こんばんは、Hareです。

 

以下の記事にて、ブログ開設後、はじめての1位🥇をいただきました。

ありがとうございます!

 

 

Arkセミナーでの学びをまとめた記事でしたが、

この最近一番大きく脱洗脳された内容について書いている記事で1位をいただけたこと、感謝しております。

主に以下の部分です。

 

「情報は共有物」は、私にとっては躓きの岩石を取り払ってくれた言葉です。

すごく大事で、この考え方が入ってドミノ倒しのように変わっていく人も多くいるのではと思っています。

 

(略)

 

相田みつおさんの「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」に対しても、

どこかで、「そんなわけある?本当?」という意識がありました。

 

しかし情報が共有物であるということが腑に落ち、

ビジョンに関しても同じものから掘り出しても減らず、それぞれの人間による違いがでて豊潤になるような感覚が芽生えてきた時、

「物理空間のルールに引っ張られて情報空間も見ている」ことにより、集団主義にピンと来てなかったのか、と気付きました。

 

 

集団主義の有り難い恩恵で直近の例は、

ユウさんの夜会の場での美容のゴール更新があり、次の日、顔付きが(少し中央寄りに)変わっていたこと、

美肌クリームの効き方が一気にレベルアップしたことです。

乾燥していた肌がその場でしっとりしていきました。即効性も上がりました。

 

気の出力が上がったというだけでなく、

過去に知っていたけどあまり使っていなかった知識(物理身体、情報身体、常在細菌叢の三層にそれぞれ流す)が記憶のどこかから現れ、

また、冷静に気を流してフィードバックを取る視点が前より本気になり、試行錯誤の回数が増えました。

 

基準が引き上がること・より本気になること、これは意識ではなく無意識側が決めているということをまた実感しました。

「本当はそんなに細かく観ることができて、結果を出すまで執着することができるのであれば、最初からやってほしい」と思ってしまいます😂

(そんな言葉をかけても無意識は変わらないので、移動のデザインをすることだけが、意識側にできることですね。)

 

夜会という場で情報を浴び続ける内に無意識でホメオスタシスが移動したことは、

明確に「今動いた」と身体の緩みやワクワクした強い反応でわかりますが、

気分としては狐につままれたようです。

 

この感触については先月のプリマヴェーラに参加した時にも以下で記事にしていました。

 

場に同調して引き上げられる時(情報空間の移動時)というのが、

何かしらの言葉を意識的に積み上げてするものではなく、

(言葉がトリガーになっていることはありますが)、

 

無意識が先に移動し、「あ!今、移動した」と身体で感じ取れるようなものであることを、

一日で何度も同調による移動をする中で、忘れられないくらいに刻まれました。

 

 

 

上は集団主義でエフィカシーが上がり、ホメオスタシスに反発されることなく移動できた例ですが、

まさに1位をいただいた記事で書いていたことでした。

 

目の前のワールドを変える必要はなく、材料を追加する必要もなく、エフィカシーを高めればゴールのワールドが見えてくる。

 

(略)

 

集団の場合は場のエフィカシーの影響を受け(一番エフィカシー高い人の方向へ上がっていく)、

上にいる人や上がっていく人をコピーして一緒に上がっていく。

 

 

また、ホメオスタシスに反発されずに書き換える重要なメソッドであるゆでガエルシステムについて、

物理空間は徐々に変化させ、情報空間は一瞬で世界の果てまで到達する、とまといのばで語られています。

 

物理空間は徐々に変化させ、情報空間は素早く極地まで振り切ることです。

 

物理空間はゆでガエルが理想なのです。冷たい水から徐々に熱してゆでガエルにしてしまうというあれです。気づいたら大きな変化を生むようにします。一方で情報空間は徐々にではなく、一瞬で世界の果てまで到達するイメージです。

それでも小さな小さな世界しか動けないのです。小さな世界の小さな井戸の小さな部分が宇宙だと思っているという自覚は必要です。お釈迦様の手どころか、爪の中です。

 

(まといのばブログより)

どれだけ情報空間で移動できたと思っても、

小さな世界の小さな井戸の小さな部分が宇宙だと思っているという自覚は必要です。

とのことなので、

遠慮なく、妄想を暴走させて遠くまで行っていいでしょう。

私たちの想像力はあまりにも貧困であるという前提の下に。

 

