<艶が~る、二次小説>
山南を連れ戻すことが出来た沖田だったが、その後、再び試練が彼の目の前に立ちはだかる。そして、春香との生活は……。
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【十六夜の月】第17話
斉藤さんを見送った後、新選組内部で起こっている事柄について考えていた。
(どうしても、山南さんを助ける方法は無いのだろうか?)
本当に、それだけの罰を受ける必要が山南さんにあるのか。そもそも、どうして山南さんは脱走をしたのだろう…。
私が屯所を訪れたあの日。
山南さんは、私の作った牛蒡汁を美味しいと言って微笑んでくれたことがあった。
そして、沖田さんとの距離を埋められないまま置屋へ戻ろうとした時、私を沖田さんと引き合わせてくれて、怒鳴りながら厳しく指導する沖田さんを目にして驚愕していた私に、「あれも沖田くんです。覚えておいて下さい」と、私が抱えて生きるであろう、もう一つの覚悟を教えてくれた人。
今、どんな想いでこの瞬間を生きているのだろう?
「…何か私に出来ることあるかな…」
そんな独り言を呟いてみるも、誰かが答えを教えてくれる訳でもなく、空しく時間だけが過ぎるだけ…。
でも、こんな時に思い出す言葉が一つだけあった。
“人の世に道は一つということは無い。道は、百も千も万もある。”
これは、龍馬さんが落ち込んでいた私にくれた言葉で、何事も諦めなければ道は開けるものだと教えてくれたのだ。
(こんな私でも、何か役に立てることがある筈…)
龍馬さんの、「なんちゃーない!」と言って微笑む顔を思い出し、私は気力を奮い立たせ夕飯の支度に取りかかった。
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一方、その頃。
「このままで良い筈が無い」
藤堂は永倉に耳打ちをするように話しかけた。
「こんなことが罷り通ってなるものか…」
「平助……だが、もしも切腹覚悟で出て行ったのだとしたら…」
「俺は、山南先生に生きて貰いたい。ただそれだけだ」
現在、屯所内では、討幕攘夷論者が増えつつある中、永倉と藤堂らは山南の切腹を何とか食い止めようと躍起になっていた。
伊東が上席の参謀を新設して迎えるという破格の待遇を受けたことで、山南は幹部としての立場を失っていくことになり、それ以前から居場所を失いつつあった新選組総長としての立場も顧みず、己の居場所を探す為に屯所を飛び出したのだった。
そんな彼らを遠くから見つめる沖田もまた、山南の行く末を考えていた。
(…近藤先生が戻られるまでは、しばしこのまま、か…)
「総司」
背後で自分の名を呼ぶ声に振り返ると、いつもの仏頂面がそこにあった。
「なんですか?」
「少し話がある」
「はい」
いつになく真剣な表情へと変貌した鬼の表情が気になり、沖田は素直にその後ろ姿を追いかけた。やがて、辿り着いた土方の部屋で二人は向い合せに腰を下ろす。
「それで、話とは?」
「…………」
いつもの笑顔で問いかける沖田に、伏し目がちだった土方は真剣な眼差しを浮かべながら沖田を見つめた。
「山南が、切腹の際はお前に介錯を求めている…」
「…そうですか」
「どうする?」
「引き受けましょう」
即答すると、沖田は困ったように微笑い、
「昨晩、初めて山南さんの涙を目にしてしまいました。やはり、いろいろ思うところも多かったようです」
「…………」
「土方さん」
「……なんだ」
「私達は、誠の武士になれたのでしょうか?」
「何?」
逸らしていた土方の鋭い視線が再び沖田を捉えた。
「山南さんは、誠の旗の下で生きることの意味をずっと探し続け、そして願い続けていた」
「…………」
「同志達と共に戦い続けたい、と」
沖田は柔らかな視線を庭先に向け、久しぶりに山南と寝床を共にしながら語り合ったことを静かに語った。時に、何かを思い出しているかのように目を細めながら。
「お前が言いたいことは分からんでもないが、時は戻らない」
「…………」
「俺達はただ、先を見据え戦うのみだ」
そのあまりに非情な物言いに、沖田は俯きながらまた薄らと微笑んだ。
「流石、新選組の副長だ」
「………」
次いで、呆れたような土方の顔に安堵し声を出して笑うと、土方はそんな沖田を見やりながら静かに口を開く。
「…その山南の件だが。本当に、引き受けるつもりか?」
「はい。だって、ご本人が希望なさっているのでしょう?」
「ああ…」
視線を逸らす土方に、沖田は泣き笑いのような表情を浮かべ言った。
「どうやら、それが私の使命のようですから」
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沖田さんが家に戻って来たのは、日も暮れて月がぽっかりと顔を出し始めた頃だった。
「出来るだけ沢山召し上がって下さいね!」
「頂きます!」
もしかしたら、今夜も帰って来ないかもしれないという不安はあったのだけれど、斉藤さんの言葉を信じて二人だけの初めての夕餉を迎える為に、ただひたすら沖田さんの帰りを待ち続けていた。
だから、玄関の戸が開く音と同時に、「只今、戻りました!」という、爽やかな声が聞こえた時は嬉しくて。
「美味しそうだ」
「お口に合えばいいのだけれど…」
沖田さんはまず、お椀を手に取り汁をすすると小さく息をつき、「美味い!」と、言って私に微笑んだ。
「…良かったぁ」
「これも頂きます」
