から電話する事は、それまでも殆ど無かった・・・

だって、旦那が外出している時は

大概が女と一緒だったから、電話しても留守電に繋がるだけ


本当に急用な時は留守電に伝言&メールして

しばらくして折り返し電話が来る

という状態だった)



そんな旦那から掛かってくる電話の内容は

どうでもいい様な他愛もない世間話


結婚前から、日頃の連絡などはマメだったけれど

別居しているのに・・・


分からない


私には旦那が何を考えているのか理解出来ない


そして旦那の方も、私がどんな思いで別居を決意したのか

分かっていないのか?

いや、分かっていた筈



それなのに、電話してくる旦那は、いつも機嫌が良かった

そして電話の最後には決まって

「今度、いつこっちに来るの?」だった


いつ帰ってくるの?とか戻って来い!ではなく

来るの?・・・



って、いったい旦那は何をどう思っているのか

サッパリ理解出来なかったけど


電話してくる旦那は、優しいし

私も、実家に持って帰らなかった服とかがあったので


時々、旦那の家に戻り、掃除や洗濯をするという感じの

なんとも奇妙な別居生活になっていました


離婚を前提とした別居だった筈なのに


気付けば旦那のペースにハマって

建前上、口にしただけの

パソコン教室に通うのに便利だからという理由で

別居したんじゃないかと、自分でも思ってしまうくらいでした



今、思えば

やはりこの別居が離婚する最大のチャンスだったのに

この時に離婚していたなら

今よりもずいぶん傷も浅かったのに


私は自分で、そのチャンスを見逃してしまったのです


自分を冷静に見つめ直し

事実を客観的に書こうと思って

一応、大雑把にではあるけど

時系列に沿って書き始めたから


今、その当時(約8年前)の事を思い出そうとしているのだけど

靄がかかったみたいにボンヤリしていてハッキリ思い出せないでいます


だから、多少時期がずれていたり前後したりしていると思いますが

言われた言葉や、出来事はありのままです







旦那との関係は

外見は以前と同じで仲が良い関係を保っていましたが

実際は、もうほとんどセックスレスだったし

表面的な会話はあるけれど、それ以上踏み込んだ会話はしない


お互いの事は聞かないし、話さない


夫婦というより、同居人!という関係でした



それも、旦那の機嫌が良い時の話で




旦那が不機嫌な時は


「お前が、こんな3階建てを建てるって言ったんだからお前がローン払え!」


「お前が、昔、私が養ってあげる!って言ったくせに

何で俺がこんな家の為にこんな仕事をしなくちゃいけないんだ!」


「俺は結婚なんかしたくなかったのに

お前の親が、海外行くのに反対したから結婚しただけだ」


「お前のせいで、俺の時間とお金が台無しになった」



お前が!


お前が!


お前が!






確かに3階建てについては、話し合う余地があったはずなのに

(3月17日参照)

それをしなかった私も悪いけれど

後からグチグチと責める位なら、最初にもっと

自分の意見を押し通せば良かったんじゃないの?

それをしなかった旦那に非はないの?






まだ世の中というものを良く知らない20歳前の私は

確かに、そんな事を言ったし、そう思っていたけど

それを今更責められても・・・


それに、実際その時にはそうやってたじゃない!


確かに1度、口にした言葉は取り消せないし

自分の言葉には責任を持つべきだとは思ってる


だけど、だけど、間違う事だってある


それを、いつまでも攻撃の材料として使われるなら




私は、自分の意見や思いや考えを口に出すのは止める


そして次第に私は

旦那に対して自分の意見を言わないようになっていった・・・






それまでは、ケンカになったら言い返したりもしていたけど

口が達者な旦那は

そうやって昔の私の発言・行動を持ち出して

私が反論出来なくなるまで責め続けた



これ以上、旦那に私に対する攻撃材料を与えてはいけない!


そう思った



だから、旦那が急に怒り出しても

聞いてるフリをして、心を閉ざすようになった


そしたら、聞いてるのか!何か言え!


