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ハートフリースペースのSimple days

心と体はひとつです。体が不調な時、心は何かを訴えている。 心が不調な時、体は何かを訴えている。
心と体に耳を澄ませて、ラクに、シンプルに生きることを大切にしませんか。

心待ちにしていた翻訳本が出版されました。


私にとってゲシュタルトは生きることについての

一生の仕事だと思う時があるのですが

そのベースは人間が有機生命体だという事実です


私がより鮮明にこう思うようになったのは

これまでのあらゆる経験に加えて

センサリーアウェアネスとの出会いが大きかったと考えています


そのセンサリーアウェアネスを世に広めた

シャーロット・セルバーの逐語録が翻訳されました

翻訳は現NPO法人センサリーアウェアネスジャパンの斎藤由香さんです

とても読みやすい,正統でしなやかな日本語訳です


感覚が人間にとってどのようなものなのか

生きているということがどのようなことなのか

もしかしたら新しい何かを見つけられるかもしれません

センサリーアウェアネス: つながりに目覚めるワーク (実践講座)/シャーロット セルバー
¥1,944
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センサリーアウェネスの概略について

私がGNJのニュースレターに書いた文章の一部を参考に転載します


センサリー・アウェアネスの源流は一人のドイツ人,

エルザ・ギンドラーに始まります。

ギンドラーはハーモニック・ジムナスティック(調和体操)の先生でした。

ある時,彼女は肺結核に罹りました。

当時は空気のきれいな山にあるサナトリウムで

療養する以外の治療法はありませんでした。

お金のなかったギンドラーには叶わないことで,

医師からは死を宣告されたのです。

彼女は考えました。

肺はふたつある。

ひとつの肺が病気なら休ませればいい,

もうひとつの肺で呼吸をすればいい。

彼女は完治し,医師は「奇跡だ」と言ったそうです。


ギンドラーは自分の見つけた方法を

人々に提供するようになりました。

その方法に名前はつけませんでしたが,

多くの人が彼女のもとで学びました。

その中にはモーシェ・フェルデンクライスもいます。

ギンドラーの弟子の一人,シャーロット・セルバーが

アメリカのニューヨークでギンドラーに学んだことを教え始めました。

後年セルバーは,自分の提供するワークを

「センサリー・アウェアネス」と名付けました。


さまざまな人がギンドラーとセルバーに学びました。

ゲシュタルト療法のフリッツ・パールズもその一人です。

フリッツの妻ローラはギンドラーに学んでいました。

二人はニューヨークでセルバーのもとに通い,

感銘を受けたフリッツは2年ほど

セルバーのワークショップで探求を深めたということです。

セルバーは1963年にエサレン研究所に招かれ,

エサレンで教え始めることになり,

身体・心・精神に関わる人間の可能性を

探求しようとする人々や療法に大きく影響をもたらしました。


こうして書いていると,

私がゲシュタルト療法に出会い,生き方を学んでいると直感して,

自分と世界を探求し続ける中で

センサリー・アウェアネスに出会ったのは必然に思えます。

日本では,セルバーに深く学んだ

ジュディス.O.ウィーバーPh.D(ライヒアン心理学博士)が,

1985年から現在まで来日してワークを提供してくれています。




一昨日の夜,我が家周辺は霧に包まれました

あんなに霧が発生するのはめずらしいことでした


霧の中に街灯や信号がボンヤリと鈍い光を放っている

かすかに生暖かい湿った空気が身体にまといつく

まるで初めての場所のような

どこか異国に紛れ込んだかのようでした


ふと「霧のロンドン」という言葉が浮かび

その連想を面白いな,と思っていると

昔見た映画の一場面を思い出しました


それは「第三の男」という映画で

オーソン・ウェルズが演じるハリー・ライムが

はじめてスクリーンに登場する場面です


よく考えると舞台はロンドンではなくウィーンだったと思いますが

その時のハリー(ウェルズ)の表情が印象的で

たった数秒のその場面,その表情を見るために

私は1週間,毎日映画館に通ったのです

もう40年近くも昔の話です


私はその時の自分の気持ちをハリーの表情に重ねたのでしょう

言葉にはなっていない,自分では意識していない気持ちを

