130日間世界一周 -6ページ目
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デリー(4)

 おばちゃんがカードを持って席を立った。
 ヘマントが小声で

「彼女はどうですか?」
 彼は結構日本語が上手い。一年位の独学でマスターしたらしい、やっぱり頭いいんだね。
 「どうって何が?」
 「今夜ホテルに呼びましょうか?」

 「ドラッグパーティーでもやるの?」
 「いえいえ、夜のお供に」
 「何いってんのおばはんじゃない」
 「でも美人で頭も良くあっちもすごいらしいですよ。わたしだったら 行きますね」
 「お前すっごい趣味してるね。とにかくノーサンキュー」
 そうですか~、以外ととシャイですねぇ~。
 時々この男が怖くなる。

 「どうもありがとうございました。お礼に手相を見てあげる。 良く当たるわよ、もちろんフリーね」
 (当たるわけだよ)
 「あなたは世界中を飛び回ってるわね」
 (そりゃそうだ。初めての海外でインドは来んだろう)
 「3~4年前に離婚して男の子が一人ね}
 (昨日話たなぁ)
 「その子は4歳ね」
 「いや、11歳」
 「やっぱり7つ違いね」
 (なんのこっちゃ)
 「あなたのおとうさんはハイクラスなシャトリヤでしょ」
 「うん」
 「名前を書いてみて」
 「英雄 ヒーローという意味」
 大きな声で
 「これで全てがつながったわ。あなた親孝行したいでしょ!!」
 「いや、この前に台湾でやってきた」
 「でも物も大事よ」
 「父はブタや石よりも今度はハワイにでも招待するほうが喜ぶよ」

 まだ続きそうなので

 「ところでヘマント38×89はいくつ?」

 「わかるわけないですよ」
 「だってお前ら99×99まで出来るんだろ」
 「いえいえ、20×10までですよ。そんなの覚えれるわけないじゃ ないですか」
 「なぁんだ・・・俺がどうしていりもしない(本当は欲しくなった)物買ったと思う?」
 「教えてください」

 「お前の顔を立てるためだよ」

 「最後のイエローを値切ったのも理由がある」
 「教えてください」
 「もし最初の780で買ったら君等は俺をなめるだろう」
 「そんなことありま・・」
 「だまってヘマント、彼の話を最後まで聞きましょ」
 「おばちゃんが物凄く真剣に聞いている。
 「おそらくあれは500か、もしかしたら450までいったかもしれない」
 「そんなこと・・」
 「ヘマントいいかげんにして、ききなさい」

 おばちゃんが大きな声を出してこちらを睨んでる。
 「でもそうすると君等は面白くない。ベストプライスが650なんだよ」
 シーンとなった。
 「そこまで考えていらっしゃるんですか」
 (みんなをハッピィーに。アジアの盟主としては大変なのよ)

 でもおばちゃんは
 「おかあさんの名前は?」
 「これ位でやめたほうがお互いのためだよ」
 低い声を出すとようやく引いてくれた。
 よくやるねぇ、あんたら。

 車に乗ると強烈な睡魔におそわれ1時間程爆睡してしまった。
 いったいなんの薬だったんだろう。
 こういう事に詳しいT君(バンコクではタニヤのトラと呼ばれている)
 教えてね。
 


 デリーでも信号待ちで乞食のコンコン攻撃を受ける。
 ずっと無視してるのも気分悪いので
 

「いやぁ俺も腹へってんのよ。なんかあったら分けてくれない」
 とやると去って行く。
 ただその時のイスラムは(ヒンズーは口髭、イスラムはアゴ髭) いきなり切れて

 「恐ろしいアッラーの怒りがお前の脳天を直撃するであろう」
 と喚きちらしていた。
 私にはブタとイエローあるから乞食の呪いごとき問題ないがどうも 二人が心配になった。

 「ヘマント大丈夫?なんかこの車全体に呪いをかけてたみたいだけど」
 「私はブルー、ドライバーはレッドがあるからモーマンタイです」
 成る程みんなもってるんだ。
 なんか嬉しくなってきた。


デリー(3)

 私は保険会社にいたことがあり、日本一のスーパーセールスと呼ばれる柴田勝子を見たことがある。
 この柴田さんの保険に入ることはあり得ないけどデリーの土産物屋 のおばちゃんには手玉にとられてしまった。
 おそらく世界一のテクだろう。
 彼女の手法は

