スタンリー・キューブリック監督1)

 

「2001年宇宙の旅」とは監督スタンリー・キューブリックつながりです。

 

近未来のイギリス,ロンドンが舞台,主人公15歳のアレックスは本能のままセックスとバイオレンスの限りを尽くします。仲間に裏切られ刑務所送りとなりますが,ある種の治療(洗脳)を受け,釈放されます。しかし自由の意思を奪われ自殺を図ります。一命を取り留め,洗脳が説かれ,以前の暴力性を取り戻すというお話

 

 

簡単なオープニングクレジットのあと,ミルクバーに座っているアレックス(マルコム・マクダウェル)の非行少年グループが映し出されます。

一見静止画像のように見えますが動画です。アレックスは瞬きしません。両脇の二人はよく見ると瞬きしています。

 

酔っ払いの年老いた浮浪者に暴行

また同じような不良少年グループの”ビリー・ボーイ”がレイプの最中,格闘になり叩きのめします。

 

その後,とある家をサプライズ訪問。作家夫婦の家でした。

このアレクサンダー邸の呼び鈴はベートーヴェンの「交響曲第5番 運命」のジャジャジャジャーンでしたね。

作家(パトリック・マギー)を縛り上げ,「雨に唄えば」を歌いながら作家を蹴り上げ,妻をレイプ。やりたい放題です。

バーに戻ると客がベートーヴェンの「交響曲第9番合唱」を歌います。それをちゃかした仲間ともめます。

 

 

家に帰り「交響曲第9番合唱」を聞きますが,マイクロカセットテープでした。

見た目のオーディオセットは高そうでしたが,カセットでは音質はあまり期待できないでしょうね。

昨夜はあんなに暴れ回ったので,朝起きられません。学校も当然サボリ

 

気分が良くなったところで外出

楽器店で注文したレコードが入っているか尋ねますが,ここに「2001年宇宙の旅」のレコードがありましたね。

それにしてもカセットテープにしろレコードにしろ,現在のデジタル事情を予測することはこの当時は難しかったのでしょうね。

 

レコードを選ぶ女子2人とベッドイン。このスピードアップしたセックス・シーンはもともと28分の切れ目のないテイクとして撮影されました。

 

 

ズボンの上の履いているのはクリケット用のジョックストラップですが,ズボンの上に履くよう指示したのはキューブリックです。本来は局部の保護用カップ入りのサポーターですが,ケツ割れといってゲイの間で人気のあるアイテムです。

 

 

ヘルスファーム(イギリスやヨーロッパの保養施設,エステに特化した施設)に盗みに入ったアレックスは抵抗する女にPenisのオブジェで対抗し,口に突っ込んで死なせてしまいます。

このオブジェ,ハーマン・マキンクという芸術家の作品です。

アレックスの部屋にあった4人のキリストの像も彼の作品です。

 

 

仲間の裏切りもあり,殺人罪で逮捕され14年の刑を言い渡されます。

模範囚となり,牧師の手伝いをします。

しかし,聖書を読みながら夢想しているのは,暴力的なことやsexに関することです。

いばらの冠をかぶり刑場に向かうキリストを鞭打ったり,古代ローマ軍の戦士として敵を刻むこと,裸婦のとなりで寝そべる自分でした。

 

刑務所から出るためにルドビコ式療法の被検者に志願します。

 

ルドヴィゴ療法とは体を拘束して吐き気を促す薬を与え,瞬きもさせずに残虐映像を見せるというものです。

激しい恐怖と無力感に襲われます。ベートーベンの「交響曲第9番,第4楽章」がBGMとして流れます。

 

治療効果を披露します。暴力に対し逆らえず,美しい裸の女性が登場しても手を伸ばそうとすると嘔気をもよおします。

牧師は道徳的選択の能力を奪われた生き物に過ぎなくなっているとこの療法に反対しますが犯罪を抑制できればいいとして釈放されます。

 

 

自宅に帰ってみると自分の部屋を下宿人が使っていて居場所がない。

父親には荷物は警察に没収され,飼っていた蛇は死んだと言われます。

この父親役のフィリップ・ストーンはキューブリック監督のシャイニング(1980)にも”家族をしつけた”という元管理人役で出演していましたね。だいぶ役柄が違います。

 

川沿いを歩き,以前にこづきまわした老人達の集団暴行にあいます。

そこに警官が登場,事なきを得たと思いましたが彼らは以前の仲間でした。

”Well, Well, Well”と言われ,リンチされます。警棒での叩き方はちょっと手加減してたンじゃないの。水中に顔をつけている時間が長い。何か仕掛けがあったのでしょうね。

 

家もない,無一文だと言いながら”home”という看板につられてある家に助けを求めますが,かつて痛めつけた作家の家でした。車いすに乗った作家を運ぶ筋骨隆々の俳優は身長198cmのデヴィッド・プラウズで スターウォーズ(1977)のダース・ベイダーを演じています。

 

