「渡くんの××が崩壊寸前」第7巻の考察については逐次的に進めていたところではありますが、第8巻発売前に終了させることは困難であるため、重要な要素に絞って暫定的に考察をさせて頂きます。

(涙)



↓↓関連リンク先↓↓

そもそも「渡くんの××が崩壊寸前」って何?って方へ

作品・登場人物・あらすじ・作品概観など
このブログって一体何?どんな感じで考察してるの?って、方へ

考察の全体計画・各考察へのリンクページ

この作者の他の作品ってどんなのあるの?

鳴見なる作品紹介等

7巻関連記事

7巻関連記事まとめ


今回は「その2」として、第7巻における館花紗月の言動に係る総括的な考察を実施します。

最初に概論を申し上げた上で、各論について考察したいと思います。

なお、今回は後編です。


1概論

第7巻における館花紗月の描写は、表面上は抑制的である、とも言えるのでしょう。

渡直人との関係の深化を夢見、「いい彼女」を志向する石原紫、滾るような想いと望ましくない現実との狭間で煩悶し、彼女なりに必死の思いで渡直人にアプローチする梅澤真輝奈の謂わば「動」の姿勢と比較すると、館花紗月のスタンスは基本的には受動的、謂わば「静」とでも言うべき姿勢なのでしょう。

そして、第7巻の後半からは、その存在感が次第に希薄となり、これまで彼女が時折示していた「儚さ」といった雰囲気を色濃く醸し出すようになってしまいます。

(儚さ(2巻第6話))

終盤には、今まで抑制的に描かれてきた、館花紗月の家庭、その苛烈さと理不尽さ、そしてそれに未だ縛られ続ける館花紗月の身の上の切なさ、それらが偉大に色濃く描かれ始めます。

そして、最終的には、渡直人に何も告げずに姿を消そうとする事態となってしまいます。館花紗月が急に姿を消していまうという事態の生起は、これまでも物語の中で幾度か示唆されてきましたが、遂にそれが現実化してしまうという、物語の大きな転換点とも言えるのでしょう。

(いつか訪れる別れの予感(4巻第2話))

その事態は渡直人を驚愕させます。立川駅にて渡直人がようやく見つけた館花紗月、彼女の瞳に表情は無く、その雰囲気には尋常ならざるものを感じます。

(常ならぬ雰囲気(7巻第6話))

そして、最後に館花紗月は今までにない、一歩踏み込んだ行動を取り、次回への余韻を含んだ結末となります。


第7巻における館花紗月の描写は、大きく二つの段階に区分されるものと思われます。

最初の段階は、第1話、そして第3話において見られるような、渡直人の「家族」としての関係性に係る描写です。

そして、次の段階は、第5話から急にその色彩を強くする、館花紗月の身の上に係る描写、彼女の醸す「儚さ」に係る描写になるかと思われます。

以後、それぞれの段階に関して考察等を実施します。今回は、主に7巻第6話において館花紗月が醸し出す「儚さ」に係る描写について述べさせて頂きます。


各段階の描写に係る考察

その2:館花紗月の醸す「儚さ」に係る描写

館花紗月の醸し出す「儚さ」、それは7巻の後半付近から徐々にその色を濃くしていきます。そして、最終的には渡直人に別れも告げずに姿を消そうという挙に及んでしまいます。以降においては、彼女の醸す「儚さ」、あるいは身の上に係る描写に関して考察します。

作中の描写は青字で、考察は赤字で記載します。

⑥石原紫が館花紗月の部屋を訪ねるシーン

[作中の描写]

石原紫は館花紗月の部屋を訪れる。館花紗月が一人暮らしをしていることに驚きを示す石原紫。「で、何の用?」と石原紫に素っ気なく問い掛ける館花紗月。石原紫は持ってきたバックから調理用具を取り出し、焦ったような表情で「あのお腹空いてない?」と館花紗月に尋ね、館花紗月は「いつもすいてる」と答える。

(いつも空腹(7巻第5話))

[考察]

石原紫の質問に館花紗月はいつも空腹である、と答えています。親からの金銭的な援助も無く、家賃や生活費を自分でバイトして工面するため、やはり相当に苦労しており、食費も十分に捻出できない状況に館花紗月は置かれているのでしょう。以前に渡直人が館花紗月の部屋を訪れた時、彼女が供したのは水だけでした。

(つましい歓待(5巻第4話))

館花紗月のつましい暮らしぶりが伺えるシーンです。食べることすらままならない困窮した生活を送ったとしても、渡直人の側に居ることは館花紗月にとって重要なことなのでしょう。


なんかもうですね片方の作品のヒロイン?は1日ラーメン三杯とか食べるという、謂わば暖衣飽食の限りを尽くしているのに、こっちのヒロインは片や食うや食わずの生活を送らせるだなんて余りの待遇の差に目眩がします。


⑦石原紫が館花紗月におやきを供する場面

[作中の描写]