「はい…」
ドキドキした胸を必死で抑え込みながら、私も自分の箸に手を伸ばして同じように煮物を口に運ぶと、食べ終わった沖田さんが、「煮物も私好みの味だ」と、言って微笑む。
「不安だったんです、沖田さんの好みの味かどうか…」
「斉藤くんが言っていました」
「何て言っていたんですか?」
「あんな美味い手料理を毎日食べられる私が羨ましいと…」
「え…っ…」
微笑んだまま茶碗を手にする沖田さんを見やりながら、思わず恥ずかしくなって手が止まる。
「ですから、少し自慢してしまいました」
「……っ…」
「確かに、こんな美味しい手料理が食べられる私は幸せ者だ」
たまにご飯をかき込み過ぎて咽てしまうほど、美味しそうに食べる顔が何とも言えない程ほのぼのとして見えて、こんなに喜んで貰えたことが何よりも嬉しかった。
夕餉を済ませた後、すぐに薬と白湯を沖田さんに手渡し、不味そうに薬を含み白湯を飲み干す沖田さんを見守ると、お風呂を沸かす為にその場を後にした。
(…もう少し待っていたほうがいいかな…)
帰ってきてすぐに一緒に夕餉を食べている間、沖田さんの口から山南さんのことは聞けないまま。私への気遣いもあるのか、それともこれから話すつもりなのか。
薪をくべ、必死に火を起こしながらもそんなことを考えていると、
「交代しましょう」
「え…」
私の隣に腰を下ろしながら、沖田さんが微笑む。
「風邪とか引いたら大変ですから、部屋の中で休んでいて下さい!」
「いいえ、今夜は私が…」
「じゃあ、」
少し考えて、代わりに布団を敷いておいて欲しいと告げると、沖田さんはすぐに観念したように小さく溜息をついた。
「…貴女には逆らえないな」
「ふふ、お願いしますね」
「はい」
ゆっくりと立ち上がり、家の中へ戻る沖田さんの背中を見送って、また薪をくべながら考えた。
二人一緒ならどんなことでも乗り越えられる…と。
その後間もなく、一番風呂から戻った沖田さんと入れ替わるようにしてお風呂を済ませ戻った私に、沖田さんは水を用意してくれていて、
「どうぞ」
「ありがとうございます…」
湯呑を受け取って水をゆっくり飲んでいると、少し話したいことがあると告げられた。
「寒いので、布団の中で話しましょう」
「…はい」
(…山南さんのこと…だよね…)
先に寝室へと向かう沖田さんの背中を見つめながら、空になった湯呑を台所へ戻し、居間の行燈の火を消してその後を追いかけると、八畳の部屋に布団が二式並んで敷かれているのが目に飛び込んで来た。
「今夜は特に冷えますね」、と言いながら布団の中へと潜り込む沖田さんを見やりながら、同じように答えてその隣の布団に横になる。
「……………」
しばしの沈黙。
「あの…」
お互いに見つめ合い、どちらからともなく譲り合う。
「春香さんから…」
「いえ、沖田さんからどうぞ」
「では…」
そう言うと、沖田さんは私から視線を逸らしたまま、「こちらへ来ませんか?」と、言って布団を捲り上げた。
「えっ」
「いや、離れているより……温かいと思ったので…」
「…はい……」
枕を持って冷たい布団を出ると、すぐに沖田さんの温かい布団に迎え入れられ…
「それで、春香さんは何を言おうとしていたのですか?」
「わ、私も……こうしたいと…」
「それなら良かった」
沖田さんの少しひんやりとした細い指先が、私の目元を滑って頬にかかる乱れ髪を梳き、次いでその優しい手が後ろ髪に触れ……
「やっと、貴女の優しい温もりに触れることが出来る…」
「……っ…」
ぎこちなく沖田さんの胸に寄り添おうとする私の肩を、そっと抱き寄せてくれた。
「これからしばらくの間、帰れない日が続いてしまうと思います」
「…山南さんの…ことでですか?」
「それもありますが、夜番もあるので…」
「私なら大丈夫ですから…」
「そう言って貰えるのはとても心強いのですけれど…」
夜番の時は、屯所内に寝泊まりすることがあるという事と、私が聞きたかった山南さんとの一夜のこと。
それと、それら全てに自らが関われるかどうかということを坦々と話してくれた。
「なるべく帰って来るようにします」
「無理はしないで下さいね…」
「ええ。でも、貴女を哀しませるようなことがあれば、藍屋さんや慶喜さん。土方さん達に斬られかねない」
「ふふ…」
慶喜さん達の顔を思い出し、自然と笑みが零れる。
「それと、」
「それと?」
「もう一人、貴女と同じくらい…いや、貴女の次に大切な人の事も守って行けたらと…」
「私の次に…大切な人……?」
沖田さんは、「いつか、会えるかもしれない」と、言って片肘で支えるようにして上半身を起こすと、一瞬躊躇うように視線を逸らし、次いで真剣な眼差しを浮かべながら私を見つめた。
「貴女を…抱きたい…」
「え、」
「私に身を預けて頂けますか?」
(身を預けるということは、沖田さんと結ばれるということ…)
私は、一瞬の間をおいて小さく頷いた。
(※アメンバー記事にて公開)
~あとがき~
いよいよ、初夜を迎えた二人
この続きも多少書いているのですが、長くなってしまったので次回にじっくりと
実際は、山南さんが他界して三年後に沖田さんも旅立つことになる…。
そこに、春香という存在を加えたら考えたくなるのは…あの存在。
悲恋が良く似合う沖田総司ではありますし、私の願望丸出しではありますがそれこそ、もう一つの沖田総司物語を最後まで書き続けたいと思います
今回も、遊びに来て下さってありがとうございました