 ・ほめ殺し
 ・催眠術
 ・占いによる恐怖の植え付け
 ・薬(おそらく媚薬系)

 なかなか雰囲気のある地下の店に下りていくと、50代半ばの 目ヂカラのあるおばちゃんが迎えてくれた。

 「どんな物に興味あるの?」
 「別に。まだこれから旅は長いから荷物は持ちたくないのよ」
 「わかるわ・・・」
 「何も買わなくていいからビールでも飲んでいって」
 「悪いねぇ ありがとう」
 彼女はインドから出たこともないのに英語も日本語も流暢に話す。

 15分程してそろそろと思い、大理石でできたゾウの置物を選んだ。
 (実は私は置物系が大好きで、台湾でもけっこうでかい龍のコウジ焼きの置物を買ってしまった。)

 「あなたは運命を信じる?」
 「ある意味ね」
 「ヒンズーでは皆自分の神様を持ってるわ。そんなにハードな旅なら 守り神が必要ね」
 (なるほどな。しかしおばちゃんの目をみてると吸い込まれそうになる)

 ヒンズーは多神教なのでいろいろな神様が共存している。
 その中でゾウの頭、人間の体、手が4本の一番目立つ人がいる。
 あまり信仰心が厚くないので宗教を押し付けられるのは抵抗があるんだよね。
 台湾で有名な寺に行った時、

「まず神様に自分の名前、誕生日、住所を書いて渡さなければなりませぇん どうぞ」

 「僕はいいよ。僕の神様は全知全能、心を全て察してくれるのよ。ここのみたいに、携帯の番号やメールアドレスは必要ないから」
 ガイドがムッとしていた。
 でもそのゾウは大きく重くかっこ良かったのよ。

 「グッドラックと全ての災いからあなたを守ります」
 「貰うよ」

 その頃から薬がききだしてきたのか、気分良く気が大きくなってきていた。
 

 「彼はすばらしい紳士よ」
 「ハンサムね」 
 「違うヘマント スイートなのよ。女をとろけさすオーラがあるわ」
 (どうしたのいきなり おばちゃん)
 「このスタールビーを彼女にプレゼントすると二人はもちろん周りの人々も必ずハッピーになるわ」
 けっこういい値段するねぇ。

 でも簡単に

 「貰うよ」

 「彼は何でもお見通しね」
 「スマートだよね」
 「馬鹿ヘマント それだけじゃないとっても優しく、勇敢よ。 シャトリヤ出身でしょう?」
 何で知ってるのおばちゃん(皆グルかよ)

 「私にはあなたに必要な物がわかるのよ。さあこれよ」
 85年前に書かれたという曼荼羅
 たしかにいいけど結構高い。第一荷物はイヤなんだよ、でも

 「もらうよ」
 「あなたのファーストネームを書いて、意味を教えて」
 もう抵抗できない。

 「英行 イギリスに行くという意味」
 「やっと分かったわ。イギリスであなたを大きな運命が待ってます。でも危険が伴うので守り神が必要です。」
 「さっきブタ、じゃないゾウ買ったじゃない」
 「ダメよいつも身に付けておけるものでないと」

 「So what?」
 「ずばりあなたのラッキーカラーのイエローサフィア、これで完璧よ」
 「いくら?」
 「USで780」
 「それで?」
 「700」
 「だからそれが」
 「650」
 「わかった 貰おうか」

 おばちゃんの攻撃の手はまだまだ緩みそうになかった。

デリー(2)

 その夜ヘマントに是非にと言われ彼のボス、旅行社の社長モーハンの家の食事に招待された。
 最初はぎこちない会話だったがなにかの弾みに私が
 

「うちはシャトリヤです」

冗談で言うと
「うちも、うちも、いやぁ奇遇だねぇ」

「血の気が多いから余計なところで損ばかりしている」
「俺も、俺も、やっぱり切れることあるよねぇ」

 同じクラスということで皆心を開き急速に親しくなった。
 彼らはデリー大卒の秀才で、やはりその辺の乞食とは 顔つきからして全然違う。
 カーストの事をもう少し突っ込んで聞くと、
 職業の選択は名目上自由、 実際前大統領はスードラ出身らしい。
 ただし権力があるのは首相で大統領は飾りだけ。
 これはアメリカスードラのライスが国務長官になったり、京都スードラの野中ひろむが影の総理になったのと同じことかな。
 クラス以外の結婚はシャトリヤ、バイシャ間以外は絶対ダメ。
 

