「"学校創立以来の天才""がどれだけこの学年に・・・??」

 

「これより東京大学の入学式を開催いたします。」

 

ここは東京・日本武道館。これから東京大学の入学式が開催されようとしていた。

 

入学式では大学総長・教養学部長の挨拶の後、各界から祝辞を経て、新入生の総代、つまり新入生の代表が挨拶をするのだ。

 

「新入生代表 東京大学理科一類 大谷聡太君、よろしくお願いします。」

 

「はい。」

 

「大谷聡太ってあの・・・」

 

「開成高校創立以来の超天才、というより国際科学オリンピックの過去のメダリストの中でも一番の天才・・・」

 

大谷君が挨拶し始めると、なにか一部の界隈がざわつき始める。

 

大谷聡太君、なぜ彼が高校3年生のクラスの担任だった栗山先生に「開成高校創立始まって以来最高の天才」と言わしめた彼がなぜ開成高校創立以来最高の天才と言われるようになったのか。その理由は彼の圧倒的な実績にある。

 

幼少のころから算数に親しみ、10歳、小学校4年生にして大学の教授との共同研究で数学の新たな定理と証明方法を発見。

 

世界各国から数学好きが集まる数学の世界的なコンテストである国際数学オリンピックでは中学1年生で初出場し、銅メダルを獲得。中学2年生の時には銀メダルを獲得すると、中学3年生で日本人最年少で金メダルを獲得、以降高校3年生まで4年連続で金メダルを獲得。特に高校1年生・2年生・3年生の3年間は満点で金メダルを獲得。特に史上最高難易度と言われた高校3年生時には出場者でただ一人満点を獲得し、世界の数学界を震撼させた。

 

さらにこれだけではない、競技プログラマーとしても高校生にして最も権威のある大会である「BLUE  Coder」において高校生でありながら優勝し、「グランドマスター」の称号をもつ数少ない日本人の一人に選ばれ、さらに世界中の高校生以下のプログラマーが集まる国際情報オリンピックにも出場し、こちらも4年連続で金メダルを獲得、高校3年生時にはこちらも満点で金メダルを獲得。計8つの金メダル。国際科学オリンピック史上、日本人最多の金メダル獲得数であった。

 

もちろん学校の成績も優秀で、開成高校の校内模試では常にトップ。多くの東大志望の受験生が受験する東大オープン模試で1位と。圧倒的な実績を残し、いつしか開成高校の教師の間では開成高校創立以来の最高の天才と言われるようになったのだ。その実績から生徒会長も務め、その圧倒的なリーダーシップで生徒たちをまとめて多くの行事を開催したのだった。
 

数検は10歳にして1級を取得。漢検・英検は小学生のうちに全て1級を取得。実は公には公表していないが、家族の勧めでIQを測定したらIQが220というとんでもない数値を叩きだし、高IQの人しか入会することができないMENSAの会員にもなっているのである。その突き抜けた数学の才能により、日本の「超VIP」が才能ある子どもたちを支援するために設立した財団のメンバーに選ばれ、数学界の世界的権威である大学教授と共同で数学の研究をしているのだ。

 

さらに実家は旧皇族につながる家系で、世界的な不動産デベロッパー(開発業者)である大谷トラストホールディングスの御曹司でもある。まさに漫画や映画にも出てくるような人物、それこそがこの大谷聡太という男なのだ。

 

語学も堪能で、英語はぺラペラ。中国語もフランス語もハングル語もある程度は喋れるのだ。

 

そしてこの4月から東京大学の理科一類に入学したのだった。

 

新入生を代表しての大谷君の挨拶が終わり、入学式は終了した。

 

そして大谷君は開成高校時代の友人や新たにクラスメートとなった理科一類33組のメンバーと写真を撮ったりしていた。

 

「やはり大谷君が新入生を代表してあいさつしたか。」

 

 

 

 

そのころ。

 

「大谷聡太君ってまさか・・・」

 

「そのまさかよね。」

 

「でもあんたも東京大学に入学できたのだから、確かめられるよね。」

 

「うん、なんとしてでも情報をつかまないとね。そのために受験頑張ったのだから。」

 

「そう・・・お父さんのためにも・・・」