石原紫は形が崩れながらも肉じゃがのおやきを作り、それを館花紗月に供する。館花紗月は虚を突かれたような表情となり、そして「私、それ好きじゃないんだけど」と石原紫から目を逸らしつつ述べる。石原紫は館花紗月のその言葉を遮るように「うそ」、「好き、だよね?」と問い掛ける。館花紗月は嘆息し、「もったいないし食べる。朝から何も食べてないし」とおやきの皿を手に取って食べ始める。

(もったいないし(7巻第6話))

[考察]

このすぐ後に明かされますが、肉じゃがのおやきは、6年前、渡家に遊びに来ていた時分の館花紗月の好物でした。この時、館花紗月が石原紫に「うそ」をついた理由としては、以下の2つが挙げられるものと考えます。

理由その1:感傷的になる懸念があった

すぐ後のシーンにおいて、石原紫の話もあって、館花紗月はたった一筋ではありますが、涙してしまいます。そして、その後に石原紫に対して一種の「逆襲」に出ます。作中において感傷的な態度を示すこと、生々しい感情を露わにすることを館花紗月は徹底して避けています。館花紗月にとって、肉じゃがのおやきは6年前の幸せな記憶を呼び覚ましかねないものであり、そのために感傷的になってしまう懸念もあったのでしょう。それ故に嘘をついたのだと思われます。

理由その2:石原紫への拒否な感情

石原紫の回想の中のシーンにおいて、渡鈴白は肉じゃがのおやきの話をし始めますが、その時、館花紗月は立ち上がってバイトだと言って渡家を去って行きます。

(居心地悪そうに(7巻第5話))

渡鈴白との間ならともかく、石原紫も交えた場において、おやきのことを話題としてしまうのは館花紗月にとって心地いいものではなかったのだと思われます。6年前の渡家での思い出、それは館花紗月にとって謂わば宝物のように大切な思い出なのでしょうし、心揺さぶられる思い出でもあるのでしょう。そして、その時の渡直人との関係性も極めて良好なものでした。そんな館花紗月の大切な、渡直人との幸せな思い出に関わる肉じゃがのおやきの件について、謂わば恋敵である石原紫に踏み込まれるようなことは、決して心地いいものではなかったのではないかと思われます。それ故、肉じゃがのおやきに関わるやり取りを拒もうと考えたのではないでしょうか。


⑧館花紗月が涙する場面

[作中の描写]

石原紫は肉じゃがのおやきを食べる館花紗月に対し、渡鈴白から聞いたことを語りかける。6年前、渡家でおやつとして供された肉じゃがのおやきを館花紗月は好きだったこと、渡鈴白が館花紗月に手伝ってもらったお陰でじゃがいもが沢山収穫できたことを喜んでいたこと、そして、今度、肉じゃがのおやきを作って皆で仲良く食べたいと言っていた、と。

石原紫は黙々とおやきを食べる館花紗月に対し、問い掛けるかのように石原紫は語りかける。「館花さん」、「館花さんも、本当は渡くんのこと、好きなんでしょ?」と。

館花紗月の右目からは、一筋の涙が零れ落ちる。

(涙(7巻第6話))

[考察]

一筋とは言えども、館花紗月が涙する稀有なるシーンです。この涙の理由としては、以下の二つのものが考えられます。

理由その1:渡直人との別離の悲しみ

この時、館花紗月の胸中は渡直人との別離の悲しみに満たされていたものと思われます。このシーン以降、館花紗月はむしろ無表情な態度を示すため、表面上はその悲しみを窺い知ることはできませんが、普段とは全く異なる彼女のその態度はむしろ只ならぬ心境を窺わせます。

また、彼女が去らざるを得ない契機となったであろう第5話冒頭での手紙の宛先を確認したシーンでは、この上なく寂しそうな表情を示し、「なおくん」とも呟いています。

(別離の悲しみ(7巻第5話))

堪えてはいるものの、またしても何も告げずに渡直人と離れ離れになってしまう悲しみが館花紗月の胸中を溢れんばかりに満たしていたのではないかと思われます。

理由その2:渡鈴白との繋がり

館花紗月にとって、渡鈴白の言葉は不意打ちに近いインパクトがあったのではないでしょうか。

館花紗月からしてみたら、石原紫から渡直人との関係についての話が出ることはある意味予想していたのでしょうし、また、石原紫から渡直人絡みの話を聞くことは、ある意味で警戒心や反発心を抱くことでもあったのでしょう。館花紗月の涙が一筋だけであった理由は、彼女が涙した直後に石原紫が「渡くんのこと、好きなんでしょ?」と渡直人の話題を出したが故に、館花紗月の警戒心などを刺激し、彼女の気持ちを立ち直らせてしまったためではないかと考えます。

館花紗月は基本的に、渡直人以外との他者との関わりには無頓着です。他者は自分を受け入れない、そんな思い込みもまた抱いているのかもしれません。そんな自分に感謝し、これかも必要とし、そして幸せを分かち合おうという渡鈴白の言葉には意外な思いを抱いたのは想像に難くありませんし、そして、渡鈴白との関係も断ってしまうことに後ろ髪を引かれる想いを抱きもしたのでしょう。


渡直人の下を去らなければならないという大きな悲しみを抱いていたところに、不意打ちのような形で館花紗月との繋がりを大切に思う渡鈴白の心情を知ったことで、彼女はつい涙してしまったのではないでしょうか。