「ヘマント 君の娘がスードラと結婚したいと言ったらどうするの?」
 「ありえない。絶対ダメ」

一途な彼は顔色を変えて首を何度も横に振る。

 「でも子供が出来たら仕方ないじゃん」
 「みんな殺して私も死にます」

 モーハンも、うんうん頷いている。
 なんか怒らせると怖そうな連中だなぁ。


 翌日ヘマントと車を貸切、市内観光。
 色々行ったけど既にほとんど記憶になく、印象に残っているのは
 コブラと買い物。
 
「あなたは旅の途中だから必要ないだろうけど店との契約があるから
見るだけね」
 と連れて行かれた店の前にコブラ使いがいた。
 結構でかいコブラだったのでチップを払い記念撮影をしてると どうだもってみろと

「これまさか咬まないだろうね」
「ノーノー この子はペット。かわいいよ」

 近くのガキどもも寄ってくるし後に引けない雰囲気だったので、
 ええい、ままよ、と掴んだ。
おそらくその心の揺れが、その後のスーパーセールスのおばちゃんにやられる一因になったのだろうか・・・

コルカタ(最終編)  デリー(1)


 パラスと歩いていると絶対的な安心感がある。
ずっと昔、父と基地の近くをを歩いていたときの事が思い出されてくる。
 隊員さん達が立ち止まり敬礼し足早に立ち去って行く。
 子供の目にも父を恐れているのがよく分かった。
 知らないおじさんが話し掛けてきて

 「ボク、君のお父さんはとってもえらいんだよ」
 

その頃の父は私にとって世界一怖い存在で
 「うちのお父さんは優しいから大好き」

 なんて話を聞と 

(世の中には優しいお父さんもいるんだ)

と不思議に思ったものだった。
 母が優しかったので助かったが、両方だときっと逃げ場を失い多重人格者 になってたかもしれない。
 とにかくそれ位怖く威厳があった。
 何年か前に可愛がってくれてる先輩が

 「ヒデ、男の値打ちは包容力やで」
ふと思い出されてくる。

 この街で日本人が一人歩きするなんて正に愚の骨頂。
 それこそ美女がスラムを裸で夜歩くようなものだろう。
 一度だけ日本人と思しき二人連れの若いのを見かけたが 彼らは乞食同然だった。

 話はそれるが世界中で本当に多くの日本人観光客を見かける。
 恥ずかしくて見てられないので最近はサッと隠れるようにしているが、いろいとろやってくれている。
 最もすごかったのは 2年前シンガポールラッフルズのロビーで見かけたカップルだった。
 ガイドブックにしつこい位ドレスコードを書いてあるのに 、悠々と短パンとビーサンで手をつないで階段を上って行く後姿を皆が注目していた。
 宿泊客なので誰も手出し出来なかったが、下手したら 大男のインド人ドアマンにたたき出されるところだったろう。

 やはりこれは学校教育でやるべきですな。
ほんのわずかなカリキュラムでマナーは見違えるでしょうし、例の 香田くんも犬死にせずにすんだであろう。

 翌日パラスにオンボロ車で空港まで見送られる。
 ガイドのくせに本当に寡黙でカフェでお茶を飲んでる時も30分も黙ったっきりだった彼がよくしゃべる。

 「また会えるチャンスはあるのか」
 「わかりません サー」
 「私達が日本に行くのは無理だ。だからお前が来い」
 「勘弁してくださいよ旦那」
 そうこうするうちに強烈にみずぼらしい空港に到着。

 「じゃあ元気で。ヒデ」
「あなたも」

 別れて数メートル歩き振り返ると、雑踏のなかはっきりとではなかったけど たしかに彼が

 「グッラック マイサン」
 とつぶやいたのが聞こえた。
さようならパラス あなたもお達者で。



 デリーに着くと真面目なガイドのヘマントが待っていた。 誰かに
 

「海外が永いと不思議とどんなにアカの連中でもナショナリズムにめざめるよ」

 と聞いていたがもともと目覚めている私は輪をかけて、 飛行機のなかでパスポートを見ると

(この菊の御紋はパーフェクトなマークだ。なんて美しいんだろう。それにこの何とも言えない赤い色)
 うっとりと見つめたことが何度もあった。

宿泊先 インターコンチのちかくの大使館街で日本大使館を通りかかると真っ青な 青空に大きな日の丸がひるがえっている。
 アメリカ様やフランス様と肩を並べて堂々と。
嬉しくなった私は停車できないと言うのを無理やり止めさせ