 

私もやりがちだったのですが、過去の気功練習会での会話で、

『ゴールが高すぎると臨場感がなくて意味がないと思って、もっとありえそうなゴールにした』

というケースがありました。

実際にはで、ゴールを低くしすぎていて無意識側が達成済みと思っていたり、ワクワクしておらず、

機能していないゴールになっているのかもしれません。

 

 

ある人が「お金があるということは、可能性を広げられるということだ」と言いました。実際に可能性も広がりますし、未来を買うこともできます。健康もかなりの部分をお金で買えますし、知識も同様です(良い教育を受けられます)。

 

でもお金以上に可能性を広げてくれるのは、こうなったら良いなという良い意味での妄想を広げることです。

僕は冗談で「妄想の暴走」と言いますが、まさに妄想を暴走させましょう。

もっともっとはっちゃけて良いのです。もっともっと爆発させて良いのです。

 

 

我々は非常に深い制約の中で生きています。

物理的現実に縛られていますし、養わなければいけない家族や、いまの仕事もあるでしょう。

のんきに夢を見ている暇はないと思うかもしれません。

 

しかし、だからこそ妄想を暴走させましょう。

それは社会的な悪なことでも構わないし、道徳的に悪とされていることでも、倫理的にまずいことでも構わないのです(妄想は)。

どんなことでも良いので風穴が開けば、そこを蟻の一穴として、次々と新しい世界が見えてきます。

 

 

暇はないと思う瞬間にこそ、ゴール設定に時間を注ぎましょう。

 

(まといのばブログより)

 

ゴールは言葉ではなく非言語・イメージ・共感覚で捉えるものでした。

 

 

言語というのは厄介です。

何に取って厄介かと言えば、ゴール設定にとってです。

 

ゴール設定を助けるメンター側として意識したいのは、クライアントなり受講生がなるべく言語抽象度で考えないようにすることです。

 

シンプルに言えば、言葉で考えてはいけないのです。

 

(略)

 

非言語で考えるとは、平たく言えば、イメージで思考すること。思考というより検索に近い感じです。白昼夢を見ているようなものです。もしくは思い出せない何かを思い出そうとしている脳の使い方です。

音楽でも良いですし、香りでも、味でも良いのですが、それを言語をなるべく外して思考するのです。

 

曖昧なることを説明するに一層曖昧なることを以って、未知なるものを説明するに一層未知なるものを以って

 

「いやいや、どんなことを考えても、言語は使うでしょう」と言う人もいますが、音楽を聴く時に言葉を介しているでしょうか?絵画を見る時に、ワインを味わうときに。

それを内省的に観るときには言語化しますが、その前の直接経験は言語は存在しません。

 

 

 

>非言語で考えるとは、平たく言えば、イメージで思考すること。思考というより検索に近い感じです。白昼夢を見ているようなものです。もしくは思い出せない何かを思い出そうとしている脳の使い方です。

 

私はこの部分でかなり躓きました。

 

思い出そうとしている脳の使い方? 検索? イメージで思考? と。

 

 

この情報空間での移動の感覚は、入試のために勉強している受験生が、多くの人が臨場感を持って感触を掴みやすい秀麗なものだと思ってます。

以下、まといのばから引用します。

 

我々は物理空間にいるように思っていますが、物理空間以上に情報空間にいます(物理空間もまた情報空間なのですが、いわゆる目の前の物理的現実世界を物理空間と呼び、未来であったり頭の中にしかない情報を情報空間と考えます)。

 

たとえば試験は目の前にないにもかかわらず、期末試験のために勉強している学生は物理空間以上に情報空間に存在しています。

来年の入学試験のために勉強している受験生は、いま自分がいる物理空間以上に時間を移動したまだ可能性にすぎない情報空間に高い臨場感を持っています。

 

僕らはこれを単に思い出しているだけだと考えていますが、実際は情報空間を移動しています(まあ「実際は」と言っても定義の問題なのですが、、でも「移動」にこだわる理由があります)。

(まといのばより)

>来年の入学試験のために勉強している受験生は、いま自分がいる物理空間以上に時間を移動したまだ可能性にすぎない情報空間に高い臨場感を持っています。

 

