病気と仲良くなろう! -2ページ目

空間と時間のない日々

薬のせいか、起きているのか寝ているのか、あまりハッキリとしてない。

先日、「睡眠療法」なるものを受けたが…強制的に薬で寝させられるのだが、恥ずかしい話…失禁していた。

その後も、あまり覚えがない。あんなに大好きなバイクも音楽も興味がない。

ただ時間が過ぎていくだけ…

自分ではあせっているのだが、体と頭がついていかない(ーー;)

食欲もなく、眠気ばかりが襲ってくる。


タバコが少なくなってきた…買いに行けるだろうか?

プチ引きこもり…

最近は外出の回数が激減した。

「パニック障害」に付き物の「広場恐怖」というものだ。

いつ発作が出るかわからないので、外に出るのが怖くなる。それがだんだん範囲が狭められて、最後には家から出なくなる。

まさに今の僕がその状況…大好きなバイクも怖くて乗れない、先日は風呂場で発作が出た。

なので、風呂に入るのにも勇気がいる。普通の人には考えられないけど、本人にとっても苦痛である。


そこでPCで外界とのコミュニケーションを取ろうとするが、うかつにメアドを書くと「出会い系サイト」の勧誘の嵐!外に出られないのに出会いもクソもないし、そんなに女に飢えているわけでもない。

だから最近はPCも利用する機会が減ってきた。


今日は僕のバーテンダーの師匠の命日。39歳の若さでこの世を去った。

でも僕にとってはかけがえのない大先輩。いろいろとノウハウを教えてもらった。僕の最初のお客さんは彼だった。自分の店もあるのに、わざわざ来てくれたのだ。そして「ボウモア」を1ショット飲んで帰った。これか彼を見た最後だった。開店してからも、わからない時などメールで親身に相談に乗ってくれた。ある日から急にメールが来なくなった。HPを持っていたので見たら…彼の訃報が書いてあった。

今日は彼のために意を決して、仏具屋に行ってろうそくと線香を贈った。

なぜか発作は起きなかった。


彼のためにも、そして自分&家族のためにも、この病気に立ち向かう決意をした。


ありがとう秋山さん、あの世で見守っていてくださいね。まだ先になると思うけど、その時はべろべろになるまで飲みましょうね!

また薬が増えてしまった…



先日、病院に行ったら、さらなる病気が発覚!


「自律神経失調症」


ここ数週間、手足がしびれる…触って見ると異常に冷たくなっている。でも、寒いのに脇や背中に汗をビッショリかいてしまう。風邪かと思って体温を測ってみると…その日によって体温が違う。(オギノ式じゃないよ)そう言えば、最近バイクに乗ってもレバーを握ると感覚がなかったり、寒いのにヘルメットが汗ばんでいる。肩こりなんて、ここ数年経験していたいのだが…最近は首が動かなくなったり~(まぁ借金で首が回らないことは事実だけど)なんと!お酒の量が激減したりと自覚症状はあったけど…


体温が気温に対応できなくなっており、要は体温調節が不完全な状態だとか…


そのような訳で薬が増えてしまったのだ。原因は不明…ただ、うつ病の人にはなりやすいみたい。


これから暖かくなってバイクの季節になると言うのに…バイクもしばらくは乗らない方がいいって!え~!それじゃぁ、余計にストレス溜まってしまうよ~ん!!!


なんせ「バイク&音楽依存症?」の僕にとっては、目の前にご馳走があるのに食べちゃダメ!って言われるのと同じくらい辛いのだ!


しょうがないので、毎日バイクのエンジンをかけて暖機運転して、排気音を楽しむだけの毎日。

これは綺麗なお姉ちゃんがベッドに誘っているのに、ただ見ているだけくらいに辛い…表現力が乏しくてスミマセン(ーー;)


しかも、この薬…副作用として性欲の減退もあるという。ますます地獄…ストレス解消に酒飲んで、勢いでソープランドに行くなんて芸当も出来ないのか…って、想像力が貧困だなぁ~


そう言えば、最近は「ミニスカート」を見ても、以前なら「おっ!ラッキー!」なんて思ってバックミラーでも確認?していたのに…「こんな寒い日にミニスカートなんて根性あるなぁ」


おいおい、感心している場合じゃないぞ!


