りん


          りん、と鳴る
          こころの鈴
          すずやかに
          勇気あれと
          わたしに響く



   → design by  心のイロ、心のカタチ。 

大人になればなるほど、私たちは「勇気」という言葉を使わなく

なっていきます。それは、日々の暮らしに流されていると、とり

たてて勇気を出して何かをしなくても、たいていのことは支障

なく流れるようになっているから。


でも、流されるのではなく、自分の流れをつくるという生き方は

大切。はっきりと、「どこかへ向かって流れていこう」という心を

持っていれば、「勇気」という言葉を使う場面が増えるように思

うのです。


勇気の「ゆ」は夢の「ゆ」。
叶えたい夢を持っている人、進むべき道のある人は、日々、

小さな勇気を試されます。そして、勇気を出して一つひとつの

ステップを越えていかなければ、どんな願いも叶わないことを

知っています。


行動を起こすとき、何かを変えたいとき、勇気が必要なとき─。

心の中には凛とした鈴の音が響きわたります。

迷いや揺れる気持ちをふっきるような「りん」の音は、その音の

数だけ、ぴかぴかの「明日」を運んでくれるような気がします。


だから、小さくても、ささやかでも、夢はたくさんあった方がいい。
勇気はたくさん使ったほうが幸せになれるし、何よりも「りん」の

音は、自分で鳴らさなければ決して鳴らないものだから。


凛々と、すずやかな音色を響かせながら暮らせたら、素敵だと

思いませんか?


ふたり


          ひとりでも

          できること

          ふたりなら

          もっと

          がんばれる



誰かに寄りかかったりせず、一人ですくっと立っている人は

かっこいい。まだ若かった頃は特に、「一人でも平気」という

生き方に憧れていました。


誰かに頼らない、泣き言は言わない、颯爽と生きる。

もちろん心意気は大切です。でも、現実は言葉ほど簡単で

はなくて。人はみな、強い自分と弱い自分をごちゃ混ぜにし

ながら、暮らしているのだと思います。


だから、一人よりも二人。

嬉しいときに一緒に喜んでくれる人、困ったときに一緒に知恵

を絞ってくれる人、荷物を半分持ってくれる人、同じ夢を見て

くれる人。隣にいる人の存在は、いつだって、嬉しくて心強い

ものです。


夫婦、親子、仕事仲間、それからちょっとした愚痴を聞いてく

れる友人も。私たちはみんな、それぞれの場面で、隣にいる

誰かから「大丈夫」の力をもらっているのかもしれません。


一人でできることはたくさんあるけれど─。

二人ならもっと頑張って、もっと心たくましく、いろんなことが

できると思うのです。



花


          心澄ませば
          まいにちは
          ささやかな
          感謝の
          積みかさね



    → design by  心のイロ、心のカタチ。 


生きていくことは、決して楽しいこと、幸せなことばかりでは

ありません。誰だって心の中に小さな心配事を抱えていたり、

ふってわいたようにアクシデントに見舞われることも・・・。


でも、そんなときに大切なのは、それだけで頭をいっぱいに

しないこと。どんなときも、もしかすると大変な状況の中でこそ、

小さな幸せは見つけやすいように思うのです。


道に迷ったとき、壁にぶつかったとき、それらを乗り越えたとき、

周りに目を向けると、そこには必ず誰かの存在があって。

それから、「ありがとう」の言葉があります。


小さな幸せを見つけるために必要なものはたった一つ。
それはシンプルな、たくさんの想いを込めた「ありがとう」。


「ありがとう」をもらったとき、それから「ありがとう」を伝えたとき。
人はみな、毎日が小さな感謝の積み重ねであることに気づくの

かもしれません。


今日、あなたが「ありがとう」を伝えたい人は誰ですか?



はな


          花をかった
          ゆうがた
          ひらり、
          きょうの私を
          飛びこえる


  (collabo-works vol.18)
    → design by  心のイロ、心のカタチ。 


慌しくて、なんとなく気持ちのパサパサした日。
白いおとうふといっしょに、真っ赤なトマトといっしょに、花を
買います。


スーパーの片隅、薄いセロファンに包まれた、なんてことの
ない季節の花。298円とか350円なんてシールのついた花は、

いかにもふだん着の花という感じがして。
それはそれで、結構好きだったりします。


花を買った夕方は、まるで背中に蝶の羽が生えたみたいに、
心がふわふわになって。
いつもの道のいつもの溝を、ひらりと飛びこえたくなったり。
家の前の階段を、2段とばしで駆け上がりたくなったりします。


日々のへこみなんて、小さな花束があればひらりと飛びこえ

られるほど、ちっぽけで。
たいしたことではない、と思えるから不思議です。


夕食の買い物ついでに、仕事帰りに小さな花を買ってみる。
今日のわたしを乗り越えたいときの、おすすめの方法です。

生地  

        この夢は
        やわらかだから
        手の中で
        どんなふうにも
        なれてしまう



焼き上げる前のクッキー生地はやわらかで、ほんのり甘い香りが

漂って。手の上でころころ丸めていると、わけもなく愉しい気分に

なります。


星型にしたり、動物型にしてみたり、自由自在にかたちあるものに

する作業は子どもはもちろん、大人だってウキウキするものです。


カタチにならない未来、実現していない夢も同じこと。
まだまだ未熟だからこそやわらかで、それはきっと、どんなふうに

もなれるはず。

大切なのは、夢の生地をいつもさわっていること、いろんなカタチ

を試してみることかもしれません。


本当に望むことがわからないとき、思い通りに物事が進まないとき。
それでも、自分の夢と呼べるものがあるのなら。
どんなふうにも変化できるように、 "やわらか"であることが大切。

やわらかな夢は、必ずそれぞれのかたちあるものに辿りつくと思う

のです。


放り出して、固くなってしまった夢だってそう。もういちど取り出して、

手の上であたためれば、ちゃんとやわらかくなります。


あきらめないということは、その思いをさわり続けること、願い続ける

心をいつもやわらかにしておくこと、なのかもしれません。