「すぐ戻るから」」

カメラを掴んで 飛び出した。写真を撮ってると案の定警備が寄って来る。
 わからんので無視してると無線で応援を呼ばれ隊長が

「日本人ですか?」

「そうよ」

「パスポート プリーズ」
「持ってない。それよりこの俺が中国や朝鮮のスードラに見えるか?」
「失礼いたしました サー」

 心配そうに見ていたヘマントが
 「何て言ったんですか?」
 「彼らには私のクラスがわかるのよ」

 このヘマントとは後に親友となる。

コルカタ(2)


 さて、当然ぶつけられた車からは若いのが3人飛び出してきて

「てめーどこに目ぇつけてんだ。買ったばかりの新車だぞ。おまけに 首がいてーぞ。はやく降りてこい」

(インドゥー語だがいかにもそんな感じ)

皆が喚き散して大騒ぎとなった。警官も寄ってきて

 「車を端に寄せなさい」

 ところが驚いたことにドライバーもパラスも微動だにせず全く無視している。

4人掛かりの攻撃に、これは厄介なことになったぞと見ていると
 パラスが一喝
 

「貴様ら黙って聞いてればいいかげんにしろ!!日本からの大切なゲストの前でこれ以上 の無礼は許さんぞ!!!(まとめてガンジスに沈めるぞ)]
 

かろうじて ジャポネとゲストだけは聞き取れた。 すると驚いたことに皆すごすごと去って行くではないか。
 

「何て言ったの」

 と聞くと、彼は笑いながら

「彼等には私のクラス(階級)がわかるのよ」
 

と言って黙ってしまった。



 少しまえに歩きながらカーストの事を聞くと

 「例えば彼はブラーマンです。」

 露天のおやじを指差すので驚いて

「どうして最高位のブラーマンがあんなことやってるの?」
「最近は身分だけでは食えないのよ。私もガイドなんかやってるのは
 少し前なら考えられない事よ。世知辛い世の中ね。」

 車で移動中信号でとまっていると毎回乞食が寄ってくるのよ。
そして赤ん坊を抱いた女が窓をコンコンたたき、この子に何か食べ物をと訴えかけますわ。
 私が子供と年寄りに弱いと知ってかずっと執拗に攻撃は終わらない。

 居たたまれなくなってパラスに

「どうしたらいいの」
 と聞くと

 「無視、無視、彼女はプロだよ」

 その後世界一大きい木がある公園に行ったとき、彼が片足のない乞食に 優しい顔でコインをあげていた。私がなにも言わないのに

 「彼は可哀相。働きたくてもできない。でもさっきの女は働ける。子供を ダシに使って卑怯だ」
 なるほど勉強になりました。

 翌朝起きると頭が痛く、熱がある感じだった。
 フロントで体温計を借り計ると38度もある。
 ベトナムで引いたたちの悪い風邪がぶり返したようだ。
パラスが迎えに来たので部屋に呼び、どうしようかと聞くと

「そんなの熱のうちに入るか!今日はガンジス川の死体焼き場に行く 約束だろ。そんなやわな事でこの町で生きて行けると思っているのか(こっちは昨日の車の修理代を稼がんとならんのだ)」
 「解りましたよ。行けばいいんでしょ旦那様。」

 いつのまにか主従関係が逆転していた。


 死体焼き場は今まで経験したことのない臭いが漂っており、本当にその後 川に流しそして同じ場所で体を洗っている。
 日本人に生まれて本当に良かった。
 この国の貧しいスードラなんかに生まれたら這い上がるチャンスなどほとんど ないだろう。
 それよりも牛に生まれて、皆から大切にされた方が幸せかもしれないな。
 インドは奥が深い。色々考えさせられる。

いきなりインドへ  コルカタ(1)