未来の入学試験は、五感で味わっているはずです。座って試験開始を待っている、など。

臨場感がなければ、勉強という行動に無意識が動いてくれるはずもありません。

 

未来の入学試験について思いを馳せる時、脳はイメージで思考をしています。

私の場合の体感は、頭の中心より明確に右脳側に血流が集まり、上にトントンと扉を叩くような感触があります。

 

その脳の使い方の感触で、存在しない未来の記憶を思い出しに行くことです。

 

非言語での思考が出来ている時、五感のどこかに変化が出ます。

嬉しいワクワクする情報場に移動したならば、一瞬身体が緩むはずです。

 

 

この感覚は、『リニューアルOnLineMenTor2期 3−1Visionを観る身体』を受け、

気功技術『鵺』『unknown』を使うようになるまで、全く理解していなかったと言っても過言ではありません。

 

以下はそのことを書いていた部分を引用してきました。

 

気功技術『鵺(ぬえ)』はリニューアルOnline Mentorの中で伝授を受けた技術で、

自分のゴールがわかっていなくても、言語化できていなくても、

ゴールという超情報場に出会った時の感触を味合うことができます。

 

そのことにより、脳内で無限増殖される「これってゴール?」「いやもっと建前を取り払ったものでは」「怖くてヒリヒリするもの?」という言葉のゲームから逃れることができます。

身体でゴールと出会った時の感触(とても【深く】緩む)が分かるので、方針が明確になります。

 

僕はこの技術と出会うまで、ゴールを言葉のレベルでこねくり回してばかりでしたが、

鵺によって、ゴールとの姿勢が変わりました。

 

 

 

そして、ゴール設定ができたら、今度はどんどん解像度を上げていきましょう。

 

 

「ペットが欲しいです」

 

「どのようなペットをお探しですか?」

「えっと、、、、哺乳類が良いです」

 

 

何の話かと言えば、ゴールの話です。

 

(略)

 

どんなペットが欲しいと聞かれて、「哺乳類」と答えてはいけないということです。

いや、哺乳類と答えたとしても、どんな哺乳類と聞かれて、犬なり猫なり豚なり、それがドーベルマンなのかチワワなのか、アメリカンショートヘアなのかを決めていかないといけません。

 

それを最近は「ゴールの解像度」と言っています。ゴールの解像度を上げていく、と。

 

(略)

 

「良いヒーラーになりたい!」というのは「次にペットとして欲しいのは哺乳類!」というくらいに悪い意味で抽象度が高いのです。

 

だからこそ、次々と自分に質問を投げかけながら、解像度を上げていきたいのです。

 

ヒーラーってなに?

良いってどういうこと?

どんな人にヒーリングをしたい?
どんなヒーリングがしたい?
何を専門にする?
どこでヒーリングしている?
それは整体なの?オイルなの?コーチングなの?
遠隔?対面?

 

などなどです。

「どんな人にヒーリングしたい?」と聞くと「自分のように困っている人に適切な情報を伝えた上げたい」などと答える人も多いのですが、これまが「次にペットとして欲しいのは生命」と言っているくらいに解像度がぼやけています。

この解像度についても、イメージで探していきます。

 

私の体感の話をすると、

ワクワクする方向を探しに行くと楽しくなって無意識が前のめりになり、芋づる式に出て来やすいです。

また脳内を探すだけでなく、物理空間を通してリアルの場に参加したり、インターネット上で他者の情報宇宙に触れて「こういうかんじ!」というものを探しに行ってます。

(私はゴール設定や更新を自分の脳内知識でだけ検索するものだと思い込んでいたことがありました。)

 

 

ということで、ゴール設定、楽しんでいきましょう。

新たなコンテンツのゴールを設定するだけでなく(オラクルを掴んで目についたものを片っ端からしてもいいですね)、

解像度を上げていけば、その次のゴールも見えていきます。

 

毎朝、ゴール設定をするたびに、「あなたは今そこにいた」のです。

成功の喝采を浴び、夢を叶えた興奮と感動を静かに味わっているのです。

そしてそれは情報空間の移動なのです。

 

個人でももちろんのこと、

ヒーラー同士の場で好きなことややりたいことについて熱量高く話している中で、

楽しくゴール設定していきましょう!

