トルコ(1)
深夜、イスタンプールに着いた。
スイスホテル迎えのBMW745で乗り付ける。
トルコの予備知識を述べると、
1)イスラムだけど原理主義の様なバリバリではない
2)非常に親日的
3)モラルがある(義理、恩義を大切にする)
日本とトルコが仲がいいのは明治の頃かららしいです。
たしか四国沖あたりで座礁したトルコの軍艦の乗組員を島民が 手厚く介抱したのが始まりです。
感動した乗組員達がそれを国に伝えヤポネって良い国らしいと 認識されました。
次、ちょうど100年前極東同様ロシアの南下政策に苦しめられており、(もうやられる)
という寸前で日本がロスケをやっつけた為助かった。
当時の赤ん坊には東郷や乃木という名前が流行ったそうです。
そしてたしかイラン革命の時、テヘランに取り残され恐怖のどん底 にあった邦人たちを唯一トルコエアーが
危険を顧みずに救出に向か ってくれた。
100年ぶりかの恩返しとしてニュースになったのを覚えてます。
朝、ホテルを歩いていても心なしか皆の見る目が温かいような気が する。
髪をそろそろ切りたいと思っていた。
本当はパリがいいんだけどいつになるかわからないし、ローマでは映画の様に首をきられそうだし、あまり
気乗りしないけどここでと決めてコンシェルに聞きに行った。
日の丸のバッジを胸に着けている。
スイスホテルなので日本人客などあまりおらず受け狙いでは無さそうだ。
「日本人ですか?」私がふざけると
「日本大好きです」
なんか全然しらない子にいきなり告白された感じだった。
いろいろ丁寧に教えてもらいホテル内のバーバーに行ってみた。
思ってたよりずっと上手で、ほぼ完成だったがもみ上げが少し長かったので
「もう少し削って」
と身振りで注文してみた。
ガリガリガリ 電気バリカンで削っている。
「これいいですよ」みたいな感じ。
横を向いて鏡を見るとさきがとがっている。びっくりして
「ちょっとまて、お前ナイフじゃないんだよ」
もう一度やると今度はペッタンコ
「お前もっと慎重に少しずつやれよ」
繰り返す内もみあげがどんどん短くなっていく。
(これ以上やるとすっごい変な髪形になる)
イタリアや中国で何をされても平気だった私もかなりあせってきた。
(ダメだ、全部なくなる)
と覚悟を決めた直後、マスターみたいのが来てうまくまとめ トルコの北上は止まった。
最初の彼はとてもすまなそうに何度も謝っていた。
「気にするなよ。髪はまた生えてくるよ」
でも久し振りに冷や汗をかいた。
一昔前までトルコ風呂といわれていたが今は言わなくなった。
有名な話だがトルコの留学生が
「祖国にはそんな風呂はありません。プライドが傷つくので やめてください」
がきっかけで変わったらしいね。
逆の立場で考えてみたら、 もしアムスの飾り窓をジャポン窓と呼んでたらやっぱり嫌よねぇ。
ローマ(最終編)
さて、飛行機が夜だったのでホテルを6時まで延長し、インターネットカフェで執筆活動をしてホテルに戻る。
レセプションでチェックアウトし、請求を見ると思ってたより かなり安い。
二日目からアップグレードしてるのに同じ料金だし、延長料も 入っていない。
「これおかしいよ」
と言っても相手にせずヘラヘラ笑っている。
悪いね、ときつねにつままれた感じでパッケージングをすませ 降りて行った。
スタッフが10人程整列している。
( 誰か偉い人でも来るの?)
私だった。
一人一人よそ行きの笑顔で握手を求めてくる。
「 これ飛行機の中で食べて下さい」
ホテルメードのチョコレート
そう言えば今日はバレンタインなんだ。
しかしどうしてアフィアくずれとトラブッた私にここまでするのだろう?
ミラノでもそうだったが、どういうメカニズムか話の伝わりが非常に早い。
革屋も靴屋も私のことを知っているようだった。
最後にゼネラルマネージャーが顔を寄せてささやいた。
「エンペラーにくれぐれも宜しくお伝えください」
彼等にとってはキングよりも格上らしいのね。
アフリカや中東はどうか知らないけどまともな国では世界中で一人だけですよね。
また、ローマ皇帝を連想させるのかな。
そんなことより、ゲッ!!!
なんで知ってるの?ローマではその手は使ってないのに。
ハッ!!!
