The Ring and the Book: Episode 1 | First Chance to See...

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エコ生活、まずは最初の一歩から。

 ロバート・ブラウニングの長編詩『指環と書物』を、前編と後編、計2時間のラジオドラマに仕立てたもの。アントン・レッサーがブラウニング本人を、ロジャー・アラムが伯爵ギドウ・フランチェスキーニを演じている。何年か前に製作されたものだが、最近になって再放送されたので、今ならまだBBCのサイト で聴くことができる。

 この数ヶ月、「Cabin Pressure」 のダグラス・リチャードソンことロジャー・アラムが出演している、というだけの理由で、『戦争と平和』『レ・ミゼラブル』 のラジオドラマを聴いてきたけれど、幸いなことに私は元ネタの小説には馴染みがあった。でも、ロバート・ブラウニングと言われても——まったく知らない訳じゃないよ、暗黒の塔のローランドでしょ、スティーヴン・キングの『ダーク・タワー』シリーズは最初の3巻まで読んだもん、っていうか3巻まで読んで挫折してそれっきりさ、はっはっは(露骨に笑ってごまかしている)。

 ……そんな私が、どんな形であれ、再びブラウニングと相見える日が来ようとは。

 日本語訳が見つからなければ、さすがの私もご辞退申し上げようと思った。でも、なぜか近所の図書館であっさり手に入ってしまった。昭和32年と昭和36年に出版された、小田切米作訳の『指環と書物』全2巻。

指環と書物

 正直なところ、日本語訳で読んでも意味がほとんど分からなかった。でも、そういう阿呆のために小田切米作先生は自序であらすじと構成をご説明くださっている。そして、身もフタもない結論を言ってしまえば、詩そのものを読まなくても先生の自序だけ読めば、ラジオドラマ「The Book and the Ring」を聴くことはできる。

 というのも、『指環と書物』という長編詩は、ミルトンの『失楽園』の2倍もの長さがある。全12巻、17世紀にローマで起こった一つの事件を関係者や傍観者がそれぞれの視点で独白形式で語る、という構成になっているが、2時間では最初の1巻だけ朗読するにもまだ足りない。おまけに、ただ朗読しただけでは難解すぎて英語ネイティヴだってついていけない。そこでラジオドラマ版は、ブラウニングという語り手だけを残し、あとは普通の対話形式に仕立て直されている。さらに、オリジナルの小難しい言葉遣いは、適宜もっと分かりやすい表現に変更されている。本気のブラウニング・ファンならこれを聴いて、「こんなのただのあらすじ紹介じゃないか!」と文句を言うにちがいないが、私としては「あらすじ紹介で大いに結構、ありがとう、助かったよ!」。

 とは言え。

 何しろ、昭和32年と昭和36年に法政大学出版局から出された本である。どこの図書館にでもおいてある、という代物ではあるまい。

 ということで、どのくらい需要があるかは分からないが、「英語のリスニングには自信ないしブラウニングとか言われてもさっぱりだけど、『新米刑事モース』のブライト警視正ことアントン・レッサーと、『新米刑事モース』のサーズデイ警部補ことロジャー・アラムの共演にはちょっと惹かれる」という方のために、『指環と書物』の簡単な説明をします。あくまで、ラジオドラマを楽しく聴くための説明です。ネタバレしてます。

 でもこの長編詩、もともと最初に著者であるブラウニングが、ローマで起こった犯罪事件をまとめた一冊の本を読んでその事件概要を元に、金属の塊を美しい指環に仕立てるが如く、三文記事に等しい事件記録を美しい芸術作品に作り上げたい、と主張するところから始まっている。故に、事件のあらましそのものは冒頭でさっさと語られるのだ。「貴族のギドウ・フランチェスキーニが、四人の手下と共に、妻ポンピリアとその両親ピエトロとヴィオランテを刺殺した罪で斬首となった」と。あとは、どうしてそういう事態になったのか、それぞれの立場でそれぞれの言い分を語るのみ。そのため、詩では同じ話が別の語り手によって何度も何度も何度も語られるけれど、ラジオドラマではそこまでくどいことにはなってないし、私はもともとロジャー・アラム目当てで聴いているのでなるべくロジャー・アラムなギドウ目線で説明していきたいと思う——さすがの私もこの男のろくでなしっぷりはフォローしきれないけどね(あ、あと、さっきから小田切米作先生の日本語訳に従って「ギドウ」と書いているけど、「Guido」は英語では「ギドウ」というより「グイド」に近い発音だった)。

 では、まいります。

 ピエトロとヴィオランテという、初老の夫婦がいた。裕福だが子供はいない。気のいい善人なだけのピエトロと違い、よく言えばしっかり者、悪く言えば小知恵が回って善意から暴走するタイプのヴィオランテは、行き倒れの妊婦から生まれくる子供を貰い受ける算段をする。そして、夫には「奇跡的に妊娠した」と告げ、譲り受けた赤ん坊を自分たちの子供だと言い張る。その年で妊娠・出産なんて無理すぎるだろ、と誰もがつっこむところだが、ピエトロは本気で妻を信じているのか、妻がそう言うならそういうことにしておこうと思うのか、あっさりと赤ん坊を受け入れ、ポンピリアと名付けて夫婦で猫可愛がりする。