と、また怒るのだけど

何かを言って、またそれについて責められるよりはマシだと思って

何も言わなくなった






その頃、私はまだ、モラハラという言葉を知らなかった



旦那のこの行為は

単にストレスから来るヒステリーだと思っていた



最初は鬼のような形相で怒鳴る顔が怖かった


次第に、こんな些細な事で自分の感情をコントロール出来なくなるのか、と

呆れた


そして悲しかった・・・

家を建ててから

しばらくの間は、平穏な日々で

特に目立った生活の変化はなく過ごしていました






しかし、徐々に愚痴が多くなる旦那


家に帰ってくる時間が遅くなり

妙に機嫌が悪い事が多くなっていきました




私は、結婚前から

夕方から人に教える、講師という仕事をしていましたから

(結婚して、海外に行ってる間だけ辞めていました)

夜、帰宅するのが毎日10時くらいでした


それまでは、私が帰宅する時間に合わせて

旦那も遊びに行ってても帰って来ることが多く

一緒に晩御飯を食べていたのですが


徐々に、旦那は外で食べて帰る事が多くなりました




前々から旦那が浮気をしていたのは知っていましたし

旦那も認めていましたから

隠れてコソコソされるよりは、言ってくれるだけ本気じゃないと言う事だろうし


それがストレス発散の1つになっているのであれば・・・


と思い、別に浮気について

時々チクッと嫌味を言う程度で怒ったりはしていませんでした



(多分私の考えも変わっていると思うのですが

私は、旦那に対して男という部分ではなく

対人間として好きだったし尊敬していたのです


だから浮気されていても、裏切られたと言う感情は全く湧かず

お酒を飲むとか、そういう遊びの一種に過ぎないと思うのです


それと、私自身も束縛されるのが嫌いなので

旦那の事もアレコレと束縛したくないという思いもありました)




それでも、毎日帰ってくるのが12時頃だし

休日も「釣りに行く」と言っては前日の深夜から出掛けて行って

帰って来るのは次の日の夜・・・

(便宜上「釣り」という事にしています)



そんな生活が続いていて

余りにも度を越している気がして、私が嫌味を言うと


今までなら

苦笑いを浮かべながら言い訳するか(言い訳とは呼べないような代物だけど)

軽く聞き流していたのに



逆ギレ!するようになった



「お前が、釣りに一緒に行かない!って言うからだ」と





確かに、以前は旦那に付き合って釣りに同行していたんだけど


休日の度に行ってたら

掃除や洗濯も溜まる一方だし(平日は、なかなか時間が取れないから)

たまにはノンビリと休みたい時だってあるし

友達と遊んだり、買い物に行ったりもしたかったから


誰か他の人を誘って行けば?って言って一緒に行く事を拒んだのです







毎晩遊びに行って遅く帰る事についても


「お前が店と家を同じにしたからだ!」


「俺は1日中ずっと同じ屋根の下にいるんだから

外に出ないと息が詰まるんだ」





そう、両方とも私が言った事、私が決めた事に

端を発してると言われ


確かに、私が言った事、決めた事だったので

何も反論なんて出来ませんでした






結局、私が提案した

1階部分が店舗で2、3階を住居部分とする

3階建てを建てる事になりました


工務店は、私の父の知り合いに頼みました



市からの立退き費用1500万円の一部は

ハッキリとは覚えていませんが

多分、旦那が買った車の自動車ローンなどを完済する為に

使ったと思います


そして2500万円が住宅ローンとして

旦那の名義となり、月々10万の払いとなりました




今から約10年前の事です



住宅ローンとしては、普通の金額だと私は思うのですが

どうですか?