12月3日の午後成田を発ち、最初の都市ソウルに降り立った。

その後、


大連、北京、上海→香港→台北→クアラルンプール、ペナン→バンコク→カンボジア→ホーチミン→バリ島→上海→台北→バンコク→コルカタ、デリー→ミラノ、ローマ→イスタンプール→ソフィア→ブカレスト→ウィーン→ロンドン→ボルドー、パリ→ミュンヘン、ベルリン→パリ→ニューヨーク、ラスベガス、ハワイ→台北→東京、

を130日で周る強行軍だった。

(トランジット含まず、1泊以上した場所のみカウント)


丁度旅の中間に位置したインドは、私の考え方にとても大きな影響を及ぼした国だった。

少し先回りしてこのインクレディブル(信じられない)インディアでの出来事を書いてみたい。

このインクレ~とは、特にヨーロッパのテレビCMでしょっちゅう流れており、本当に信じられん国だよなぁと関心して見ていたものだ。


 
 この国に入る前のインド人との接点はマレーシアのKLで元旦の朝タクシーに乗った時のことだった。
 なんか臭いなと思ってみるとインド人ドライバーで、例のごとく 凶悪そうな顔をしている。
 近かったのでワンメーター120円だったが正月のご祝儀もあって 300円渡し、 つりはいいよ。と言っても振り返りもしない。

 「お前ありがとうも言えないのか。どう云う躾をうけて育ったんじゃ?」

 と言いそうになったが止めた。

日本でのインドに詳しい友人のアドバイスを思い出し、違う・違うこれがインド人なんだと思い直したからだ。
 よってイメージは怖い、臭い、無礼の三拍子だった。
 おそらく今回来なければずっとそのままだったと思う。

 2月2日深夜、カルカッタに降り立った。
 今まで見た国際空港でダントツに最もシャビーな建物だった。バンコクで手配していたガイドの車が迎えに来てたが、台北、バンコクとベンツでの送迎だったので、それなりのものを期待していた私はまず先制パンチを喰らった。
 初めて見るボロボロのインド国産車でどうがんばっても50キロ位しかスピードがでない。
パラスというインド人にしては色の白いガイドに案内され、郊外のハイアットに到着、くたくたに疲れてたのでチェックインしてすぐに寝た。


 中学でやったカースト制をおさらいすると

 1)ブラーマン  20% 僧侶、先生
 2)シャトリヤ  30% 軍人
 3)バイシャ   10%  商人、農民
 4)スードラ    40%  洗濯、掃除、 所謂アンタッチャブル

 これはヒンズーだけで

 全体ではヒンズー55%、イスラム25%、他シーク、ジャイナなどがあるそうな。
インド人というと ターバンを巻いてるイメージがあるが、あれはシーク教徒だけで全体の一割位しか居ないらしい。
 パラスに冗談であの中に何が入ってるの?と聞くと
 「髪の毛」
 彼等は死ぬまで髪を切らないのでものすごく長い髪を中に巻きつけてるそうですわ。


カルカッタは一言、乞食の街。

 一般に路上生活者が20万人と言われているが、バラックに住んでるのが何百万人も居そうな感じがする。
 ガンジス川の岸辺を歩いていると、みんな裸足、よくてビーサン、革靴なんか履いてると

「なんかあったんですか?」

と聞かれそうになる。
 だんだん裸足があたりまえに思えてきて、 そういえば動物はみんな裸足なのにどうして人間だけ靴を履くんだろう?
 という単純な疑問がわいてくる。
 交通マナーも最悪であの中国よりもひどい。
それぞれが 絶対に譲らないので本当に危なく、実際にパラスが手配した車は 信号待ちの車にけっこうな勢いでおかまを掘ってしまった。
 そのときからブラーマン出身の誇り高いガイド、パラスと私との友情が芽生えて いくことになる。