そう言えば一度コンシェルに忘れ物の件でグランデミランに 電話してもらったんだった。
(お前らほんとにおしゃべりね)
これはいよいよホトボリが冷めるまでこの街には来れないな。
もしこれが大きくなったら宮内庁か外務省あたりから怒られるのかな?
でもそしたら
「私はただ、天皇家の流れを汲む者と言っただけですよ。だってほとんどの日本人はそうでしょ」
本当にああ言えばこう言う、困ったもんね。
空港に着いて税金のリファウンドをしようと思ってもまだ8時前なのにデスクが閉まっている。
いろいろ聞いて周っても誰も知らない。
かなり歩き回りついにインフォメーションの男を怒鳴りつけてしまう。
「私は知らない、関係ないってふざけるな!!」
すると小さな声で
「本当にしらないんです」
まずい、時間がない。結構高い買い物してるのに。
ようやくイミグレ内にもうひとつあることをつきとめ急いで向かうとそこもクローズ。
隣のDUTY FREE の女に聞くとなめた態度で
「そっちはタックスフリー 関係ないわよ」
カッとして
「関係あるんだよこのバカ。
まず第一、俺はお前の会社でかなりの買い物をしている客だ。
次にこの還付制度はこの国の制度だろ。よって国民であるおまえら にはそれを遂行する義務がある」
慌ててたので論理が無茶苦茶だった。
「何言ってんの あんた」
「もう頭きた。貴様ら連帯責任だ。全員そこに並べ!!!」
叫ぼうかと思ったが止めといた。
「間単に出来るわよ」というイタリア人の言葉を信じたのがそもそもの間違いだったんだという悟りかな。
しかし、いい加減でとんでもないけどなんか憎めない連中でした。
ちゃんちゃん
イタリア おわり
ローマ(3)
3分もしない内、オーナーとさっきの大男が息を切らしてやって来た。
大男はただの馬鹿だがさすがにオーナーはいかしてる。
私の大好きなアルパチーノに似てて、小柄ながら迫力がある。
「お前のカードは全部無効じゃないか」
「だから言ったじゃん」
おそらく、一度機械を通らなかったカードはガチャコンでは無理なんだろう。
(そりゃそうだよね)
「このペテン師、ふざけた野郎だ」
「いやぁ 君の顔ほどふざけてないよ」
二人の顔色がみるみる紅潮していく。
「ところでさっき貰い忘れたんだけどカードのレシート頂戴よ」
オーナーが三枚をビリビリに破き
「わかってんだろうな。俺の町でこんな事して無事に帰れないことくらい」
馬鹿が「ファック!」を大声で連発している。
泊まり客が鍵を受け取りたいのにビビッてフロントに近寄れず、10人位の白人が遠まきに見ている。
「ヘイ、ヘイ、ヘイ、アスホール ここはバリオーニだぞ。ハイクラスのレディー 達が怖がってるじゃないか。中卒のお前でもそれくらいわかるだろ」
とにかくこれで終わりね。
(どうもオーナーごちそう様~)
言おうかと思ったがその場で刺されそうな予感がしたので
「私は明日早いから失礼するよ」
階段をゆっくり上って行く。
このホテルでは一度アップグレードして2階に移っていた。
いい部屋は2階にあるみたい。
馬鹿ふたりがなにかイタリア語で喚いてたが、無視。
30分後下に降りてコンシェルに
「夜の内にホテル変えた方がいいかな」
笑いながら
「アブソルートリーノット。あんなチンピラ全く問題無いですよ」
「奴らマフィアじゃないの?」
「もしそうならあなたはとっくに殺されてます」
なるほど。
「サー あなたなら御解りだと思いますが、このホテルはこの地で130年 の歴史があります。
当然イタリア のあらゆるコネをもってます。
もし我々の大切なゲストに少しでもなにかあったら、当然奴等は生きて いけません。
どうか安心して御休み下さい」
もし同じ事をオークラや帝国のコンシェルが言ったら、皆腰を抜かすでしょう。
「すっごいねお前ら」
さすがに本場は違うねぇ。
ローマ(2)
ローマ一いやイタリア一のレザーショップと云われる「スキン」の店内で皆と話がはずみ
「私ラストサムライ2回見たけど感動して泣いちゃった。
あれは実話で本当にあんなに誇り高いんですか?」
「実話じゃないけど精神は本当」
「他になんかいい映画教えて」
