First Chance to See...

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エコ生活、まずは最初の一歩から。

 本日2月28日は「ビスケットの日」だそうな。ただし、ウィキペディアによると1980年に社団法人全国ビスケット協会が制定したそうなので、適応は基本的に日本限定ってことでOK?

 

ビスケット派?クッキー派?

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 「ビスケット派?クッキー派?」と訊かれれば、私はもちろんビスケット派。中でも私のイチオシは、イギリスのリッチティービスケットだ。
 
 
 これぞ王道、シンプル・イズ・ベスト。でも、なぜか日本ではまず手に入らないんだよねえええ。
 
(マリー・ビスケットがあるじゃないかと言うなかれ。見た目は確かに似てるけど、風味が全然違うのだ)

 ヒトラーとナチスドイツに関する一般人向けの歴史書の類は、これまでもっぱら図書館で借りて読んでいた。分厚い翻訳本で値が張る、というだけでなく、おぞましくて恐ろしい写真が載っている本を自宅に置いておくのが怖いからである。

 

 ひどいヘタレですみません。

 

 が、先日発売されたウルリヒ・ヘルベルト著『第三帝国 ある独裁の歴史』は、そんな私にしては珍しく購入して読むことにした。私のツイッターのTL上ではなかなか高評価だったこともあるけれど、何より新書でお値段が安く、かつ、えぐい写真も載ってなかったからである。

 

 

 その一方、本来なら500ページを越える上下巻でもおさまりきらない内容が新書レベルの短さにまとめられたことへの不安はあった。でも、この本は大著の原作を日本の訳者/編者が勝手にトリミングしたのではなく、もともとこの長さで書かれた概説書であり、かつ日本語に翻訳したのもドイツ現代史の専門家、となれば、信用度は一気に上がる——何せ、昔と違って今の「新書」って玉石混交だからねえ。

 

 そして実際に読んでみると、単なる事実関係の羅列にとどまらず、「ナチがろくでもないのはいうまでもないが、どこがどう画期的かつ具体的にろくでもなかったのか」がきちんと説明されている。おかげで、ナチスドイツの東欧支配の過程にしても、ユダヤ人問題にしても、読んでいて要点をつかみやすい。

 

 当時のドイツ人がホロコーストについて知っていたのか、あるいは知らなかったのかという問題についても、ちゃんと論拠を上げた上で説明してくれる。戦況が悪化するにつれ、

 

「ナチ党や保安部の部局による報告書でしばしば書かれているように、ドイツ人のあいだで、「テロ攻撃〔英米軍の空襲〕は、ユダヤ人に行われた措置の結果」なのではないか、そして「もし我々がユダヤ人にあれほどひどい扱い方をしなかったのならば、我々はテロ攻撃でこれほど苦しむ必要もなかったのではないか」という憶測が飛び交っていた」

 

 語るに落ちる、とは、まさにこのこと。ユダヤ人に非道なことしているという自覚は、当時からばっちりあったんじゃん。

 

 一方、昨今の日本では「そうは言ってもナチの経済対策は成功していた」とか言い出す人が後を絶たないようにみえる。が、それがいかなるカラクリというかペテンのもとに動いていたのかといえば、

 

「賃金は削減されず税金も増えなかったので、ドイツ人は高い購買力を手にすることになった。だがほとんどすべてが配給制となっており、現金を持っていても買うものがなかったため、貯蓄に回される割合が増えていった。体制は、一九四一年だけで一四〇億ライヒマルクに達したこの巨額の貯蓄を戦争の財源に利用した。

 この「目立たない戦時資金調達」という形態は、体制にとってきわめて好都合であった。直接の負担を急激に増加させる必要もなく、戦時資金調達という問題が公になることもなかった。なぜなら、みずからの貯金が直接戦時資金調達に利用されていることを、ほとんどのドイツ人は知らなかったからだ。」

 

 これでもあなたはナチの経済政策の支持します? 私は絶対にごめんだね。

 

 にしてもさすがナチスドイツ、こんなの国家によるサギだよなあ——と同情して終わりたいところだが、ちょっと待て、ほとんどの日本人が知らないところでみずからの貯金が直接大企業支援と株価の安定に利用されているんじゃなかろうかと不意に疑心暗鬼になった。

 

 だ、大丈夫かな……?

 2017年の第1シリーズから待たされること丸3年以上、正直ほとんど忘れかけていた頃合いで、ついにデイヴィッド・ミッチェルとロバート・ウェブのコンビが戻ってきた!

 

 

 第2シリーズは、デイヴィッド・ミッチェル扮するスティーヴンが入院していた療養施設を出るところから始まる。と言ってもたいして精神状態が改善したわけでもなく、ともあれ退院後は実母の家に仮住まい(?)することになるが、何とその家には母親の年若い恋人も暮らしていた。

 

 一方、ロバート・ウェブ扮するアンドリューは、今度はスティーヴンの元妻アリソンの両親に急接近。やたらと親切に振る舞って「実の息子みたい」と言われるまでになり、実の娘であるアリソンは内心のモヤモヤを抑えられない。

 

 前シリーズ同様、観ていて楽しく大笑いというより居心地の悪い思いをさせられるタイプのコメディだけど、以前ほどスティーヴンのダメさ加減が露骨じゃなくなったせいか、良い意味でブラックさが薄まったような気がする。加えて、アリソンのモヤモヤっぷりを観ると、親が自分以外の誰かを目にかけることへの苛立ちとか嫉妬っていくつになっても消えないもんだよなあとしみじみ共感した——そんなの子供じみた感情だと理性ではわかっていても、瞬間的にイラっとしてしまうのは、私だけじゃなかったのね。

 

 そして最終回は、第3シリーズへの含みを大いにもたせたラストになっていた。今度は、あまり間をおかずに製作されるといいな。