『養生訓』 鍼(はり)の効用(巻八31) | 春月の『ちょこっと健康術』

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「鍼を刺すことは、いかなることであろうか。鍼を刺すと、気血の滞りをめぐらせて、腹中の積(しゃく)を散らし、手足の頑固なしびれをとり除くという。また、外に気をもらして、内に気をめぐらせ、しかも上下左右に気を導く。

 積滞や腹痛などの急な症状に用いて、消導することは、薬や灸よりも速やかである。積滞がないのに鍼を刺すと、元気を減らすことになる。それゆえに、『正伝或問』に「鍼に瀉あって補なし」という。

 しかしながら、鍼を刺して滞りを瀉し、気をめぐらせて、塞がらないようにすれば、その後は、食補も薬補も行いやすくなる。

 『内経』に、「かくかくの熱を刺すことなかれ。渾々(こんこん)の脈を刺すことなかれ。漉々(ろくろく)の汗を刺すことなかれ。大労の人を刺すことなかれ。大飢の人を刺すことなかれ。大渇の人、新に飽ける人、大驚の人を刺すことなかれ」という。

 また、「形気不足、病気不足の人を刺すことなかれ」ともいう。これは、『内経』の戒めである。「これ皆、瀉ありて、補なきを謂うなり」と、『正伝』に解説されている。

 入浴した後に、すぐ鍼をしてはいけない。酒に酔った人にも、鍼をしてはいけない。食後の満腹時に、すぐ鍼を刺してはいけない。鍼医も、病人も、以上の『内経』の禁を知り、守らなければならない。鍼を用いて、利があることも、害のあることも、薬や灸よりも速やかに現れる。よくその利害を選ぶべきである。

 強く刺して、痛みがはなはだしいのはよくない。また、右にいわれている禁戒を犯せば、気が減ったり、気が頭にのぼったり、気が動いたりして、早く病気を治そうとしたのに、かえって病気が加わることになる。これは、よくしようとしていながら、悪くしてしまうことだろう。十分に用心しなければならない。」


益軒先生、お灸については「灸の効用」 以下、「もぐさのつくり方」 から「もぐさの名産地」「艾しゅの大きさ」「灸に使う火」 なんていうものまで、かなり細かく記述されていて、ほかにも灸をするときの姿勢や時刻などへの言及もされています。


鍼については、この項ともう一つあるだけなんです。まぁ、お灸は家庭での養生法として使いやすいものですし、実際に使われていたのに対し、鍼は鍼医(現代なら鍼師)の仕事であって、家庭の養生法にはなりませんから、当然と言えば当然のことですけど。


腹中の積(しゃく)とは、寒邪がおなかの中にまで入ったために気血が滞って積聚(しゃくじゅ)となったものや、暴飲暴食によって食べたものが滞って食積(しょくせき)となったものなど、おもに上腹部がはって痛む状態を指します。積滞は、積による滞りです。


『正伝或問』は、虞博の『医学正伝』を注解した書がいくつかあるのですが、そのうちの一つであると思われます。「補薬について」 でも引用されていました。おそらく「医学生の読むべき書」 にリストされた『医学正伝』そのものはなくて、その注解書の『正伝或問』が広く出回っていたのでしょう。


『内経』とは、もちろん『黄帝内経(こうていだいけい)』のことで、『素問(そもん)』と『霊枢(れいすう)』の二部構成になっています。「かくかくの熱…」は、『素問』の「瘧論篇 第三十五」、「刺禁論篇 第五十二」、霊枢の「根結篇 第五」からの引用になっています。


瘧(ぎゃく、おこり)は、マラリアのような高熱と激しいさむけを起こす病であり、その原因や病理、治療などについて書かれているのが「瘧論篇」で、「かくかくの熱」とは、熱の勢いがきわめて盛んで強い様子、「渾々の脈」とは、陰陽虚実が定まらずに脈が乱れている様子、「漉々の汗」とは、汗が噴き出て止まらない様子のこと。こういう状態のときは、邪気が非常に盛んで、気が逆流しているため、まだ治療を施してはいけないとあります。


「刺禁論篇」は、刺鍼してはいけない部位、刺してはいけない状況、もし間違って刺した場合に起こることなど、鍼の禁忌について書かれています。「大労」は非常に疲労している、「大飢」は飢餓状態にある、「新に飽ける」は満腹している、「大渇」は非常にのどが渇いている、「大驚」はショックを受けて非常に驚いている状態。益軒先生は書かれていませんが、大酒を飲んだ人や、激怒している人にも刺してはいけないとあります。


「根結篇」は、経脈 の三陰三陽とその治療に関して書かれていて、「形気不足で病気有余は、邪が偏って勝っているので、急いでその邪を瀉す。形気有余で病気不足なら、急ぎ正気を補う。形気不足で病気も不足していれば、陰陽表裏すべて不足しているので、鍼を使った治療をしてはならない。」というもの。形気は、からだを形作っている気のことで、病気は、この場合、病のときの正気 を指しています。


鍼灸師として、習ったことではありますが、あらためて肝に銘じておきたいと思います。とはいえ、ここにリストされたような状態の人が鍼灸治療院にいらっしゃることは、現代ではまずないことですけどね。気をつけるのは、満腹時や入浴直後くらいでしょうか。


この中で、益軒先生が「鍼医も、病人も」知っておくべきだとおっしゃっていることは、大切なポイントかと思います。自分のからだ、自分の病気、医師の言葉をうのみにするのではなく、自分なりに調べて、治療に関しても利害を確認して、その上で納得して選びたいものですね。


治療法を選ぶことについては、「病気にあった治療法」 の中で、鍼だけでなく、漢方薬や灸、導引や按摩も含めて、注意喚起されています。そして、健康のためには、「薬・鍼灸よりも予防を」 とおっしゃっていて、そのための『養生訓』になっているんですね。


『養生訓』の原文はこちらでどうぞ→学校法人中村学園 『貝原益軒:養生訓ディジタル版』


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