キャバクラで下心ありありの親父連中にも負けてるじゃないか!(別に勝負してる訳ではないのに)


そのような訳で、血の滴るようなステーキの前で、おしんこを食べている心境なのであった。これは「出家しろ!」とのメッセージか?

でも、せっかく伸びたロン毛は切りたくないし、ピアスもはずしたくない…関係ないか。


しかし「男」って奴は変な生き物。それだけでいろいろなことに消極的になってしまう。

目指せ!脂ぎって、会社でセクハラしている中年親父!加齢臭をトワレのように使いこなしてスケベパワー全開!髪の毛がなくたって、それは下半身に栄養がいっているだけ。「英雄、色を好む」ことだけを考え、今日も腰に手を当てて「赤マムシドリンク」を一気に飲み干すのだ!


あ~あ、考えていたら…やっぱりバイクに乗りたいぜ!

「色事よりバイク」になってしまった、完治するのは先のようです。とほほ…


しか~し、最近の「出会い系サイト」の勧誘!見るだけで精力減退してしまう。もっと文章力に力を入れなさい!あまりにも幼稚すぎて…この世界も飽和状態なのかなって、逆に心配してしまうのであった。




がんばれ!

今日は長男のライヴの日!

いつもは起きるのも大変なのに今日は「早起き!」

しかもキッチンからは大音量の「ニルヴァーナ」

ご機嫌な顔をして登校した。


息子が機嫌良いと、僕もなんだか気分が楽になった!


思い切って演奏して欲しい。ただしカートみたいに自殺はするなよ(ーー;)


がんばれ!親父からのエールであった…

父親として…

最近は考えてしまう。

はたして僕は「父親」として、息子たちに接しているのだろうか?

普通の父親は、朝仕事に行って、夜帰ってくる、休日の日は家でゴロゴロしたり、趣味に走っている人もいる。

しかし…僕には、どれも当てはまらない。

投薬治療とはいえ、一日中家にいる。主夫のように掃除したり、洗濯したり、洗いものしたり…多分、世間の人から見れば、気楽な優雅な、そして贅沢な待遇だと思われるでしょう。

でも本人としては辛いのです。本当なら今が「油ののっている時期」同級生は会社で大きなプロジェクトを任されたり、独立したりして第一線で活躍している。


僕は…一日中家にいて、他人と話すこともない。買い物に行くのも「発作」が心配でビクビクしている。年老いた母親の方が敬老会とかで出かける方が多い。そのためにパソコンを使用する時間が多い。そうなると少しでも人と話したくなるので、掲示板を利用したりする。だんだん親しくなるとメル友になっていく。でも、ここが落とし穴!結局あったこともない人なので、いろいろと相談したり、されたり…


ここまでは順調なんだけど…なぜか最近「出会い系サイト」からの勧誘メールが多数来る。ひどい時には一日に200件を超える!うかつに相手にメアドを教えなくなる。メールチェックも嫌になる。いろいろと迷惑メールの対策をしても、一度知られると次々と…


以前も離婚して一ヶ月くらいしたら、やたらと知らない女性からメールが多数来た。ほとんどが「出会い系」でも不思議なのが離婚したことを公表していないし、「出会い系サイト」を利用したこともない。一体、僕が離婚したことをどこで知ったのか???未だに不明である。


さてさて話は脱線してしまったけど、本題の「父親」である。

実は先日、長男の学校から「お子さんが暴れています!このままだと警察を呼ぶかもしれません!」との電話があった。僕は速攻で学校に行った。そして見たものが…

普段は温厚な長男が「キレて」いた。すぐに襟首をつかんで「お前、なにやっているんだ!」と怒鳴りつけた。途端に長男はおとなしくなり泣き始めた。長男の肩を抱き学校の会議室に連れて行き、なぜか一緒に泣いていた。

やがて長男も僕も冷静になり、話し始めた。実は長男も僕と同じ病気で苦しんでいる。学校の成績も態度も悪くはないけど、出席日数が足りない。学校側も考慮してくれたけど、単位が取れないので進級が出来ないとのこと。すなわち留年である。しかも長男の通っている高校は留年を認めてないので自動的に退学となる。僕も長男も承知の上だ。しかし長男はせめて学年末までは通いたいと言う。学校側もOKをしてくれたが、生徒たちから「進級できないのに何で学校にいるんだ?早く退学しろよ!」と言われたらしい…