 

 

 

なんだか、ゴール設定についてまとめる記事になりました。

元々の予定では、自我を観ている視点、自我を観ていて動かせる視点の話をしようかと思っていました。

 

一旦ここで締めます。

ありがとうございました。

 

Hare

 

 

 

 自我を観ている視点について

 

少し書きます。

 

理想になるには意識状態が大事、という話は去年のプリマヴェーラで、意識状態の階層性の講義や気功技術『虚空』で学び、実装していっています。

 
  • 意識状態は「鼻の頭を指摘される」くらいですぐ動く、移り変わる。(変性意識)
  • 深いだけでなく、研ぎ澄まされたトランスに入る。
  • 意識状態は広くて自力では見つからない。理想の人の意識状態を取り入れる。
  • 気功技術としての『虚空』(一体化、自分と相手の境目がなくなる)

(12月ではなく初回のプリマヴェーラ)

 

ロールモデルへの同調をカジュアルにやるようになってきているからか、

自我を観ている視点が、宇宙を眺めている自我自体と一体化されていた状態から、分離されてきています。

 

自我が現状に来たり、未来のある一点(理想の自分であったりロールモデルにしている人の観ている世界)に移動したりを繰り返していると、その両方を俯瞰して観ている視点の存在感が増してきました。

 

 

未来にいってその自我が重要度高く観ているものを脳がシミュレーションしたり(脳への負荷が高くてすぐ眠くなるので鍛えたい)、

未来から現状に戻ってきて「わ!この身体使いにくすぎる!劣悪な環境も嫌だ」と驚いたり、

そういう行き来を繰り返しているわけです。

 

そうなると、移動ごとに環境も変わり、要請される身体の状態も頭の良さも変わり、持っている記憶も変わります。

何が現実なのか、という気にもなってきて(実際に可能世界しかないわけですが)、

自我が自分ではないという感覚になり、分離されてきました。

移動する自我を観ている視点こそが自分というような感覚です。

 

上記は感覚ベースの話が強くなっていますが、利点はありまして、

外にある視点から観ていると(今のところ第8チャクラの位置に『点』を置いています。)、

自分の身体や心に対してと、環境に対してが、等価なものと認識され、

(自我によるスコトーマが減ったと認識しています)

身体や心も使役対象として扱いやすくなり、気功がやりやすくなっています。(それも圧倒的に)

 

自分の身体や脳をどこか特別なものと観ていたのかもしれません。

もちろん、身体を使ってでしか宇宙を認識できないわけですから、働きかけ対象を自分の身体とした時に、働きかけをするのも自分の身体、そのフィードバックを取るのも自分の身体で、やりにくさも残っています。

 

『オーセンティックコーチング2026』での自我の形式的定義(2つの自我と統合)に照らして理論からも理解を深めねばと思いつつ、

今夜はここで筆を置かせていただきます。

 

Hare

 

 

 

 初の1位お祝いの御礼

多くの方に声をかけて頂き、嬉しかったです。

改めて、ありがとうございます!

 

ブログの記事ランキングで1位を取るというサブゴールが達成されました。

系が変わった実感があります。

ブログのあり方もその写像として変わっていくかと思いますが、

今後もよろしくお願いいたします。

 

・気功とヒーリングの良さを発信する

・学びの過程や成長、挑戦をシェアする

ことは基本として続けていきますが、

 

これだけ多くの場・集団に引っ張ってもらっているので、

私自身、この場のエネルギーをまとめること、集団主義化に力を入れていきたいと思います。

 

 

下はRay先生によるコラージュです!

いつもありがとうございます!

 

 

 

いくこさん、セラピストグループでもいつもありがとうございます!

 

 

 

 イベント紹介

 

NYファッションウイークに先駆け、

2/6 KAZUMAさんとMANAMIさんが品川のランウェイで歩き、歌うそうです!

 

私もVIP席にて観覧します!

私にとって現状の外のことなので、そこの場に同調しにいきます!

楽しみです!

 

 楽曲紹介

『ちゃんみな』さんの『ハレンチ』

 

ダウナーな曲調にセクシーな歌い方、いいですね。

とある仲間のオープンマイクデビューで歌われるのでは、と、(勝手に)伏線を張っておきます。