Hareです。
シュンさんのYouTubeチャンネル『シュン開運塾』に目を見開くようなタイトルの動画が出ていて驚きました。
動画名は、
『すべてを失うことになりました。今まで本当にありがとうございました。』
以下は動画のネタバレ含まれます。
(まだ動画が残っている時間軸に居る方は、シュンさんとKAZUMAさんの肉声で臨場感を得ることをオススメです)
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なんと、
シュンさんがある事情で、今までのYouTubeチャンネルやオンラインサロンを全て手放すとのことです😳😳
YouTubeチャンネルは登録者数6万人を越え、気功師・ヒーラーの中で一番ブランディングに成功しているといっても過言ではないと想うので、衝撃的です。
私たち、まといのばの大樹に連なるヒーラーにとっては
「アパテイア」
「何も失ってはいません」
「奪われるかもしれないものは自分のものだとは考えない」
は実装済みまたは実装を目指しているものかと思います。
以下、まといのばブログよりの引用です。
昨日開講した「開運と金運の科学」では冒頭にこのセネカを紹介しました。
(いや、より正確にはブラック・スワンのナシーム・ニコラス・タレブの『強さと脆さ』より引用しました)
セネカは『書簡集第Ⅳ書』でこんな話を書いている。スティルポーンの国が、攻城王と呼ばれたデーメートリオスに占領された。スティルポーンの妻子は殺された。どんなものを失ったかと問われたスティルポーンはこう答えた。Nihil Perditi 何も失ってはいません。Omnia mea mecum sunt! 私のものはすべて私の中にあります。
国王であったのに、国を滅ぼされ、妻子を殺されたスティルポーンに、「あなたはどんなものを失ったのですか?」と残酷な質問がなされます。
それに対して、スティルポーンはこう答えます。
何も失ってはいません。
私のものはすべて私の中にあります。
と。
ストア派の用語で言えば、アパティアです。
(ἀπάθεια/apatheiaとは、pathos(情動)の否定です。まさにストイックw)
これを言い換えて、タレブいわく「彼は奪われるかもしれないものは自分のものだとは考えない」と言います。
奪われるかもしれないもの、失うかもしれないものは自分のものでは無いのです。
(まといのばブログより)
とはいっても、何年も手をかけてきたものを手放す事態が実際に来た時、
「何も失ってはいません」と言えるのか、私は自信ないです。
(私は過去に会社を手放した時、けっこうな期間引き摺ってしまいました。でも今なら頼れる先生も先輩も仲間もいるので引きずらない、かも。)
ただ、そういう時に誰に言葉をかけてもらえるかは重要だなと思ってます。
動画の中で語られていた、Dr.Tに直接「また始めればいい」と言葉を頂いたエピソードは感動しました。
全ては過去のコンテンツである、と。
短い言葉に多くの情報が乗っているのが伝わってきます。
そして、転生し、新しく作っていくとのことです㊗️🎉
また、新しいオンラインサロンの名前をドクターに名付け(Naming)してもらったことも凄すぎます!
『空(Sunya・スンヤ)』と Shunさんの名前で『空也(Shunya)』は、オシャレですし、生まれた時から約束されたエネルギーが凄まじいですね。
新しい門出、おめでとうございます!
新しいオンラインサロン、新しいYouTubeチャンネルも応援します!
動画の終盤で、
ドクター → シュンさん → KAZUMAさん とオラクルが伝わっていくのも面白かったです。
オラクルの伝達の様子をその場で観ることが出来ました🙌
シュンさんが行かれるブッダガヤ(釈迦が悟りを開いた地)、チベット仏教の僧侶との密教合宿、面白そうです。
私はブッダガヤには観光でしか行ったことがないので羨ましいです。
↓ ブッダガヤのマハーボディ寺院。
(ブッダ悟りの聖地ブッダガヤのマハーボディー寺院(大菩提寺)を訪ねてより画像を拝借しました)
マハーボディ寺院は、沢山の人が中で敷物を敷いてお経を唱えたり五体投地をしているのが印象的でした。それも何時間も。
場のエネルギーが強く、気持ちよく、いつまででも居たいと思ったことを覚えています。
(内部での撮影が禁止でシェアできないことが残念です。凄い光景で、今も脳裏に焼き付いています)
懐かしさを覚え、インドに仏教の聖地巡りに行った時の写真を探してきました。
是非、写真から気を受け取って下さい。
下はラージギルの霊鷲山
この鷲の岩、かっこいいですよね。
猿(ハヌマーンの眷属)もたくさんいました。
ハヌマーンについてはまといのばブログを。
霊鷲山は、釈迦が悟った後、修行の場であった
無量寿経(浄土真宗で大事なお経)、法華経(日蓮宗で大事なお経)が説かれたとか。
以下は悟る前に苦行(6年の断食)をした洞窟(前正覚山)です。
↓ 洞窟
↓ がりがり(骨と皮だけ)になっている釈迦
↓ ここにもハヌマーンの眷属のお猿様
私たちも、これから何度も大事なものを手放す事態に直面するでしょうが、
仲間が直面する様子を一緒に体験し、むしろ「未来からすれば良かった」という確信の臨場感が共有され、
乗り越えられるのでは、と思います。
一人でなければ。
以上です。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
Hare❄️✨
MANAMIさん初ワンマンライブ👏
とうとう明日(今日)です!
まなみさんとは、去年12月のバースデー・プリマヴェーラの準備と打ち上げの際に初めてお話できました。
初のワンマンライブおめでとうございます!
ブログ紹介:Xtraordinary G〇〇〇○
Y先生のブログでXGの魅力と面白い話が語られておりました。
最初から世界公演をしてCoachellaにまで出て凄い展開をしていますが、「イメージ通り」でしかないというハイエフィカシーも同調したいところでありますが、
改名の話も面白いです。
そして、2回目のワールドツアーを控えた前日、グループ名の改名が発表されまして。
今まではXGとは「Xtraordinary Girls」の略だったのが、「Xtraordinary Genes」となり、「女の子たち」から「遺伝子たち」と大幅に抽象度が上がっております。
(Dr.Yの雑談室より)
そして、遺伝子の話からT理論の話が展開され、私たちゴールに生きるものにとってのXGにオチていくのが、小気味良いです。
そうなると、遺伝子というものにその個体の究極の"want to"すなわちゴールが刻印されていて、真の英才教育とは、その個体が秀でている遺伝子すなわち「能力の輪」を発現するのに理想的な環境を整えること、その発現を妨げる要素つまり"have to"を取り除くことに尽きるということになります。
我々はゴールを達成した「未来の自分」からのオラクルを受けて抽象度の階段を上がっていくわけですが、その未来の自分という存在が、生まれる前から決まっている遺伝子が完璧に発現した姿だというのがなんとも時間が未来から流れているめくるめく感覚に襲われて心地よいです。
未来の自分が自分の遺伝子を生まれる前の自分のためにデザインしているとすれば我々は全員デザイナーベビーということになり各々が各々のゴールに即して優生学を実践していることになるわけです。
XGは"Xtraordinary G〇〇〇○"の略だと考えることもできそうです。
(〇〇〇○は引用者が伏せ字にしました。答えはY先生のブログへ)
文章力、論理性、読ませる力に脱帽しております🙇













