宇宙の真ん中で愛智を学ぶー76「争いの火種」 | 「彩どり師の仕業」今様の巫女的生き方の心得指南いたします

お読みいただきありがとうございます。

人生の彩どり師・関みゆ紀です。







宇宙の真ん中で愛智を学ぶー75「千と北の暗号」より続いております。



本日は、新暦8月15日盂蘭盆会(うらぼんえ)、月遅れ盆です。

先祖と繋がり、過去を尊び、今に感謝する日です。



そして、終戦の日です。

過去から学び、過去を悼み、過去と未来を祀る(繋げる)日です。



8月12日の普天間さんとのやり取りです。








ここから先を書き進めていくに当たり、

真意深意神意をより意識してまいります。

ここで改めて氣を引き締めないと、

大丈夫か?私?

何を伝えたいか、自分でわかってるか?!

その問い掛けをしていかないと、本質から離れて行っちゃうので。



すみません。

間違っていたら、質して、進みますので。



千家さんと北島さんは、

ともに始祖を天穂日命(アメノホイノミコト)とし、

南北朝時代まで同じ氏族(出雲国造家)でした。

出雲さんです。



国造(くにのみやつこ)とは、

大和時代に、朝廷によって任じられた地方官の一つで、

7世紀初め頃から、大和朝廷は、以前からその地方に土着し

部民などを私有していた豪族を国造に任じたり、

朝廷から派遣したりして、支配権を確立していきました。



祭り事(まつりごと)は、政(まつりごと)ですね。



54代国造家の後継問題から、兄弟喧嘩が起こり、紛争が勃発、神事が中止になります。

その解決策として、当時の守護代が

神事・所領・役職などを等分する「和与状」を結ばせたそうです。



出雲さんは、千家さんと北島さんに分かれてしまいましたが、

変わり番こ・平等に祭祀職務を務めていました。







纏り縫い(まつり縫い)です。

布の端を折り返して、

裏の布と表の布を交互に針ですくって縫いつける。

裏と表を一つにして整える。

纏りとは、纏めるということ、一つにするということ。



しかし、それも幕末までのこととなります。

明治時代には、千家氏・北島氏ともに男爵として

遇され(=もてなされる)ましたが、

出雲大社自体は内務省神社局の傘下となり、

千家氏は出雲大社教(いずもおおやしろきょう)

北島氏は出雲教(いずもきょう)と、

それぞれ宗教法人を主宰して分かれ、

出雲大社の宮司は千家氏が担うことになりました。

戦後は、出雲大社は神社本庁包括に属する別表神社となり、

宗教法人出雲大社教の宗祠として、宮司は千家氏が担っています。



天穂日命(アメノホイノミコト)は、このブログに登場しております。

宇宙の真ん中で愛智を学ぶー11「熊野の八咫烏が動く」







去年の暮れに、2月15日に和泉熊野神社へ行くと決めたので、

今年の1月3日に夫と近所の横浜熊野神社へご挨拶に行った時に、

撮影したものです。

なるほど 「千家さん」と「男爵」の文字が見えますね。



とは、日月治める。

太陽と月が統べること。

皮肉なことに、明治という時代(政府)が、

「まつり縫い」の形を変化させてしまいました。

出雲大社の宮司から外されてしまったわけですから、

これによる北島国造家の方の負荷は相当大変だったようですので。



また、「明治」は、「神仏習合」を「廃仏毀釈」によって、

「神仏分離」させてしまいました。



現況は、地元の方は、北島国造で結婚式を挙げることが多く、

県外の方は、千家国造=出雲大社で結婚式を挙げることが多い、

そんな図式になっているようです。

それぞれの国造家の格式を重んじての共存があるのでしょう。

その時の状況に合わせて、共存を目指してきたのが、

日本の「祭り」といえるのかも知れません。



「真意」は、「事実を受け取る」ですので、

このことについて、良いとか悪いとかの視点では書いていません。



八咫烏が、私に提示してきているのは、

これは、「型出し」ですよ。

では、何の型出しだと思いますか?

自分で考えてみてください。

だと思いますので。



アダムとイヴの息子、カインとアベルの話では、

兄のカインが弟のアベルを殺してしまいます。

人類最初の殺人であり、加害者と被害者です。



争いの火種は、身内が持っています。

このミクロが膨れ上がってマクロ(国家間の争い)になっています。

ミクロは、自分の身の内側のことでもあります。



時代が変わると、常識が変わってしまいます。

今までそうだったことが、通用しなくなる。

その時に起こる、葛藤や混乱。

そのことに翻弄されない為にも、

自身の火種、また、外側の火種を、

落ち着いて見つめる必要がある、

そう感じています。



自分が今投げ掛けているものの本質は何から来ているのか。

人というものは、そういう火種を持っている生き物だということ。

それを知っている、わかっている、ということが、

改めて重要な今なのだと思っています。



2013年は、伊勢神宮と出雲大社のダブル遷宮の年でした。

木花咲耶姫と磐長姫の伝言-30「三貴子」

この時に、伊勢と出雲の霊的な統合が行われたと言われています。



奇しくも、この2013年に私は出雲へ行き、

私の「分け御霊」
さんに出会っています。

木花咲耶姫と磐長姫の伝言-4「分け御霊」



女性性を問え。



出雲は、どこまでも、私に、

二つは一つ、一つは二つを、

目の前に提示してくるのです。



宇宙の真ん中で愛智を学ぶー77「はらえどのおおじの"戸"が違う」に続く。







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