本人も我慢をしていたのだが、それが爆発して、こんな事件?になってしまった。

そのことに気がつかなかった僕は息子にすまないと思った。

家では明るくて、音楽の話やバイクの話、付き合っている女の子の話なんかして、コミュニケーションが取れていると思っていたからだ。まさか長男がそんなに悩んでいるとは思ってもいなかった。


その夜、長男が僕宛に手紙をくれた。

「ごめんなさい」


僕こそ長男のことを理解していると思い込んでいて…「ごめんなさい」


今では僕と「男の約束」をして、学年末までは学校に行っている。今の目標は病気に負けないで学校に行くこと。卒業は出来ないけど、勉強なんていつでも出来るし、人間一生勉強だと思う。


息子よ。負けるな。このことをバネにして大きくなれ!そして何年後になるかわからないけど、今回のことが笑い話になるような人間になってくれ!


これが僕に出来る数少ない「父親」の素顔である。


ライヴドアで感じたこと

「なんだか変」と言うのが、僕の本音。

僕も自分の店を出した時には「バブル時代」

その時は「今、株や土地を買わない奴は変人」とまで言われました。

なんせ、その時は年齢の一万倍がボーナス!と言う時代…

例えば、23歳の大卒の始めてのボーナスが23万円!

その時はインテリア雑貨の店を経営していましたが、一回の買い物で数万円なんて、お客さんが多数いらっしゃいました。雑貨ですから普通の客単価は2000円と言われていた時代です。

ですから、来店客数が少なくても客単価が高いので目標は軽く達成しました。


しかし「バブル崩壊」後は…

その時の上得意さんたちはいなくなりました。当時、株や土地を買った友人たちも行方不明に…

結局、世間に振り回されていたのですね。僕は自分の経営哲学のなかに「本業以外で、もうけた金は消えるもの」として考え、株や土地を買わないでプールしておきました。そのおかげで「バブル崩壊後」も、なんとか営業することが出来ました。


今でも考えは変わっていませんが…


得をする人がいれば、その分損をする人もいるわけで、ある経済学者が警鐘的に「ゼロサム理論」を発表していました。つまり「プラスになれば、どこかでマイナスがあり、結果的にゼロの成長である」というものでした。当時はバカにされていたのですが、図星でしたね。


良いことは長く続かない…苦しさを乗り越えてこそ得る「幸せ」


今の自分にも当てはまると思い、苦しい闘病生活のあとには絶対に幸せがくると信じて今日も生きていくつもりです。

最近の楽しみ

それは「ブログ」を書くことです。

最近は病状が悪化して、外出も減りました。去年から今年の初めまでは病状が安定していて、ライヴに行ったり、苦手な電車も克服できたのですが…

ここ一週間は発作の回数が増えて、今では「プチ引きこもり」です。

午前中は完全にゾンビ状態、午後からは多少良くなりますが発作を起こすたびに、行動範囲が狭くなってきました。

発作を起こすと想像以上の体力を消耗します。

そのため以前は睡眠薬が必需品だったのですが、最近は夜も弱くなりました。お酒も飲みたいと思わなくなって(今まで20年以上、酒無しの生活は考えられなかった)寝たきり老人のような生活をしています。


医者の話では…この状態は春まで続くそうなので、冬眠から覚めるのを待つ毎日です。

ちょっと告白(自慢かな?)

実は…数年前にはなんと!


PTA会長!!!

なんて、こともやったことがあります。

子供たちが小学生の時ですが…


当時は「PTA」なんて「教育ばばぁ」や「学校のご機嫌取り集団」と思っていて、全然自分には無関係なものと考えていました。


ところが、ある日「学校で説明会がある」とのこと

元嫁に「たまには学校の様子でも聞いてくれば」との言葉に軽い気持ちで参加しました。

ところが何と!学校の説明会ではなく、学校の隣に高層マンションが建つ!とのこと。しかも、そのマンションが建つと校庭の半分以上&教室の一部が日陰になってしまう!