「だいぶ古いけどトラ、トラ、トラがいいよ。君らは歴史を知らないと思うけど65年前われ等は手を組んで(日本には大失敗だったけど) 一緒にアメリカと戦ったのよ。
我らはアメリカに負けたの。イギリス、フランス、 もちろんロスケ(ソ連)や中国に負けたんじゃないのよ。
そのアメリカを日本が目茶苦茶にやっつける、爽快よ」
「ありがとう。必ず見るわ」
「私アメリカ嫌い。歴史ないくせに威張ってるもん」
「君らは凄い4000年、僕らは2000年、奴等はたった220年
しかも祖先は皆ヨーロッパであぶれたスードラ達やアフリカの奴隷
我々とは身分が違うのよ」
「ありがとう サー 私日本語勉強します。でも貴方は純粋な日本人なの? わたしの知ってるのは小さく、眼鏡かけ、大学を出てるのに英語もしゃべれない 馬鹿だと思ってたけど」
「俺も3ヶ月前まで全然話せなかったよ」
「もう~冗談ばっかり」
(本当なのに)
しかし短くても6年、多くが10年以上やって話せないのはやっぱり異常だね。
私のやった勉強法なら必ず短期間で大丈夫なのに。
これでビジネスやろうかな。
夜、ホテルのバーで仲良くなった老バーテンのガブリエルにコートの話をした。
「私は皮のことは良く知ってるけど、これは本当に世界一だよヒデ。」
「ところでガブ もし失礼でなければこの東京で買った、僕の着古しを記念に貰ってくれないか。まだ旅は続くし、僕にはもう必要ないから」
「シー、シー 本当にありがとう。実は昨日いいの着てるなと思ってたのよ。
ところで今度はいつローマに」
「昨日もめたナイトクラブのほとぼりが冷めたらね」
「ガハハハ」
実はその前の日のこと。
朝から日本人ツアーに入れてもらい、市内観光。
17年前全部見てるはずなのに驚きの連続だった。
バチカン、コロッセオ、ベネチア広場など思わず、
「おおっ」
と声が出るくらい素晴らしかった。
一体若い頃はどこに目を付けてたんだろう。
昼過ぎテルミネ(中央駅)に行き、構内の代理店で14日イスタンブール 行きのチケットを買に行った。
宿泊先のホテルバリオーニ(五つ星、アメリカ大使館向かい)まで歩いても15分位だったが疲れてたのでタクシー乗り場に向かった。
白タクらしき男が
「どこまでですか」
「アメリカ大使館(ホテルと言うとぼられるので)」
「15から20ユーロです」
「私はここの大使館に10年いるけど君はどこの町からでてきたんだい」
顔色を変えて去って行く。
随分短期間でインチキイタ公のいなしかたをマスターしたもんですわ。
ところがこの夜、ミラノ以上のトラブルが発生してしまう。
夜10時頃、ホテルのコンシェルにローマ最高のクラブを尋ねてみた。
若く経験不足の彼に100mも離れてない所を紹介され、ものは試しと行ってみる。
入った瞬間、歌舞伎町のあやしいキャバクラの臭いがしたがまあいいやと席についた。
システムを説明してくれと言ってもウエイターは適当に言葉を濁しはっきりしない。
チーママが来て一生懸命なので
「わかった。シャンパンやなんやかんや全て込みで300ユーロね」
交渉成立。
ナンバーワンが隣に座る。
「彼女はイタリアとエチオピアのハーフ。見ての通りのルックスであっちもすごいテクを持ってるわよ」
黒人系は経験がないしいい娘だったので食指が動く。
それに日本を出て随分経つ・・・。
2時間後、ふと見ると隣のテーブルに4本のシャンパンボトルが乗っている。
(きたな)
チーママにあれなに
「私達が飲んだボトルに決まってるでしょ」
「オーケー チェック」
「彼女は要らないの? こんなになついてるじゃない」
「早くしろ ビッチ」
大男のウエイターが持ってきたのを見ると15万円
「マネージャー呼んで」
その馬鹿男が
「私が全て責任を持ってお聞きします。 サー」
「金ありません」
「カードでけっこうよ」
「カードもないよ」
「さっきチップ渡すときいっぱい持ってたじゃない」
「持ってるけど今日すっごく高いレザージャケット買ったから枠無いよ」
「試させろ」
「それよりホテルに一緒にきてTCで払ってやるよ」
「ノーノー優しくしているうちにやったほうがいいよ」
ここではマフィアを呼ぶ手は通じそうにない。
「オーケー じゃあこれ」
全部と言われ仕方なく提出。
それ以上は無理だった。