何度も繰り返しハリーの表情に見ることで味わっていたのですね

心理の用語では投影といいます


みぞおちの辺りにかすかな震えが起きています

孤独,愛情,恐れ,大胆さ,諦念…

浮かぶ言葉をつぶやきながら

私の隅々まで呼吸が流れていく感じがしています


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伊豆高原です。
気づきのリトリートが終わりました。

全国から参加して下さった
一人ひとりがシェアーしてくれた
言葉、思い、気づき、涙…
ひとつひとつが心に深く触れ
一人ひとりを宝物だと感じました
最後は全員がハグをし合って
涙と笑顔と温かさに包まれました

生きていることに感謝しながら
呼吸をしています
ありがとう

これから美味しい朝食をいただいて帰ります




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新年おめでとうございます
横浜の新年は暖かく清々しい天気に恵まれました

みなさんはどのように新年を迎えられたでしょうか


元旦の夕昏時,ふいに浮かんだ言葉がありました

一年の計は元旦にあり…


元々は計画は早めにしっかり立てましょう

というほどの意味合いのことわざだと思いますが

浮かんだ言葉を私なりに解釈して

今思っている事,今考えている事を大切にしていこうと決めました


今年も惜しまず,急がず,丁寧に生きよう

そして,そろそろ色々なことを後人に譲り渡していきたい

私の中にあるもので,もし役に立つものがあるなら…


この思いに呼吸とともに戻りながら1年を歩きたいと思います



気がつけば,またまたご無沙汰していました

外は気持ちの良い冬の日差し…

大晦日です


みなさんはどのように大晦日を迎えていらっしゃるでしょうか


今年は年の瀬という感じがなく

いつもと変わらない日々を一日一日過ごしています

私にとっては何だか新しい感覚です


一瞬一瞬のいま

太陽の傾きや風のそよぎ,鳥の声,樹木のたたずまい…

同じように存在している私,そしてあなた…


一日一日を過ごしている感じをあらためて言葉にするとこうなりました


今年も多くの出会いがありました

ともに過ごしてくれた一人ひとりにありがとう

さまざまな顔,場面,言葉…が私の中によみがえってきます

一人ひとりが本当にかけがえのない存在

たくさんの愛おしさをもらいました


こんな実感をつぶやけるのは贅沢だなぁと思います


貧しい人々ととも生きたマザー・テレサは

彼らが求めているのは憐みではなく愛だと繰り返し言っています

そして

「もし本当に世界平和を願っているなら

まず自分の家族が

相互に愛し合うことから始めてゆきましょう」と言っています


まず身近な人を愛することから始まるのですね

それは

知ろうとすること,関心を持つこと,違いを知り違うことを否定しないこと

そして

一番身近なのは自分自身かもしれません


今年も一年間ありがとうございました

どうぞよいお年をお迎えください!!



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ずいぶん長い間ご無沙汰しました。
今朝、我が家から窓の外を眺めると
グラグラと風に揺れる木々と風の唸り声の中を
もぎ取られた葉っぱたちが飛び荒んでいました
世界がこのように荒れている時は
安全な場所にいることが必要なのです

吹き荒れる嵐にどのように対応するのか
誰もがその答えを自分の中に持っています
その対応は一回ごとに違うのかもしれません
自分の中にある柔軟で創造的な答えに気づくために
私たちはもっともっと自分に触れ
自分と仲良くなることが必要なのかもしれません

そして今は終わらないように思える嵐も
いつか必ず過ぎ去ります
この世界には
同じものがひとつとしてないように
変わらないものは何ひとつないのですから




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下書きに入れたまま忘れていました。

またまたタイムリーではなくなりましたが,これが私ですね

屋久島の四季の宿 から見上げた
モッチョム岳です

見上げていると
山の向こうの高い空が広がり
私を取り巻く広い広い空間
私を支えてくれている大地の感触
その中に佇んでいると
孤独感と静かなやすらぎに包まれました

先日Aさんが呟きました


ちっぽけな自分,そんなふうに感じる…


今,どこにいるの?