 一方、貧乏貴族の長男に生まれたギドウは、家督を継がなければならないから僧侶になって碌を食むこともできず、ある枢機卿の下で奉公していた。が、40代半ばであっさりお払い箱になる。金も仕事もないし、故郷アレッゾのボロ屋敷に帰るしかないか、と、僧侶として自活している弟パウロに愚痴ると、それなら金持ち娘と結婚して帰省すればいい、故郷に戻る理由も金もできて一石二鳥だとパウロは言う。

 そしてパウロは、ピエトロとヴィオランテのコンパリーニ夫妻の一人娘、ポンピリアに目をつける。兄と違って目端のきく弟は、兄が直接ピエトロと話をつけようとするのを止め、自分がヴィオランテとこっそり交渉するという。娘かわいさのあまり縁談どころではないピエトロと違い、ヴィオランテなら貴族の地位に目がくらむはずだと踏んでいるのだ。果たして、パウロの読み通り、ヴィオランテはポンピリアをギドウの元に嫁がせることにする——心配したピエトロが、ギドウという人間は怠惰で強欲で不愉快な人間らしい、という街の噂を持ち帰っても、ヴィオランテは信じない。世間はポンピリアが貴族の娘になることを嫉妬してそういうことを言うのだ、と。そして、ピエトロに内緒でポンピリアを家から連れ出し、ギドウと極秘結婚させる。司祭は、万事心得たギドウの弟パウロ。

 ちなみにこの時、ポンピリアはわずか12歳。読み書きもできず、結婚についての知識は、(私の推定で)現在の小学1年生以下。

 ヴィオランテとポンピリアはいったん自宅に戻ったものの、3週間後、いよいよアレッゾに帰るギドウがポンピリアを連れにやってきた。真相を知ったピエトロはびっくりするが、家族みんなでアレッゾの屋敷で暮らす、という算段に割とさっくり納得する。底なしに気のいい善人なんですな。

 が、アレッゾのお屋敷に着いてみれば、そこは想像を絶するボロ屋敷。自分たちの持ち金は屋敷の修繕費にあてられ、ろくな食べ物も出てこない。文句たらたらなピエトロとヴィオランテに向かって、ギドウはイヤならここから出て行ってかまわない、ただし自分の妻であるポンピリアには残ってもらう、そして事前の契約通りの金は送れ、と言う。

 ポンピリアを残して去った後で、ヴィオランテはピエトロに「実はポンピリアは本当の娘ではない」と告白する。今頃かよ、っていうかこのタイミングでかよ、と、つっこまずにはいられないが、ヴィオランテとしては「ポンピリアは本当の娘ではないと法廷に訴え出る」→「娘じゃないからギドウに金を送らなくて済む」→「金がもらえないギドウはポンピリアを放り出す」→「また家族3人で暮らせる」と計算したのだ。それであっさり納得するピエトロもピエトロだよな。っていうか夫がそんな甘ちゃんだからヴィオランテが世間を舐めてかかり、つまらん策略を繰り出しては事態を悪化させるんだよ!

 ということで、ヴィオランテの策略は、案の定、ギドウを怒り狂わせるだけの結果となった。金目当てとは言えどうしようもないおぼこ娘と結婚しちまった、と思っていたら、実はおぼこ娘どころか行き倒れの売女の娘だった上に金も貰えない、というんだから、そりゃギドウが騙されたと言って怒るのも無理はない。

 ただでさえ器の小さい男が、ここまでコケにされたとあっては、怒りの矛先がただ一人屋敷に残されたポンピリアに向かうのは必至。哀れなポンピリアは、ギドウに娼婦呼ばわりされ、閨房で責めさいなまれることになるのであった。

 そんな日々が2年も続き、ある日、ギドウはポンピリアを劇場に連れていく。そんなことは初めてだったが、劇場でギドウの従兄弟の友人の若い僧侶カポンサッキにポンピリアが目を留めた、というだけの理由で、お前はあの男に気があるんだろう、というか既に関係を持っているのだろう、と、ギドウはポンピリアを責める。ギドウったら嫉妬が高じて、いっそさっさとポンピリアの浮気の現場を押さえてしまいたい、そのほうがすっきりする、の域なんですな。で、下女マルガリータに命じて偽の手紙をカボンサッキに届けさせ、ポンピリアがあなた様をお待ち申し上げております、どうかあの方をお救いくださいませ、せめて一言ご返事を、と縋るが、僧侶たるカポンサッキはきっぱり断る。で、マルガリータは今度はポンピリアの元に偽の手紙を届け、カポンサッキ様があなたをお慕いしているそうですよ、どうかこの手紙をお読みになってください、と言うも、ポンピリアは一言、「でも私、文字が読めないの」。

 ……枢機卿がギドウをお払い箱にしたのも分かるよ。この男、ほんっっっっとうに仕事できなかったんだろうなあ。

 ここで、ラジオドラマ「The Ring and the Book」の前編が終了。後編に続く!