なにしろ歌舞伎町のぼったくりバーだから本当に袋にされそうな雰囲気がムンムン。
アメックス、ビザ、マスター全部通らない。
「だから言ったじゃん」
「オーケー それではガチャコンの機械でやりまっさ。」
三等分を三枚で切り開放される。
ホテルに帰りコンシェルに事情を話し電話させる。
「なんか怒り狂って今から来ると言ってますよ」
「オーケー 望むところよ」
つづく
ローマ(1)
このローマには懐かしい思い出がある。
17年前のこの時期、卒業旅行で友人と二人で来た時のこと、 当時はまだ目が出来て無かったのか感動もなにも無くただ寒くて雨が降ってたのとぼったくりにあったのだけ覚えている。
テルミネ(中央駅)のちかくを夜二人で歩いていると小太りの親父が寄ってきて
「日本人か。私は日本大好き。今から飲みに行くけど一緒にどう。おごるよ」
どうせ取られる金も無いし恐いもの知らずの馬鹿者二人はノコノコついて行ったのだった。
シャビーなナイトクラブで女がつき飲めや踊れやの大騒ぎ、気がつくとおやじがいない。
おっかない顔したマネージャーが現れ15万の請求書。
無いと言うと裏の部屋に連れて行かれ詰められることに・・・
「なんで金がないのにこの店に来たんだ」
「お前のスタッフに無理矢理連れてこられたから。もちろんおごりの約束よ」
「おい若いの。なめてるのか」
「いやぁ あんたの顔ほどじゃないですよ」
本当に命知らずだった。
30分程の交渉の末、5000円にまけてもらっちゃいました。
「いやぁすっかりごちそうになっちゃって悪いね。ところでこんな商売は止めたほうがいいよ。悪事は絶対長続きしない からね」
5000円しか払わん奴が偉そうに言うな。出て行けおまえらみたいな
日本人は初めてだ。
17年経っても成長しないねぇ・・・。(お互いに)
昼間、コンシェルに一番いいレザーショップを教えて貰い行ってみた。
ざすがに高級店で広い店内は客が一人もいない。
イタリアでは皮のジャケットを買うつもりだったのでそう告げると
マダムが私を値踏みするように
「これなんかお似合いよ」
値段は100ユーロ
「こんな安もんじゃなくてもっといいのあるでしょ」
「じゃあこれ」
150ユーロ
「なめてるのか。一番いいの出せ」
250ユーロ。その割にはもの凄い上等に見える。
最高級の子羊ラムスキンを使って、裏は取り外しできるミンクのファー。
「これがこの店で、もちろんローマで、おそらく世界でも最高でしょう。 とってもお似合いよ」
「わかった。これにしよう」
ビザカードが通らない。
ハッと気がついた。
一桁違う!!!
どうも変だと思った。
10カ国以上になるので混乱していた。
1ユーロ140円、1元14円 まぎらわしいんだよ。
諦め顔でマダムが
「他のにする?」
「いやそれでいい。私はインドのシャトリヤだ(また間違えた。まぎらわしいんだよ) いや日本のサムラだ。武士に二言はないという言葉しってるか?」
「ところで幾らになるの。ベストプライスを一発で出してよ」
しばらく考えた末
「2000ユーロ」
「オーケー ダン」
再度カードをトライするがダメ。もちろんJCBは使えない。
「わかった俺ひとっ走りATM行って金おろして来るから待っててよ」
「待ってていいんですね・・・」
「あのねおばちゃん。サムライは約束を命懸けで守るもんなのよ」
外は寒く小雨が降っていた。
機械から金を下ろしていると(一度に250しかでないし、しかも屋外)
後ろで待ってる白人夫婦が
「あれきっと降り込め詐欺の金よ」
と言っていた。
ついに本降りの中走る。男はつらいよ 走れメロスの心境かな。
店に着くとマダムがバスタオルで迎えてくれ
「サムライが帰ってきたわよ~」
奥に声をかけるとイタリアンにしてはかわいい娘が3人飛び出してきて
「寒かったでしょ。どうぞカプチーノよ」
「私の焼いたクッキーも食べてね」
「マッサージしましょうか」
ハーレムのようです。
ミラノ(2)
ミラノでは五つ星グランデミランに泊まった。
こじんまりしてるが100年以上の歴史の風格を感じさせるいいホテルだ。
翌日市内観光に出かける。
17年前卒業旅行で見ているはずなのに、大聖堂(ドゥオモ)を見てぶっ飛んだ。
とにかくすっっごいね!!!
