障がいを抱える人にとっての「究極の願い」とは何か
障がいを抱える人にとって、究極の願いとは何か。僕がたどり着いた結論は、ベタかもしれませんが――やはり「自立した暮らしの実現」です。それは、かつて僕自身が暗闇の中で切望し、心の底から願ったことでもあります。がんや難病など望まぬ病や事故によって身体障害を負った方、生まれてすぐに知的障害や医療的ケアが必要となった子どもたち、重症心身障害児、強度行動障害児、精神障害や発達障害のある方々。そうしたご本人だけでなく、ご家族――とりわけ親御さんやきょうだいの方々とも、僕はこの10年間で1,000人を超える方の声に耳を傾けてきました。とりわけ「親なきあと」という課題に向き合うご家族の思いは深く、まるで命を削るような覚悟で、我が子の未来を案じながら日々を生きておられます。焦り、不安、そして時には諦めにも似た思いを胸に秘めながら――。この10年で、障害福祉に携わる支援者の数は大きく増えました。だからこそ、今あらためて問い直したいのです。すべての支援者が目指すべきは、「その人にとって最適な自立のかたち」を実現することではないでしょうか。精神科領域で見られる“囲い込み”のような支援は、当事者の可能性を奪うものであり、論外です。また、「当事者の主体性を尊重する」という名のもとに、判断能力が乏しい方にすべてを委ねてしまう――それは支援者が知恵を使うことを放棄し、責任を回避しているだけの行為だと僕は思います。僕は支援者である前に、一人の当事者です。40年前、障がいを「弱み」だと感じていた僕は、やがてその境遇を「強み」に変えようと決めました。無理を承知で会社を立ち上げ、同じように困難を抱える多くの当事者の方々と出会い、支え合ってきました。障がいを抱えて40年。当事者として、そしてある時からは支援者として、もがきながら歩んできたこの経験を、これからどう活かすか。株式会社くらしケアの代表を退いて半年。この間にも、医療・介護・福祉の現場で、多くの支援者と関わる中で、疑問や違和感を覚えることがありました。だからこそ今、当事者やご家族が声に出せないまま抱えている「本当の希望」に、もっと耳を傾けていきたい。そして――僕にできる「これからの支援のかたち」を見つけていくこと。そのことこそが、残された命の使い方なのだと、強く思っています。