しかし、旦那は違っていました



そうです

今までは、家賃もいらないし

生活費全般も私が支払っていたので


旦那は自分が働いて得たお金は全て自分の好きなように使えていたのに


家を建てた事によって


月に10万円のローン返済に加え

水道光熱費などが旦那のもとへ請求が行くようになったのです



いきなり出費が10数万円増えたのだから

考えてみたらキツイですよね



でも、私はその事に考えが至らなかったのです


自分の負担額が減った事と

店舗も新しくなったし、旦那が本腰を入れて出来る仕事をやっと手にした

と言う事に幸せと喜びを感じていたからです



それに、やはり食費とかは私が出していたので

家のローンや光熱費等の生活費は

男である旦那が出すのが当たり前だと思っていたから



その代わり

食費・電話代などの光熱費以外の生活費や自分のお小遣いは

自分で出して、旦那の負担を軽くしているのだし

旦那の浮気(これは後日、書く予定です)には

目を瞑って好きなようにさせているのだから


と、考えていました




だから、今の生活に何の問題も無いし

何の心配も無い

と、安心しきっていたのです




ココから大きく大きく歯車が狂い出した事に

私は全く気が付かずに・・・



中途半端にではあるが、海外に行くと言う目的を果たし
半年で日本に戻って来た訳ですが


2人とも仕事を辞めて渡航したので
フリーター生活に逆戻りです



私には、クレジット払いにした支払いと
結婚前に買った自動車のローンがありましたが
それでも旦那から今までと同様に生活費は一切貰わずに
なんとか生活を続けられました




その後、旦那は

義父のしていた商売を引継ぐ事となり
これで更に生活も安定するのでは?と思っていました



そんな時に

前々から話しはあった
市による区画整理の為、今の家と義父の店舗を立ち退き
移転しなくてはならない事態が本格的になりました




この時に、もっと真剣に2人で向き合って
将来の事とかお金の事とかを話し合っていれば・・・
と、今になっては痛切に感じますが



その時の私は

旦那も義父の跡を継ぐと決めた様だし
移転する土地はあるのだし、立退き費用として1500万円が
市から支給されるのだから
それを頭金にして、旦那の商売用の店舗を1階にして
3階建ての家を作れば、これから先、子供が出来たとしても
充分な広さの家が建つし、駐車場も取れるから
そうするのが1番じゃないか!


無駄に家賃を払って賃貸に住むよりも
家のローンを払う方が良いに決まってるじゃないか!

と、思っていたので旦那にその旨を伝えました



しかし旦那は
土地を売ったお金と、立退き費用の1500万円を持って
どこか別の所(海外?)で自由に暮らしたい
と、思ってるようでした





確かにそれが実現できれば夢のような話だと思います
でも
そんな曖昧な目的に、誰が賛同出来ると言うのでしょうか?
立退きは目前に迫っているというのに・・・




その後、旦那も妥協案?として

坪単価の安い物で

店舗と住宅は別棟で建てる

と言うのを提案してきましたが

そんなに広くない土地に、2棟も建てたら駐車場が取れないと思い

これも、私は、まともに取り合わずに却下してしまいました

私は、自分の提案する3階建てを建てた時の

青写真というか

実際、こんな感じになるんじゃないか?と

素人ながらに設計図みたいなのを書いて

これなら、駐車場として何台の車が置けるスペースが取れる・・・とか

そういう事までしていたのに


旦那は希望を言うだけで

実際、売ってどこかに行くにしても

どこに行ってどうするのか?と言う具体的な事は何も提案しなかったし


2棟建てるとしたら、それは各々、敷地面積に対してどのくらいの大きさで

駐車スペースがどのくらい取れるのか?なんて事は

一切、形にする事がありませんでしたので

反対した理由としては、あまりにもイメージする事が出来なかった


と言う感じです




そして、ちょうどその頃、友達に霊能者と呼ばれる人を
紹介されていた事もあって
どうすれば良いのかを2人の霊能者に聞きに行きました


接点の無い2人の霊能者に聞いたのに(別の日に)
2人ともがそれぞれ口を揃えて
「私の案で進めれば良い」と言われたので
旦那も渋々、私の案に従う事となったのです



これも今思えば、私の大間違いだったと思います




霊能者に聞く前に
もっともっと旦那の話を聞いて
その旦那の夢がどうすれば実現可能なのか?という事を
もっと具体的になるように模索すべきだったと思います



自分の案の時に実際に方眼紙に設計図もどきを書いたように

旦那の案も書いてみて、駐車スペースや建物の広さなどから

考慮するのに値する案なのかどうかを考えてみれば良かったのに

面倒だった事もあり、それをしませんでした





今、これを書きながら冷静に当時の私の心境を見つめ直すと




要するに、私は自分の案のプレゼンをしている気分だったのです


話し合って2人で意見の一致を図る!と言うのではなく


お互いそれぞれ案があるのだから

それをお互いがプレゼンして、良い方を選択するのが筋だと思っていたのです

だから、口から勝手に希望だけ出して

具体的にプレゼンしない旦那の案は考慮するに値しない


と、勝手に思っていた気がします



今頃になって、こんな事に気付くなんて・・・

って感じですがね



地元に戻って2年くらい経った


お互い借金の返済も終わり

日本脱出計画に向けての貯金も少し出来始めた頃


それとなく私の母親に

旦那と一緒に海外に行きたいと伝えてみたところ


「結婚前の娘が男と海外に、しかも旅行じゃなく住みに行くなんて!」


と反対されてしまった(当然と言えば当然だけど)