そしてその夜、明日はローマに移動だったので ナイトクラブに行く事にした。
11時頃、コンシェルに ミラノで一番の店を聞くと、100メートルも離れてない「ウイリアムズ」を紹介してくれた。
そして、彼が電話で予約してくれたので真ん中の一番いい席に通された。
なかなかのウエイターだったので20ユーロをチップで渡し、最高の女を頼むよとウインクをする。
すっごくきれいなルーマニアの女がつき、話も弾み1時過ぎになっていた。
さっきのウエイターがそっと寄ってきて
「連れて帰りますか?」
「えっ そんなこと出来るの?」
「勿論です。ただしレディーがOKすればの話ですが・・・」
ルーマニアンは頷いている。
「それで幾らよ?」
「全部で550ユーロです」
8万もすんのかよ。でも日本を出て随分経つし、本能には逆らえんな。
550ユーロでカードをきり席を立とうとすると、女がおもむろに
「私は500ユーロ別料金なの」
と言い出し、一遍で酔いがさめた。
男に説明を求めると
「250は飲み食い、300は連れだし料、500は女のチップ」
としゃあしゃあと抜かすので切れて
「マネージャーをよべ」
と大声で叫んだ。
オーナーの爺さんが現れ
「いいシャンパンをつけますから収めてください」
と言う。
年寄りには優しい私も完全に切れてたので
「ダメだ!!! キャンセルする 300ユーロ返せ、このイタ公」
と叫び、店中の注目を集めてしまった。
例のウエイターがふて腐れた態度で300現金で持ってきたので 金を取ると、ビルバック(皮の領収受け)
をそいつの顔 めがけて思い切り投げつけると見事額に命中した。
さすがに奴も切れ
「表に出ろ殺してやる」
「よし面白い」
と立ち上がったが屈強な6、7人に囲まれ、このままでは良くて半殺し、 悪くて完全に殺されるなと悟ったのだった。
もちろん客も女達も皆固唾をのんで見ている。
一瞬ダッシュで逃げようかとも考えたが、犬は逃げるとどこまでも 追ってくるしなぁ。
そこで財布から50ユーロ取り出し
「だれかこの金をやるから携帯を貸してくれ。ローマから友達のマフィアの ボスを呼ぶから」
アジアのどこかで使った手だが効果てきめんで、皆フリーズしてしまった。
「分かった!ホテルに帰って電話して戻ってくるから待ってろ。俺は日本の サムライだ。絶対に逃げない。てめーらも逃げるなよ!」
捨てぜりふを吐いてホテルに帰りついた。
コンシェルにいきさつを話し、通訳を頼む。
金はどうでもいい。この俺に乱暴をはたらこうとしたこと 謝れ。
さもなくば皆殺しにする。
5分後にオーナーとマネージャーがシャンパンをもってホテルに現れた。
とにかく心から謝罪します。どうか許して下さいと2人がなんども頭を下げるので許してやることにした。
10分程話すうちにかなり打ち解けてきたので
「おそらくお前の店の客の中で私が一番の金持ちだろう。また私はマフィアでもなんでもなく日本の天皇家の出身である。ミラノへはお忍びで来たが、明日のローマではお前の国の外務省の連中が迎えにくる。
私もトラブルは好まない」
目茶苦茶なホラをふくと彼らの目が尊敬に変わり、
「是非、今からもう一度私の店で飲み直して下さい。是非に」
店ではさっきブチ切れてた奴等が最敬礼で迎え、先ほどの女が先ほどの席で待っていた。
翌朝ホテルを出るときエグゼクティブマネージャーが挨拶にきて、今度オフィシャルで来られるときも是非当ホテルをと言ってきた。
全部筒抜けね。
奴等は熱くなりやすく、単純で騙されやすい愛すべき人々だという
ことが良く解りました。
ちゃんちゃん
ミラノ(1)
この国は一言、「いい加減」ですね。
まあ何と言っても典型的なラテンなのかな。
享楽的か短絡的か知らんが、とにかくいい加減。
「 今、楽しければそれでいい。私の人生なんだからガタガタ言わないで!!」
という感じかな。
「じゃあお前を信じた(同盟国になった)俺はどうなるの?」
と聞いても
「それは自分の責任でしょ」
平気で言いそうな奴らだね。
第二次大戦、日本とドイツが国土を破壊され一般市民までもが大量に殺されながら、 総玉砕しても戦い抜くと頑張っているときにあっさりと降伏し、南仏あたりでのんびりバカンスをとる連中の様なイメージです。