出発準備


さて、行くと決まれば実行あるのみ。

出来高が少ない為、まとまった売りが出せない持ち株を少しずつ売りに出し金を用意する。

銀行のカードをインターナショナルに変更する。

HISで最初に行くソウル行きの片道チケットとホテルを予約する。

部屋を解約し荷物はレンタル倉庫に入れる。

友人達に酒飲みがてら別れを告げる、等々。

しかし、最大の懸念材料はやはり言葉の壁だった。

全然話せない訳ではないが、如何せん覚えたのは学生時代にバイト先だった六本木にある外人パブでのいい加減な英語で、ほんの挨拶程度。

簡単なやり取りならいいが、必ず起こるであろうトラブルにはとても対応出来そうにない。

やるだけのことはやってみようと思い、流行りの「耳から入るテキスト」を買いネットで家庭教師を探してみた。

初めの2人はロクでもないアメリカ人だったが、次に非常に良いニューヨーカーのケリーに当たる。

やるまではネイティブなら皆同じかと思ってたが、それぞれ教え方により上達が全く違った。

考えてみたら自分が外人に日本語を教えれないのと同じことだね。

ケリーは30歳、映画の脚本家で頭が良く、気のいい奴で偶然家もすぐ近くだった。

毎日2~3時間、本に付いてるCDを繰り返し発音し、週3回彼のレッスンを受けた。

すると3週間位たったある日、いつもの様にケリーと話していると突然英語が口をついて出てくるようになった。

がつけば彼と1時間も普通に色々な話をしている。

まさに頭の中で(日本語→英語に翻訳)のモードが変わった瞬間だった。

ケリーとの出会いがなければこの旅も全く違ったものになっていただろう。


家庭教師の1人目はコロラド出身、UCLA卒を鼻にかけたGだった。

いくつもの大学の助手をして、忙しいのは分かるがひどく態度が横柄でいつもイラついている。

頭に来たのは自分は忙しいと云う理由で友達のMを紹介してきたことで、そいつは全くノウハウがなく会ってしばらくすると話す事がなくなり会話が成立しなくなった。

このGにブラックメールを送ってみた。

「お前らの次にとても良いアメリカ人に出会い、何とか英語をものに出来た。

しかし、お前の態度はどうしても理解できん。

日本人を舐めてるのか俺を舐めてるのかどっちなのか教えて欲しい。

そしてきちんと謝れ!

ここが俺の国でお前は俺の町に住んでる事を忘れるなよ。」


30分程で返事が来た。


「私があなたの感情を害した事を知り驚いています。

とにかく謝罪いたします。

そしてあなたの幸運をお祈りいたします。」


だってさ。

とにかくこれで準備は整った。


世界一周  男40、不惑にして世界放浪の旅に出る

分厚いプラスチックの窓の遥か下方に富士山が見える。


この飛行ルートは初めてなのだろう、北東の方角からの姿は記憶にない。成田発ソウル仁川空港行きで運よく左の窓側に座っていた為、陽の光を浴びて燦然と輝く富士山に見送ってもらうこととなった。

(再び無事日本に帰ってこれるのだろうか)

不意にそんな不安が頭に浮かび、初めて見る角度の完璧な御山をデジカメで撮りながら思わず手を合せたい気持ちになっていた。



富士山

富士山に見送られて・・・

さかのぼること1ヶ月前の11月初旬、六本木のホテルグランドハイアット内のバーで大手広告代理店部長のUさんと向かい合って


「実は会社を辞めしばらく海外に行こうと思うんです。」

「どのへんに?」

「仕事に疲れたんでハワイでのんびりしようかと・・・」

「金は?」

「会社の株があるんでしばらくは大丈夫です。」

「彼女はいないんだっけ?」

「ちゃんとしたのはいません。」

「ふぅん」


おそろしく回転の速い頭で何かを考えながら


「ハワイあたりで息抜きよりも今しか出来ないことの方がいいんじゃないかな。」

「たとえばどんなんですか?」

「ずばり世界一周」


予想外の答えに面食らって


「言葉はどうするんですか?」

「何言ってんだよ、お前少なくとも10年以上英語勉強したんでしょう。ハワイでも結構しゃべってたじゃない、何とかなるよ。」

「そりゃUさんは海外が長いからそうおっしゃるんでしょうけど・・・」

「違うよヒデ、よく聞けよ。

いいかい、時間と金と知恵があっておまけにアングロサクソンに引けをとらない体格まである。

お前にないのは自信だけなんだよ! まさに現代の日本人と同じだよ。

言葉だってうわっつらの台詞よりもハートがあれば通じるよ。

日本人をなめ切った連中にサムライ魂を見せてこいよ。」



これが数々の運命的な出会いとかけがえの無い経験を得ることとなる旅の始まりだった。


はじめに

40歳、バツイチ男が一人旅で130日かけて世界一周します。

20以上の国々で自分の流儀を押し通す内に、徐々に考え方が変わって行きます。

生涯の伴侶まで見つけたりして・・・

ほとんど全て実話です。

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