バカで短絡的な考えしか出来なかった私は

周りの友達も次々と結婚していたから

じゃあ、結婚してから行けば良いんじゃないか!と思い至り


旦那もその意見に賛同してくれたから

勢いに任せて結婚してしまいました


せっかく海外生活の為に貯金していたけど

イロイロと新婚生活をするにあたっての生活用品などを買っていたら

貯金がほとんど底をついてしまい

渡航計画が1年延期になってしまった

という無計画っぷりでした



そんな理由で結婚生活が始まった訳ですが


住居は旦那のお父さん(義父)が所有していた貸家に

無料で住む事となりました



この時も、お金に関して決めておけば良かったと今になって思うけど

その当時は

同棲していた頃からの流れで

今まで同様、財布はお互い別管理


家賃は要らないので、光熱費や食費などの必要な生活費は

その当時、私の方が給料が多かったという事もあり

やはり私が全て支払っていました






そして、結婚して約1年後

旦那の貯金が100万円、私の貯金が50万円ほどになった頃


念願の海外生活をするべく日本を離れました


行き先は、旦那の幼馴染がいる某国


仕事をする訳でもなくダラダラとした毎日

楽しくて面白かったです



しかし150万円では、レンタカー代などを私のクレジットカード払いに

していても、そう長く生活できる訳もなく

半年ほどで資金も無くなりかけ


かと言って、言葉も満足に話せないのでは仕事も大したものがあるはずもなく

日本に帰国する事にしたのです




この頃から


「お前は、貯金も出来ないヤツだ!」

「結局、俺がお前の渡航費用も出したようなものだ!」




と、言われる様になりました


確かにお互い100万ずつ貯めようと約束していたのに

結婚の準備に使ってしまった為

私は半分の50万円しか貯金出来ていなかったけど


私のクレジットカード払いで、最終的には50万近く使ってたので

そんな事を言われる筋合いは無いのだけれど



自分のじゃない借金は無いのと同然の旦那だったので



俺は私の分の借金まで肩代わりして返済し

更にちゃんと目標の100万円を貯めたのに


私は借金も人に押し付けたくせに

貯金も満足に出来ないヤツだと思ったようです





生活費も私が出し、同棲中の借金の半分も返済し

2人で使う為の生活用品を買った為に

貯金が出来なかった事を全く考慮しない言葉




それでも、一緒にいるのが楽しかったし幸せだった

普段は優しいし


何より音楽や映画や本に対する価値観や趣味がかなり近くて

私の事を誰よりも理解してくれる人だと思っていたから・・・







付き合いが始まってから1年後に

高校を卒業した私は進学の為に上京する事となりました


そして、旦那もそれに合わせて仕事を辞めて

東京へ出て来ました


一緒に住む為にです



この時に、金銭に関する事を細かく取り決めておけば良かったのですが


私も若かったし、世間と言うものを知らな過ぎたし

親からの仕送りもあったので


財布はお互い別管理という感じに自然となっていました



それに旦那は根っからのヒモ体質というか

仕事・労働・会社と言うモノに馴染まないと言うか似合わないと言うか

そういう匂いのある人なので(その時はそれが好きだった)

世俗に塗れて、その匂いを消したくい!という風に思っていました



そんなこともあって、家賃や光熱費や食費などという

生活費全般は私の親からの仕送りと私のバイトで全て賄ってました


旦那も少しはバイトをしていましたが

そのバイト料は自分のお小遣いになっていました



その後、私は大学を中退し

親からの仕送りも無くなってしまったので

就職しましたが


それでも

私が生活費の全てを負担するというスタイルに変更はありませんでした



折りしも世間はバブル真っ最中の時代であり

家賃も高いし、何をするにもお金・お金・お金が最優先

節約なんて言葉は聞かれなく

バブルの恩恵なんて何一つ受けていないにもかかわらず

出て行くお金だけがバブル並み・・・


そんな生活を私1人の給料で払える訳もなく

仕方なく旦那も仕事を始めたけれど


それでも私の持ってるクレジットカード2枚は

枠一杯までキャッシングをし

それでも足りなくて消費者金融でも借金し

返済にも追われる様になり

旦那の名義でも消費者金融で借金する様になった頃に



このままではいけない!