建築業者は「ちょっと、でかいもの建てるから、工事期間は我慢しろ」みたいな横柄な態度!

さすがに温厚な僕?も「キレて」頭に血が上って、業者に罵声を浴びせた。

近隣の住民も同様に熱くなって、業者に「宣戦布告」をしたのです。

それからは区長室に陳情しに行ったり、教育委員会や各議員に説明したり、「地域連絡会ニュース」を発行して配布したり…と出来るだけのことをして「建設反対運動」の副代表として活動しました。


しかし相手は大手業者(名前を聞けば、知らない人がいないくらい)先手を打たれて、最後にはボロクソに負けてしまいました。学校は住んでいる人がいないので「日照権」がないのです。反対運動をしていても工事は開始され、通学路には大型車が走り回り、学校の前には大型車の排気ガスで霞がかかったようになり、基礎工事の杭打ちでは振動&騒音と教育には「最悪」の状態でした。


そのなかでも僕の怒りに触れたのが当時の「PTA」の行動でした。

最初は僕らと同様に反対運動をしていたのに、いきなり運動を止めたのです。

当時は???だったのですが、後から当時のPTA会長の息子さんが中学の「お受験」で、これ以上反対運動をしていたら「お受験」に差しさわりがあると聞いたのです。


おいおい!なんじゃ?PTAを私物化しとるんか?


実態を知りたくて、あえて副会長になって…唖然…

周りは会長の「イエスマン」ばかり、しかも他の副会長と醜い派閥争い。学校の接待部隊として日々活動していたのであった!これでは組織なんてものじゃない。単なる「ばばぁ」のエゴ大会!


そこで次の年には、僕は会長に立候補したのであった。

小泉改革じゃないけどPTA改革をしなければ!との決意のもとで…

ちなみに当時の僕は金髪&ロン毛&ピアス。背広なんか持っていないからGパンに革ジャン。

今までの臭い伝統を切りまくり、校長室に行く時は「戦闘態勢」、とにかく自分に出来る範囲は全て自分で行動した。卒業式には「イマジン」を歌ったり、エレキ片手にブルーハーツの「夢」なんかを熱唱したりした。

最初はルックスで判断していた父兄も僕に同感してくれて、親父の会を結束して運動会や映画会などを手作りでやってきた。最後は地域の人たちにも協力してもらって活動を広めていった。


しかし、病気は待ってくれなかった…息子の卒業までと思っていたのだが、発作が頻繁に出るので2年間で辞職した。


今となっては良い思い出…ちょっと不完全燃焼だったけど、悔いはない。

会長を辞めて、当時の校長も定年になって…言われた言葉が忘れられない。

「あなたのやることは本当の意味での民主主義でしたね。私は苦労しましたけど…」


ちなみに現会長は、僕が反対運動をした高層マンションに住んでいます。皮肉ですね(^^)

タイトルを変更しました。

今まで「時々バーテンダーの裏話」としていましたが…先日、担当医から「バーテンダーとしての復職は無理」との診断がなされました。

そのために「裏話」は終了させていただき、今後は僕と同じような病気で苦しんでいる方や離婚や育児等に

悩んだり、苦しんでいる方のためにも…完全に僕個人の日記を公開しようと思いました。

今まで読んでくださった方々には申し訳ないのですが、上記の理由のためにご理解のほど、よろしくお願いいたします。


現在は病状悪化のために、無職です。なんとか今までの蓄えと相続でいただいたアパート(築27年、古い!)の家賃で生計を立てています。年老いた母親と思春期を迎えた息子二人と戦争のような毎日を過ごしております。


僕の日記なので本音を書いていこうと思います。気を悪くなされる方もいらっしゃると思いますが、「裸の自分を飾らずに、ありのまま」を書いていこうと思います。

体調により、毎日は更新できないこともございますが、よろしくお願いいたします。


そして…僕のブログを見ていただいて、少しでも読者の方々に力となっていただければ幸いです。

新年って感じがしない…

周りでは「おめでとうコール」で、お正月気分ですが…


僕は自分自身が何を目標にして生きているのか、わからなくなり、困惑しています。

ブログのテーマも変えないと…


まぁ、マイペースで生きて行こうと思います。

気まぐれな更新ですが、よろしくお願いいたします。