あそこでもう少しイタ公が踏ん張れば戦局も変わり、もしかしたら 私の祖父も名誉の戦死を遂げずにすんだのではないかと思うと、ムカムカしてきますわ。
しかし、彼らの言う通り全て自己責任ですね。
このイタリア人というのは私の認識に自信がありませんが、彼等は古代ローマ人 とは違うらしいですね。
いわゆる美男美女というのは注意深く見ててもイタリア人では全く見かけません。
近くのフランス、ギリシャ、トルコ、ルーマニアにはうようよ いるのに全く持って不思議です。
誰か詳しい方、教えてください。
2月9日早朝、デリーからの直行便でミラノに降り立つ。
ビジネスだから優先して出てきているのにイミグレが大渋滞。
沢山ある内のゲートが2つしか開いてない。
1時間以上待たされやっと通過出来た。
だいたいここからこの国の印象が悪くなった。
今振り返ってみてもイミグレの通過であれ程待たされたのは世界中でミラノだけだった。
そしてそこでユダヤ人のじいさんが強引に横入りをしてきた。
すぐ後ろの若い女が何か文句を言っても全く無視。
「爺さん、もう一度収容所に行きたいのか?」
言おうかと思ったが展開が想像できなかったのでやめといた。
そう言えば今思うとフランスでも随分待たされたなぁ。
よく平気だね、お前ら。
デリー(最終編)
さて長かったインドでの修行もいよいよ最終日となった。
午前中ヘマントの制止を振り切り日本語モードパソコン探しの旅に出る。
さすがにカルカッタよりはましだがやはりひどい。
ホテル周辺なので一等地のはずなのに、乞食は多いし危なそうな連中が声を 掛けて来る。
この私でもビビる位だから相当ですわ。
なかなかインテリそうな男に場所を聞くと、付いて来いと言われ土産物屋に連れていかれる。
諦め、午後からヘマントと合流する。
かなり心配してたようで
「無事でよかったです」
やはりインドは一人で歩く所ではないな。
飛行機の出発はなんと午前3時だったので充分時間はある。
暇なもんで いろいろヘマントの相談を聞いてやることにする。
「このままモーハンの部下でずっとやるのは嫌だ。もし彼が10%でもいいからパートナーにしてくれるのなら今以上に一生懸命やる。
カネ儲けだけでなく満足感が欲しい。 自分には家族がいるのでやはり冒険は恐い」
などなどどれも身に抓まされることばかり。
あっと言う間に夜になり空港に向かう道すがら
「またお会いできるでしょうか?」
いつも明るいヘマントに元気がない。
「もちろんだよ」
「今度いつインドに来られます?」
「ここは俺にはかなりヘビィーだ。しばらく来れない。それよりお前 日本に来いよ」
「そう簡単に言わないで下さいよ・・・」
「でももし日本に行って生活して行けますか?」
「葛西にインド人街があるらしいし、なんとかなるよ。東京は部屋が狭いから住む所はむりだけど、飯ぐらい は俺が食わしてやる。
そうだ! バイトでコブラやれよ。お台場あたりでやったら大流行するぞ」
「日本でコブラが手に入るんですか?」
「わからんけど動物園で安く分けてもらえばいい」
ふざけている内に空港に着いてしまう。
12時をまわってるというのに凄い人ごみ。
「先生お元気で」
「また会おうなヘマント」
「きっとですよ」
「わかった。必ずだ」
両手でギュっと手を握り合い、彼の潤んだ真っ黒な瞳を見ていると我慢できなくなってきたので
「グッドラック」
そう言って離れた。
凄い人ごみと異常に厳重なセキュリティーで考えられない位時間がかかり、 ようやくチェックインをすせると
2時近くになっていた。
まさかと思いながら内側からは全く見えないガラスの壁の方を振り返るとなにか叫び声が聞こえる。
よく見るとヘマントがドアの所で警備に二人掛りで制止されている。
近寄っていき
「私の友人だ。離してくれ」
1000円程握らせる。
「なんだまだいたのか。ダメじゃないか帰らないと、明日も早いんだろう」
「先生、本当にまた会えますよね」
「必ずだ。約束するよ」
「サムライは約束を守るんですからね」
「ヘマント、君は俺のベストフレンドだよ」
彼が顔をクシャクシャにしながら手を握り締めてくる。
熱いものがこみ上げて来て、彼と抱き合ってオイオイ泣きたい衝動に駆ら れた。
周りの事など全く気にしないインド人達、 恥ずかしくもなんともない。
しかしどうしてもそれは出来なかった。