⑨石原紫とのやり取り

[作中の描写]

石原紫は、部屋を立ち去ろうとする館花紗月に「館花さん、転校しちゃうんでしょ?」と問い掛ける。館花紗月は虚を突かれたような表情となる。石原紫は焦ったような表情を浮かべ、館花紗月に問い掛ける。「渡くんには言ったの?」

館花紗月は黙り込み、石原紫から目を逸らす。そして、頭を上げ、何か考えるかのような沈黙の後、石原紫に対してこう口にする。

(動揺・反撃(7巻第6話))

「じゃあさ、Fカップちゃんから直くんに伝といて。立川発のあずさ21号。」、「別に言わなくてもいいけど

そして、最後にこう付け加える。「Fカップちゃんが私のこと試したからお返し」。館花紗月のその表情は、どこか嘲りを含んでいた。

(お返し(7巻第6話))

[考察]

渡直人に別れも告げず、ひっそりと姿を消そうとしていた館花紗月の「儚さ」が露見するシーンです。

館花紗月が何故に渡直人に別れすら告げず、ひっそりと彼の前から姿を消そうとしたのか?についてですが、以下の2つの理由があるものと考えられます。

理由その1:どうしようもない事であるため

館花紗月が実家に帰らなければならないこと、それは最早、結論を覆すことの出来ぬ、どうしようもない事なのでしょう。

7巻第5話冒頭にて館花紗月が「館花仁・広子・」から受け取った手紙の内容は、おそらく実家に帰ってくるようにとの指示だったかと思われますが、館花紗月はそれに対し、驚きを示したり、あるいは怒りや悲しみを露わにするなどといったことはありませんでした。恰も全てを諦めたかのような、寂しげな表情を示すのみでした。

(全てを諦めたかのような(7巻第5話))

もし、館花紗月が彼女が実家に帰らねばならないことを渡直人に告げる場合は、別れの意の他に、彼女の困惑、そして悲しみも伝えることとなり、それは結果的に渡直人に助けを求める、といったこととなるのでしょう。

しかしながら、最早、館花紗月が実家に戻ることは覆せぬ決定であり、このことを渡直人に告げることが結果的に彼へ救いを求めることになっても、最早どうしようもない。そのような諦念が、別れに際し、渡直人に何も告げないことを館花紗月に選択させたのではないかと思われます。


理由その2:渡直人に館花紗月の家庭のことを知られたくないため

作中において、館花紗月は徹頭徹尾、渡直人に対して彼女の家庭、そして彼女の過去に関わることを語ろうとはしていません。

(謎多き女(3巻第1話))

おそらく、館花紗月は畑仕事の手伝いのために、相当な頻度(毎日?)で渡家に出入りし、渡直人と頻繁に顔を合わせ、そして何かと語らう機会も多いのでしょう。けれども、雑談などの中でも渡直人に対し、決して彼女の家庭のことを語ってはいないのでしょう。

そして、仮にですが、館花紗月が渡直人に実家に帰ってしまうことを告げた場合、渡直人は間違いなくその理由を問い質すでしょうし、そして、その理由において大きなウェイトを占めているであろう館花紗月の家族との関係についても聞こうとしてくるのでしょう。

渡直人に館花紗月の家庭のことを聞かれたくない、彼女の家庭のことを渡直人に語りたくない、そんな気持ちの存在が、別れも告げずに渡直人の前から姿を消そうとした理由の一つではなかろうかと考えます。


理由その3:渡直人の前で、心情を吐露する自分を見せたくないため

館花紗月は時折、渡直人に対して喜び、あるいは怒りなどを表現することはありますが、ある意味極めて抑制的でもあり、渡直人はそんな彼女の本音をいつも掴みかねています。

(見えない本心(3巻第6話))

例えば、上述の3巻第6話の終盤のシーンについてですが、館花紗月は渡直人に対して怒りを露わにし、「もう優しくしなくていい」などと、以後関わりを持たないとも取れるような発言をしますが、何故、そのような態度を示し、そして何故、そのような発言に至ったかについて一切の説明をしようとはしません(このシーンの考察はこちらリンク先)。その時、恐らく館花紗月の心中には、渡直人の心が石原紫に傾きかけていることや石原紫が明日にでも彼に告白してしまうことへの焦燥や悲しみ、そして、館花紗月との関わりを必要としないとも取れる発言を為した渡直人への激しい怒りが渦巻いていたのではないかと思われますが、館花紗月は彼女の心中を一切説明することはありませんでした。その理由はさておき、館花紗月は自分の感情を吐露することに抵抗感を抱いているのだと思われます。

そして、もし館花紗月が渡直人に別れを告げた場合、彼女の心の中に渦巻いているであろう悲しみや寂しさ、あるいは助けを求めたい気持ちを彼に対して吐露しかねない、との懸念を抱いていたのではないでしょうか。

そのため、渡直人に何も言わずに立ち去ろうと考えたのではないかと思われます。


今回は以上で終わらさせて頂きます。

最後まで読んで頂きありがとうございました。