うん,青い高い空が見える
青い広い空の向こうには
宇宙が広がっているんだなぁ•…

ちっぽけな存在は
大きな大きな広がりの中にあるのですね

ちっぽけな存在の何と豊かなことでしょう

孤独を感じられるからこそ

繋がりを求められる

ちっぽけと感じられるからこそ

ぬくもりに安らげる


生きていることのなんて繊細で,愛おしいことでしょう




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寒い雨の一日です
昨日、ブログをUPしたはずが
確認したらどこにもありません
きっと操作を間違って消してしまったんですね
ちよっと悲しいです

花冷えの続くなか
近所の桜がまだこんなに咲いています
今日の雨で散るかしら
せめて写真だけでも、と再UPに挑戦です



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ゲシュタルトを通じた仲間の一人である

岡本茂樹さんが新刊を出されました


一読し,あまりに素晴らしい内容だったので

みなさまに紹介したくなりました


「無期懲役囚の更生は可能か

  ―本当に人は変わることはないのだろうか―」(晃洋書房)





岡本さんは篤志面接委員として

LB指標の刑務所で受刑者の更生にかかわっていらっしゃいます

LB指標の刑務所とは

もっとも凶悪な犯罪を起こした受刑者が収容されている施設のことです


この本は

岡本さんが担当されたある受刑者の記録です


岡本さんは個人面接とロールレタリングという心理療法を基本に進められるのですが

ここには受刑者本人の書いたロールレタリング(手紙)やノート

それらに対する岡本さんの返事,やりとりが克明に記録されており

そのすべてに岡本さんがコメント(解説)を加えています


途中,私はまるで上質な推理小説を読んでいる時のように

これからこの人はどうなるの?

早く先が読みたい,という気持ちになっていました


読後あらためて

人間という存在に対する信頼

生きることの難しさ

それでもなお無限の可能性への信頼が確信されました


受刑者を庇うとか,加害者を許すとか,そのような意味ではないのです

犯した罪はどのような意味においても許されるものではないでしょう


この本から見えてくるのはひとりの人間の生きざまです


どのように犯罪行為がなされたのか

その事実,罪を犯した自分とどのように向き合うことがでるのか

向き合うことで何が起こるのか


そして,このように向き合うことを可能にするのは

支援する人の存在そのもの,その在り方であることが

岡本さんの返事を通じ,またコメント(解説)を通じて

きっとみなさんにも理解していただけることと思います


この岡本さんの支援の姿勢,方法は

他のどのような支援にも共通のものだと私は思っています


被害者にも,加害者にも支援が必要なのです

そして,被害者,加害者だけの話ではないのです

岡本さんも繰り返し書かれていますが

私たち人間は,人に頼ること,甘えることが必要なのです


自律した人間とは

必要な時に他者に助けを求められる人間なのですね





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羽を広げて翔ぶ姿は
美しく、カッコいいなぁといつも見惚れます
だから写真に撮る暇はないのですが
こんな一枚がありました
海辺で撮影した鳶

写真を見るとその時を思い出しますね
写真を撮るぞ、と集中している時は
思わず見惚れている時とはまるで違います
美しさを感じる暇がなかったことを思い出しました
心は飛翔する姿ではなく

写真を撮ることにあるのですものね


今日,バスの中で隣に座ったご婦人から

「おしゃれで素敵ね」と声をかけられました

「ありがとう」と言いながらご婦人に目を向けると


70歳くらいでしょうか

上質な黒いコートと帽子に若草色のマフラーがお似合いで

とても素敵なご婦人です


いくつになってもおしゃれは楽しいですね・・・

かけていただいた言葉から会話がはずみました


月に一度の楽しみなカラオケに行かれるそうでした

3年かかってパソコンを使えるようになったこと

英会話を覚えたいと思っていること

息子さんが英語に堪能で,楽しそうで,ちょっとくやしいこと

どこの学校がいいかしら?

お金はかかるのかしら?


私の降りるバス停が近づきました


「カラオケを楽しんできてくださいね」

「また,いつかね」


私たちはそう言いながら手を振って別れました


どうぞお元気で!

寒さが身に堪える日々の中のあたたかな出会いでした








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