それをすると自分がとても脆くなってしまう様な恐怖感かもしれない。
父の教えです。
「男は人前で涙を見せるな」
ヘマントと離れ歩く内ドッと涙があふれてきた。
と同時にこの4日間あったいろいろな事が思い出され、笑いも込み上げてくる。
親に手を引かれ前を歩くインド人の小さな男の子がこちらを振り返りながら 、私の泣き笑いを不思議そうに見つめている。
真っ黒い大きな瞳で。
インド おわり
デリー(6)
このインドのイメージをワンフレーズで言うと、
「衣食足りて礼節を知る」
世界中どこでも、もちろん日本でもそうだがインドは別格だね。
世界屈指の金持ちがシーク(ターバン)にはたくさんいるらしい。
一方カルカッタでは道端で死んでるのを何度も見た。
ずっと見てても動かないし、第一寝てるにはどう見ても不自然な格好。
「あれ死体だよね」
パラスに聞いても
「ちがう寝てるだけ。それにおまえには関係ないことだ」
どうしてもこのおやじには逆らえない。
これが格(身分)の違いなんだろうか。
彼の家は代々教師で、彼も以前はそうだった。
なぜ辞めたのか聞けなかったけど、おそらく学園紛争がありその責任をとったのでしょう。
その彼が
「ヒデ、人間カネは必要だ。カネが無いと誰でもああなる」
道端で座り込んでいる人々を指差して、
「だけどカネが全てではない。カネに振り回される人生は最も悲しい」
ふだん物静かな彼が力を込めて言っていたのが印象的だった。
あくまで私個人の意見ですがこれが日本人が堕落したポイントだと思う。
カネを稼ぐため年寄りをだましたり、ブランドのバッグが欲しいから 少女が売春したり、
そしてそれをもてな い中年が買う。
売春婦が将来良妻賢母になれるわけがない。
これが国を亡ぼすような重大な事だとも気付かない。
ヘマントの娘が売春をしてたら彼は無理心中するでしょう。
また最近はどうなってるのか知りませんがスードラに違いない堀江が 恥知らずな売名行為を繰り返した
り、生粋のスードラ 孫も似た感じ。
でも何百億もあるからとアホ共がチヤホヤする。
なんとかせんといかんね。
三日目、アグラへ一日観光に行った。
片道車で4時間半の強行軍、距離は200キロ位なのに 途中何度も牛や人に止められるため時間がかかる。
タジマハールはたしかによかったけど一度で充分。
アンコールワット同様二度と行くことはないだろう。
それより面白かったのが物売り。
車を降りて歩いていると子供達が寄って来る。
「絵葉書買ってよ。こんなにかわいいボクが飢えてるんだよ」
これは(顧客の美しい心に訴えかける方法)ですなぁ。
買ってもいいけどきりがない。
どんどん歩いて門まで来ると
「あとで。あとで」
と日本語で言ってくる。
ここで安易に「あとでね」と答えるとひど目に遭う。
実際日本人のおばさんが出てきたところをつかまって
「さっきあとでって約束したじゃないか。あなたは子供との約束を破るような恥知らずなのか」
と詰められじぶじぶ買っていた。
見終わるとやはり子供が顔を覚えていて寄って来る。
「わかった。おじさんカネ持ってないからこのおじさんの写ってる写真と 交換してあげる」
「そんなのいらないよ~。変なおじさん」
ワァ~っと 逃げて行く。
ところがムチ売りの男だけは付いてくる。
歩きながらピシャと気持ちいい音をたてて、 最初5000円だったのがどんどん安くなってゆく。
なんでインドでムチ買わんとならんのと不思議だが離れない。
しまいに100円になり買ってもいいかな、と思ったけど 部屋に持ってるのを人に見つかった時のリスクは結構大きいと思い直した。
「わかった。5000円くれるなら貰ってやってもいいよ」
ビックリした顔をして男は立ち去って行く。
ヘマントがずっと見てて
「すごいですね先生。インドの乞食と物売りは世界最強と言われてます。 それを手玉にとる日本人を初めて見ました」
タジマハールにて
夜、やっとデリーにたどり着く。
運転が荒いし車もボロいので本当に疲れる。
ホテルで着替え出てくるとヘマントが寄って来て
「先生、女を用意しましたから食事に行きましょう。よければ交渉しますから。今、車で待たせてます」
「いや、女はいいよ。でももう来てるんなら行こう」
車に近づくとどうもシルエットが大きい(太い)
おまけに近くでみるとヒゲがはえてる。
(どこかの偉い方ですか?)
