私はいつも
誰よりも早く仕事を上がって帰る…。
これは周りの関係者や
馴染みのお客様の間では承知の事実で、
閉店時間までいたことはほとんどない…
なぁーんて書くと、
傍若無人で職権乱用、
我が儘放題なヤツと思われるだろうが、
私は毎日早番だからいいのだ。
その日…
私はいつもよりさらに早く帰ることにした。
「この後、何かあるんですか?」
と聞く中西に、
「ウン。だってオレさぁ、
明日は隊長やらなきゃいけないからさぁ…」
と、ちょっと誇張気味に私は答えた。
言ってる意味がサッパリ分からない…
という顔をしている中西を
私は当たり前のように無視した。
明日はいよいよ消防訓練…
私の自衛消防隊隊長としての
記念すべきデビュー戦なのだ。
すでに日中、
丸井の社員から訓練の流れの説明や、
隊長のセリフが書かれたシナリオを
受け取っていた私は、
ちょっとした興奮状態だった。
こう見えて私は完璧主義者だ。
この訓練も完璧に決めて称賛を浴びたい…
目立ちたくないけど目立ちたい…
自分ならできる!
武者震いとはこのことだろう…。
私は早く家に帰って
セリフを頭に叩き込み
声を出してみたかったのだ…
といっても、
大したセリフはない。
素人ではあるが、
今まで数多くの結婚式やパーティーの司会を
やってきた私にとって、
これぐらいはとるに足らない。
しかし、何事も最初が肝心である。
そして、油断も禁物である。
結婚式と消防訓練は別物だからだ。
今まさに目の前で火事が起きているという
逼迫した状況で、
本日はお日柄もよく…とか、
本日はおめでとうございます…などと、
笑顔で悠長に言ってる場合ではない。
セリフは短く単純だが、
そこには真剣さや緊迫感とともに
大声でハッキリ分かりやすく伝え、
毅然とした態度が要求されるのだ。
火事だ!火事だ!
自衛消防隊集合!集合!
私はロックボーカリストではない。
普段そんなシャウトをすることはない。
これは実際に声を出してみないと分からない。
本番で声が裏返りでもしたら、
あまりにもイタいではないか。
こんなことになるんだったら、
毎日腹筋でもしとくんだった…。
しかし…
これを営業中の店内やトイレ、
駅のホームや電車内、歩きながら、
火事だ!火事だ!
と叫ぶわけにはいかない。
そんなことでもしたら、ただの頭がイカれた
人騒がせな“狼中年”と見なされるだけだ。
ワンカラという手もあったが、
家でやるのが手っ取り早い。
帰宅した私は、
早速セリフを声に出してみた。
『なんだか最近楽しそうね』
と言う妻には、
すでに私の心が見透かされているが、
そんなことイチイチ気にしてられない。
最初は声がかすれたり
滑舌が悪かったりしたものの、
じきに納得のいく水準に達すると、
欲が出てきた私は
よせばいいのにアドリブも考えた。
なんだか益々楽しくなってきた。
もしかしたら、
隊長就任のご挨拶だってあるかもしれない…
ここは腕の見せ所だ。
今まで誰も思いつかなかったような
ウィットとユーモアで皆を惹き付けよう!
私の計算し尽くされた
完璧な施政方針演説の草稿がまとまると、
明日が待ち遠しくさえ思えてきた。
そして当日の朝…
担当する丸井の社員から、
消防訓練開始を告げる集合がかかった。
集まった面々のほとんどは、
私が隊長ということをまだ知らない…。
フフフ…
なんだか愉快な気分だ。
消防訓練の意義や流れの説明は、
そのまま担当社員がやってしまった。
『そこ、オレがやってもいいのに…』
と心の中で思ったが、
これは目立ち過ぎる。
そして、いよいよ各役割担当の発表である。
私の頭の中で銅鑼が鳴り始めた。
「まず最初に、今回の消防訓練で
自衛消防隊隊長を務めて頂くのは…」
「続いて、通報連絡班は…」
「消火班は…
「避難誘導班は…」
アレレ?
あまりに簡潔かつ事務的に
進められていく発表は、
アカデミー賞やグラミー賞と違って
一切タメがない…。
さすがの私でも、
『私を支えてくれた家族やスタッフに
感謝します!』
などと言う気は毛頭なかったが、
せめて隊長の就任挨拶ぐらいはあっても…
そのまま、なし崩しで訓練はスタートした。
火事だ!火事だ!
自衛消防隊集合!集合!
通報連絡班!119番に通報しろ!
消火班!消火器を持って消火にあたれ!
避難誘導班!お客様を火元と反対側の階段に
誘導せよ!
防護処置班!エスカレーター停止後、
防火シヤッター降下!
救護班!怪我人がいないか確認せよ!
せっかく考えたアドリブの出番もなく、
あっけないほど順調に進行する訓練に
拍子抜けする私だったが、
各隊員に次々と指示を出す度に、
はいっ!
と応える隊員の声と、
各隊員が私の元に報告してくる度に、
よーし!
と応える自分の声に、
えもいわれぬ興奮を覚えたのである。
自分で期待したほど
鮮烈なデビューとはいかなかったが、
ま、いっか…。
次回はもっと完成度を上げ、
さらに楽しみたいと思っている…。
あ、楽しみたい!だなんて書いてると
語弊があるが、
そもそも訓練というものは、
いつ起こるか分からない
もしも?の時に備える為にある。
訓練は毎日行われることはない。
限られた時間や機会だけで
実践で通用するスキルを身に付けるには、
訓練を嫌々やらさせれているのではなく、
自らが積極的に関わろうという意志が必要だ。
短期間で多くの人をその気にさせるには
“楽しさ”が不可欠だ。
“楽しさ”と“ふざける”ことは別である。
この辺が、なかなか理解されにくい。
私が理想とする消防訓練は
ゲームであり競技だ。
コンテストやコンクールを
開催してもいいぐらいだ。
自らの楽しいパフォーマンスの積み重ねが、
いざ!という時に役立つのではないだろうか。
楽しさの中に成果は結実する…。
私が勝手に予定していた
施政方針演説の核心はこれだったのだ。
あ、発表する場を失ったから
柄にもなくマジメに書いちゃった!
これは私の美学に反する…
さて…
訓練が終わってしばらくした後、
愛すべきアホ販売員
GARNIERの水野(誰?)がやってきた。
「隊長!お疲れ様です!」
「あれ? オマエ、さっきの訓練いたっけ?」
「もちろん、いましたよ!」
「オマエ、何班だったっけ?」
「消火班です!」
「オマエか!さっき初期消火失敗したのは!
だって髪の毛がチリチリになってるぞ!」
「いや、隊長!これは元々です…」
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水野よ、消火班なら火を消せ!
自衛消防隊隊長より
「Queen」
“Put Out The Fire!”
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メンズビギ マルイシティ横浜店 GMより
コチラも見てネ❗️