俺はこんな仕事をして生活に追われる為に東京に来たんじゃない!

日本はダメだ!お金を貯めて海外に行くぞ!





という事でUターンして地元に帰る事になりました





その当時、2人で作った借金は100万ちょっとありましたが

そのほとんどが私名義で作ったものでした


しかし、2人で使ったお金だから(私はそう思っていました)

旦那が私名義の消費者金融での借金も払うと言ってくれたので

負担額は半分ずつ、という感じになりました



この時から始まった旦那の





『お前の借金も俺が払ってやったんだぞ!』





との言葉を、もっとしっかり意識して聞いていれば分かっていた筈なのに

何の気なしに聞いていた私は

それでも全く気付かなかったし、気にも留めていませんでした




要するに旦那は

自分名義の借金が大嫌いで

自分がそれを払うのが大嫌いなのです



借金をしたり返済するのが好きな人はいませんけど


旦那の場合は

自分も使ったお金であろうとも

彼女や妻の名義の借金は自分の借金ではないし

払うつもりも無いと言う事のようです


私は、それに気付くのが遅過ぎました








いつから歯車が狂いだしたのか?


私が18歳の誕生日を迎える数ヶ月前に2コ上の旦那と知り合って

同棲生活3年半を含め6年間付き合ってる時も

その後、結婚してからも数年間は


ケンカも勿論あったけど、同じ価値観で楽しく毎日を過ごしていた筈







もともと、多少の自殺願望を持つ私と知り合って間もない頃のデートで


旦那「どこに行きたい?」

私 「・・・・・・天国」


旦那「じゃあ俺も一緒に行くよ」





当時、対人恐怖症気味だったし(周りには、そうは思われていなかったけど)

本気で誰かと付き合う気なんて全くなかった私


誰かに「どこに行きたい?」と聞かれたら必ず「天国」と答えていた私

でも、ただの冗談だと笑い飛ばされるだけで

誰も本心だとは思ってくれなかった(本当に生きていたくなかったのに)

それが、旦那だけは笑いもしなかったし、真面目な顔して「俺も」と言ってくれた


「俺も一緒に行く」と言う言葉が、泣きそうなほど嬉しくて

『この人なら私を理解してくれるかもしれない』と思い


本気で付き合うようになった




この最初の言葉があったから

多少、常識外れで突拍子もない事を言ったりしたりしても

多少、時間にだらしがなかったりという面があっても


人間として尊敬できる人


と、ずっと思っていたのに




いつからだろうか?歯車が狂ったのは





ううん

今なら分かる


口では何とでも言える人なんだ!と




変に頭の回転が良いから

心が入ってない言葉でもスラスラと口から出てくる人なんだ!と





そんな簡単な事実に

知り合って20年近くも分からなかった私はなんてバカなんだろう



いや、本当は、もっと早くに気付いてた


でも


信じたかった


あの最初の言葉を!


だから、本当の姿に目を瞑って見ない様にしていたのかもしれない





もしも、時間を巻き戻せるならば

旦那と知り合う前の私に戻りたい



対人恐怖症で自殺願望真っ只中だった私だけど

勇気のない臆病者の私は

それでもきっと、死んではいないだろう


だって、今も変わらず自殺願望は無くなっていないし

あの頃とは比にならないくらいの地獄のような毎日を過ごしているのに


こうやって生きてるじゃない!



いつ終わるとも知れない闘いを

もう数年も続けて


なんだかもう疲れてしまって


このままでは、マジでどうにかなってしまいそうな気がして

ブログを始めてみる事にしました


誰かに読んでもらおうとかと言う気は殆どないですし

文を纏めて読み易くしようなんて気力もなく

ただ、ただ

オナニー的な文になると思います