ヘマントが慣れないことを一生懸命にやってるので帰る訳にはいかない。
テーブルで二人が楽しそうに話すのをボンヤリ見てると
「あなたどうしてそんなに静かなの?」
(おまえがデブだからに決まってるだろ。このナマズ)
「日本人はみんな大人しいのよ」
女が席をはずすとヘマントが
「すっごくいいじゃないですか。交渉しますよ」
(お前、相変わらずすごい趣味してるね)
「ちょっと待て。俺太いのダメなんだよ」
なにか宙を睨んで考えている。
(まずい。つぎはものすごいガリガリを連れてくる)
「とにかく風邪も治ってないし、絶対いらない。頼むから止めて下さい」
ようやく許してくれた。
このインドでは面白いことに多くの営業スタイルを見た。
パラス、おばちゃん、絨毯売り、子供、ムチ、そしてヘマント。
一番の強敵はヘマントだった。
一途なハートは強いね。
もしあそこでヘマントが
「先生、私の顔を立てると思って!!!」
と言ったらどうなってたかわからない。
ただ個人的には客に有無を言わせないパラスのタイプが理想かなぁ。
デリー(5)
ペナン(マレーシア)でタクシードライバーが
「あの店の日本ラーメンうまいと評判なので食べてみたいがブタが入ってるから無理です」
「ブタ食うとどうなるの?」
「地獄に落ちて業火に焼かれます」
「でも間違って食べたら?」
「同じです」
ヘマントに
「日本ではインド人嘘つかないという言い伝えがあるが本当?」
「そんな訳ないですよ。うそばっかりです、今からでも降りて その辺のタクシーに乗ったらすぐ分かりますよ。 日本人の個人旅行客は皆泣いて帰って行きます」
「牛は絶対食べないんでしょ?」
「そんなことないですよ。みんな隠れて食べてます。私もステーキ 大好きです」
俺そういういいかげんなの大好きよ。
しかしその辺のスードラより牛の方がずっと上で、 朝の新聞で面白い記事が目に付いた。
(不注意なドライバーが野良牛をひっかけてしまい、怒った牛が暴れ周り2人を突き殺した)
なんか牛を怒らせたドライバーはとんでもない、みたいな書き方だった。
夕方になりヘマントが
「最後にもう一軒ペルシャ絨毯の店に行きます。インド産は世界最高で一番安いんです。見るだけね」
まさか絨毯買うわけないので
「いいよ、でももうドリンクはいらないからね」
背の高いカシミール人のイスラムが絨毯を次々に広げながら早口で 妙な英語をまくし立てる。
ぼんやり見ている内にだんだん欲しくなって来た。
(やばい!まだ薬が残っているのか)
でかいのは1万ドルもするので一畳位のサイズを見ていたが、
「いやぁ 本当に欲しいんだけどこんな荷物は無理だよ」
「ご心配なく。小さく畳めます」
「でもシワになるだろう」
「いいえ。1年たった後でもすぐにシワは消えます。もしシワになったら必ず返金します」
いろいろ交渉の末、10万のを買うことになった。
(まさか今日一日で30万も買い物するとは思わんだ)
さすがインド奥が深い。
パッケージングを待つ間、男が早口でまたトークを再開させる。
この一番大きいのは100年経っても大丈夫。
ここで買わないと一生の損みたいなことを繰り返される内だんだん欲しくなってきた。(冗談よ)
なんか腹が立ってきたので
「おまえ後一言でもしゃべったらさっきのキャンセルするぞ」
黙らせた。全く営業をわかってない。
車の中で
「ヘマント、どうして私が買ったかわかるか?」
「私の為ですか?」
「違う。本当に欲しくなったから」
「ガハハハハ」
「でもさっきの馬鹿には教えてやったほうがいいよ」
「何をですか?」
「営業とは聞くことから始まるんだよ。世界一いい物が世界一安いん だから売れないほうがおかしい。
それを捲し立てられると嫌になってくるのよ。客は納得はいいけど説得は嫌なの。
なんかセールスの本でも読ませればいい」
「成る程、そう言えば欲しそうにしてるのにプイッと帰るお客様が多いです」
「客のニーズを把握してきめぜりふだけで十分よ」
でもさっきのおばちゃんみたいな犯罪はダメよ。
「それとヘマント、君はとてもスマートでハートもいいし礼儀正しい」
嬉しそうな顔をするねぇ。
「ただひとつだけとても勿体無い事がある」
「教えてください」
「あまり人の話を聞かない事。それさえ注意すれば完璧よ」
真剣な顔で
「分かりました先生」
それ以後彼は私を先生と呼ぶようになる。
これは小言を言うときはまず褒めてから、となにかに書いてましたなぁ。
「さっきの男にもよく言っときます。絨毯が売れれば私も儲かる」
「じゃあおれコンサルフィーもらうよ」
「ガハハハ」
みんなハッピー。これぞグッドビジネスね。
