開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -54ページ目

年の瀬

新暦では今日が大晦日ですが、こんな仕事をしていると、あまり大晦日という気分ではありませんね。

個人的には一年の始まりは立春なので、今日は庚子月の中の一日という気分です。


とはいえ、冬至には年筮もとり、新しい年のおおまかな予想はしています。

先日、ある仕事場で初めてお会いした占い師の先生に見ていただいた予想と、かなりかぶることが多かったのですが、なかなか飛躍の年には遠いようです。

が、助走が長ければそれだけ高く飛べる日が来るかもしれません。


また日本という国の流れを考えると、徐々にではありますが、明るい時代に入っていくのではないかと予想しています。


以前の記事にも書きましたが、今年あたりが、バブル崩壊から続く暗い時代から、明るい時代に入っていく転換期になったのかもしれません。


まだまだ問題山積のこの国ですが、それでも新しい年は否応無くやってきます。


これからはより個人の責任が強く問われるようになってくるかもしれません。

日筮の効用


先週の水曜日のこと。

新宿で授業があるので自転車の用意をしていた時、ふと、この日の日筮が火地晋九四だったことを思い出しました。

う~ん、なんだろうと思って、念のために自転車で出勤することを易に訪ねたら、これまた火地晋九四!

これでは自転車は駄目だ~、と思って電車で行ったのですが、新宿に着いた頃から寒気と咳、鼻も詰まってきました。

あ~こりゃ自転車だめだわ、やっぱり易に従って正解だったな~

と、ここでふとおもったのが日筮。

その日のことを暗示するだけではなく、方針として考えることも出来るかも。

自分にとって有難くない易だったら、そうならないように神経を使うべきだ
ね、ということです。

これも易の効用の一つですね。


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冬至

昨日は柚湯に入りました。

柑橘系の香りは好きなので、柚湯は大好きです。

そして沐浴した後で、年筮。


江戸時代までは儒者は冬至に易を立てて、来年の運気を見たそうです。

それに倣って私も冬至に来年の運を見るのですが、私の場合は師匠譲りの占的を使います。


つまり、一年の運勢を大きくとらえた、いわば土台になるものとして「年運」と立てた後、人事に関する細かい占的も使います。

仕事運、財運、健康運、家庭運、不慮運と方針。


そして、これは比較的最近から使っている占的なのですが、けっこう年運の補助として使えるのが「比較」です。

今年に比べて来年はどんな年になるのか、ということを見るわけですが、ここに年運には出てこない裏面のようなものが透けて見えることが多いのです。


ちなみに、私は周易を使いますが、断易を使う友人に言わせると、断易でもこのように細かく占的を分ると、判断がしやすくなるとのこと。

断易をなさる方、いかがでしょう?