2025年7月Xデーまで残り・・・父の死、東日本大震災、日月神示、断食 | 2025年7月X日 未来の記憶 大峠を生き残るたった一つの方法

2025年7月X日 未来の記憶 大峠を生き残るたった一つの方法

1995年1月17日 阪神淡路大震災を体験し
2011年3月11日 東日本大震災の衝撃的な映像を見て半覚醒したオッサンの未来の記憶

2023年4月18日から、この新しいブログを始めましたが、このブログは期限付きで書いてます。

 

そう、人類にとって大激変が起こる2025年7月Xデー迄です。

 

2025年7月Xデーまで残り〇〇〇日

 

このブログを始めた目的など僕のプロフィールを最初の記事に書いています。

はじめましての方はご覧ください!(^^)!

はじめまして・・・2025年7月Xデーまで宜しくお願いします。

 

 

昨晩、友人が突然来る事になり、慌ててブログを書き終えた感じでしたが、

 

今回は2011年の父の死、そして、僕の意識が大きく変化した東日本大震災からの何かに導かれるような展開・・・

 

そんな体験で読者に役立ちそうな事が書ければ・・・

 

 

2011年に父が亡くなる3年前(2008年)に父は脳梗塞で半身麻痺で不自由な身体になりました。

 

実はその3年前(2005年)にも脳梗塞になり、緊急入院しています。

 

その時は奇跡的に何も後遺症もありませんでした。

 

 

ちょうどその頃、勤めていた会社を辞め父とお店をオープンする頃でした。

 

 

それまでは、僕も若く、自分一人の力でバリバリ仕事をして、勤めていた会社では「社長にならないか?」とオーナーから声をかけられた事は先にこちらで

下矢印下矢印下矢印

 

書いたと思いますが、

 

父の連帯保証人という形で初めて大きな借金を抱え、その時から初めて、神様や先祖供養をする事になりました。

 

それまでも、父が崇敬していた神社に連れて行かれ、何度もご託宣という、その神社のお婆さんが出す言葉を受けていましたが、

元々そんな話しを聴きたいわけでもなく、大した相談もなく、

 

今考えると有り難いご縁で伝えてくれた言葉を伝えられても、

 

「いいおっせかいだ!」

 

と真剣にその言葉を聞いて行動を起こす事もありませんでした。

 

 

しかし、単なるサラリーマンから前職の治療院の店長など任され会社の経営にも関わって、利益を出す事、人を管理する事っていうのは難しい事も分かり、

 

「2000万円も借金して、本当にやっていけるのだろうか?」

と思い、

全国から兵庫県の山奥まで経営者の方々が相談に来られる、そのお婆さんの口から出る言葉をちゃんと聞いてみようと思いました。

 

そして、これから、お店をオープンして経営して行く中、

 

「僕も父のように祝詞を憶えたり、上げたりせな、ダメでしょうか?」

 

と相談すると・・・

 

「あんたは、まだそんな事までする必要ないから、毎日、神棚の水換えたりして、手を合わしなさい」

 

「月に1回は氏神さん、先祖供養にお墓参りに行きなさい」

 

「よかったら、ここにも参って下さい」

 

それから初めて言われた事を実行した結果。

 

初月の売上500万円、その後、半年後には800万円まで売上は上がって行ったのです。

 

 

そんな体験をして、そういう見えない力、神仏の力というのを少しづつ感じだしました。

 

 

それから、そのお婆さんがいる神社にも毎月行く事にして、

 

父の事を言われます。

 

「あのお父さん、今のままの性格ではまた、3年後に脳梗塞になりますよ」

 

父は真面目な性格だったのですが、所謂頑固親父で、社会の不正などに対して

 

「わしは曲がった事が嫌いなんや!」と、

 

よく怒りを露わにしていました。

 

父が代表を務める道場やお店の経営でも

 

「まだコイツには任せられん」

「あんなんではアカン!」

と全て、自分一人でやろうとしていました。

 

そして、3年後、実際にその預言通りになり、

 

その時は半身麻痺となってしまいました。

 

 

また、その時は不運が重なり、診断ミス、薬の間違い、僕の早期リハビリで動くようになってきた腕も、専門リハビリセンターに転院してから、まさかの機能低下・・・

 

そんな時にお世話になったのが、高校時代の同級生が勤めている断食病院でした。

 

しかし、その先生も既に80歳を超え、その医員では断食入院などは行っておらず、お弟子さんがいる九州の病院を紹介され、

新幹線で父を連れ、博多からはレンタカーで病院へ行き、断食入院をする事になりました。

 

その時、高校の同級生でもある友人に断食の効果を色々と聞いていたので、

 

同じ医療に関わる一人として、父と一緒に断食の体験をしたいとも思ったのですが・・・

 

「さすがに二週間も仕事を休むわけにはいかんな・・・」

 

と諦め、父を病院にお任せしたのです。

 

結果的に父の体調は凄く良くなったものの、リハビリ施設ではなかったので、失った左半身の機能は回復には至りませんでした。

 

 

 

それから、3年後

 

亡くなる1週間前から急に穏やかになり、その日を選ぶかのような形で安らかに亡くなっていきました。

 

 

父が亡くなり、少し落ち着いた頃、

 

あの時、仕事の事を考えずに一緒に断食しながら、リハビリしてあげれば良かったな・・・

と、ふと思います。

 

49日という喪に服す時でないと、友人からのお酒の誘いも断れないし、

 

と断食をはじめ・・・結果的に完全断食ではないながら40日間の断食が出来てしまったのです。

 

 

そして、整形外科のMRI診断では半月板断裂で手術する予定だった右膝の痛みが無くなってしまったのです。

 

 

こんな効果もあるのか・・・と感心しているのも束の間、

 

東日本大震災が起こるのです。

 

 

そこからの2012年末までの怒涛の展開は、3年間動きたくても動き回れなかった父が僕の身体を使い、動かされているような感じでした。

 

引き付けられるように手に取った父の書棚にあった日月神示(ひふみ神示)関係の本。

 

そして、それまでは手を合わせるだけだった僕も祝詞を上げだし、導かれるように各地の神社参拝をはじめ、行く所々で父の知人友人だと言う方と出会うのでした。

 

 

2012年にはほぼ、不食状態にまでなり、今度は超能力者や霊能力者、東大医学部教授などが向こうからやってくるような形で引き合わされます。

 

 

この時の出来事を細かく書こうとすると、とても長くなってしまうので、これぐらいにしておきますが、

 

 

何となく、見えない神仏の力や先祖の霊、また、一般的には広まっていない断食のとてつもない効果など感じていただければ嬉しいです。

 

 

それでは次回は2013年の正月に出会った親の借金60億円を返済して兵庫県の山奥で田舎暮らしを始めたGさんから教わったお話しなど、お伝えしたいと思います。

 

 

 

 

2023年4月18日からカウントダウン形式で、このブログを書いていますが、この毎日書く事は最初から21日間続けると決めていました。

 

その理由も21日間連続投稿を達成した時に書こうと思います。

 

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