風呂で「雨に唄えば」を歌っているのを聴いて,作家は自分が痛めつけられた賊だったと気づき復讐を企てます

部屋に閉じ込められてベートーベンの「交響曲第9番」を延々と流されます。アレックスは暴力,SexだけではなくBGMに使われていたかつては大好きだった音楽にも嫌悪感があり,拒絶反応から窓から飛び降り大怪我

 

 

意識が戻り,精神科の女医が連想するセリフのテストを行ないます。暴力的なことを言っていますね。

大臣から協力要請があり承諾すると見返りに大きなスピーカーをもらいベートーベンの「交響曲第9番」が流れます。拒絶反応がなくなっていることに気づき,裸の女とじゃれている妄想で終了します。“I was cured all right”,完全に治ったね のセリフ。そして「雨に唄えば」が流れてエンドクレジット

 

 

内容がかなり過激であり,スタンリー・キューブリック初のR指定映画(成人映画)です。

暴力,猟奇表現,直接的な性行為,Fワードなどの卑語こういったものが含まれると指定されますが,含まれていますね。

 

ブラジルでは1978年まで公開禁止。アイルランドでノーカット版が公開されたのは1999年。シンガポールでは2011年まで公開禁止だったそうです。

 

またこの映画のあと,模倣犯罪もおきてキューブリック一家が殺害予告などの脅迫を受けたということからキューブリック自身によって1973年に配給から外されました。

それ以降イギリスでこの映画を見たい人はわざわざフランスに見に行ったり,ビデオが普及してからは外国からビデオを注文したそうです。キューブリックが亡くなった翌年の2000年にイギリス全土で再び公開されました。

それだけ社会に影響を与えた映画だということです。

 

公開当初は多くの評論家がこの映画を見て愕然としました。

強制的なマインド・コントロールや管理社会システムに反対するふりをして,主人公アレックスの暴力を肯定しているといった批判もありました。

確かにかなりのバイオレンスであり,サディスティックな表現もあります。自分の身の回りでこんなことが起こったら精神崩壊しそうです。

それでも更生という名の下に洗脳された少年が人間本来の暴力性と性衝動を取り戻すところにはちょっと共感する自分がいました。

 

作家夫婦を襲う場面にアレックスが「雨に唄えば」を歌うシーンは最初の台本にはありませんでした。キューブリックはこのシーンを試行錯誤しながら撮影し,満足できる映像が得られなかったためマルコム・マクダウェルに歌ったり踊ったりできないか尋ねました。マクダウェルは「雨に唄えば」というParty Piece(おはこ)があると言い,キューブリックはすぐに権利を買い取りました。何年か後にマルコム・マクダウェルがパーティでジーン・ケリーに会ったとき「雨に唄えば」がこの映画に使われたこと深く憤慨していたということです。

 

この映画でも「2001年宇宙の旅」同様クラシック音楽が多数使用されています。

ベートーベンの交響曲第9番「合唱」はもちろんですが,ベートーベンより 「泥棒かささぎ」「ウィリアム・テル」序曲と言ったロッシーニの曲が多く使われていました。エルガーの「威風堂々」も使われていました。「威風堂々」は歌詞のついたイギリスの愛国歌「希望と栄光の国」としていろんな国威高揚の場面で使われる曲ですね。

でもやっぱりこの映画の音楽では「雨に唄えば」これが良かった。

マルコム・マクダウェル,Good Jobグッド!

 

 

 

この映画,受賞こそなりませんでしたがSF映画としては初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされました。そのほか,監督賞,脚色賞,編集賞にもノミネートされましたが受賞はなりませんでした。

 

多くの映画評論家に酷評された映画ですが,アメリカ映画協会(AFI)の100年シリーズではけっこう多くの部門で選ばれていました。

 

アメリカ映画ベスト100(1998) で46位

スリルを感じる映画100(2001)で21位

ヒーローと悪役ベスト100(2003) でアレックスが12位

アメリカ映画ベスト100(2007) 70位

10ジャンルのトップ10(2008) のSF映画部門で4位です。

 

 

1) スタンリー・キューブリック

カーク・ダグラスと組んだ 突撃(1957),スパルタカス(1960)で評価が高まりました。しかし監督以外にも映画製作全般にわたり思いどおりにしたいキューブリックは製作陣とたびたび対立しました。そのためもあり,ハリウッドに嫌気がさしイギリスに活躍の場を移しています。

取るに足らないような場面でも納得するまで撮り続ける姿勢は完璧主義者と言われ映画撮影に時間がかかることでも有名でした。

その中で「時計じかけのオレンジ」は一番時間をかけずに撮影された作品です。

 

ロリータ(1962),博士の異常な愛情(1964)のあと,2001年宇宙の旅(1968),時計じかけのオレンジ(1971)と続きました。SF映画から一転したバリー・リンドン(1975),シャイニング(1980),フルメタル・ジャケット(1987),アイズ ワイド シャット(1999)とみんな印象深い映画です。