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ンゴロンゴロより

土曜夕刻にタンザニア・ンゴロンゴロ(Ngorongoro)からナイロビに帰着。だから正確には「ンゴロンゴロより」ではなく、「ナイロビより」なのだが、まっ、いいでしょう。


アフリカ全体の地図を見ていただきたい。エチオピアの東、紅海に面したジブチから南へ走る大地溝帯(グレートリフトバレー)はケニア・タンザニアの国土を二つに切り裂いてマラウィ湖を経てモザンビークへ達する。

ナイロビ-ナマンガ(ケニア‐タンザニア国境)-アルーシャ街道は大地溝帯の東側台地の上を走るが、アルーシャからドドマへ向かうルートを辿ると大地溝帯の底へ向かって少しずつ降りて行き、底に着いたあたりで右(西)へ折れると、「木登りライオンhttp://paulgross.com/tanzania/manyara.htm 」で知られるLake Manyaraが見えてくる。

底地を横切り大地溝帯の反対側へ登りつめ高地をンゴロンゴロ方面へ進み、ンゴロンゴロの山波が近づいたあたりで左(南)へ折れラフ・ロードを走り続けンゴロンゴロの南東斜面に広がる農園に到着する。

ンゴロンゴロ国立公園は噴火口カルデラの内側の底に多くの野生動物が生息し、そこだけで食物連鎖が完結していると言われ世界自然遺産にも認定されているところで、タンザニアNo.1の観光地なっているが、われわれの目的地はそのカルデラの南東の外側斜面に広がる広大なコーヒーを中心とした複合農園である。


朝の南東方向の空は、4-5月の雨季に雨が降らなかったので黄砂のモヤが続き、地平線は判別できず天と地が遠いモヤの中で渾然一体となっている。鳥のさえずりも聞こえない完璧な静寂のなかで昔よく聞いた「ママ・ウドンゴ(母なる大地)」のリズムが耳鳴りのように聞こえたように錯覚する。懐かしく、いい光景だ。


いろいろと得るものが多かったサファリだった。時間はかかるが次の仕込みをしっかりと考えたい。


明日朝は7:30のフライトで南アへ向かうので、ホテルを5:00には出る予定。

下肢のジンジンは、依然続く。

ナイロビより 6

アフリカ人はちっと生活が安定して食べる心配がなくなるととたんに太りだすのをよく見かける。財をなしある程度社会的地位を得た人はでっぷりしている人が多いが、彼らの多くが痛風か糖尿病を持病として抱えている。

痛風や糖尿病というのは贅沢病と言われ、高価でおいしい食材を多く食べるとかかる病気ということでそう呼ばれる。痛風は英語で「Gout」というが、ある人いわく痛風には「Richmen's Gout(金持ちの痛風)」と「Poormen's Gout(貧乏人の痛風)」の2種類あり、霜降り牛肉・フェアグラ・キャビアなどを食べ過ぎて罹るのがRichmen's Gout。そしてホルモン焼き・レバ刺し・イワシの内臓などが原因となるのがPoormen's Goutということになる。


ニャマ・チョマ(焼肉)を食べに行って肉を注文するのは普通のプロセスだけれど、その際「Una Mutura?」あるいは「Mutura iko?」と聞く。どちらも「Muturaはあるか?」という意味で、この質問を外人が発すると相手の表情が「オヌシ、只者ではないな!」となる。

Muturaというのはキクユ語でヤギの腸詰のことでスワヒリ語ではMatumboとなる。彼らの肉のランキングは、下位から上位へ、鶏・豚・牛・ヤギとなりニャマ・チョマというば普通はヤギ肉の焼き肉をさし、その中でも心臓の血を詰めて血管を爪楊枝でふさいだ「心臓サラミ」、小腸をさっと洗ってレバー他の内臓細切れを詰めたのが「Mutura」。ちなみに、ヤギのぽろぽろウンコが外界へ排出される直前のものをそのまま焼いた「Mara」というものもある。とにかく、ムトゥラはみんなの一番の好物なのだ。

驚くことはない。ライオンなどの肉食動物が狩りをして一番最初に食べるのは草が半分消化し掛った草食動物の小腸で、その他の臓物がその次で最後が筋肉なのはご存じだろう。だから、ライオンは草食動物でという人もいるくらいだ。ん?いないか。


ケニアに来たばかりのころはこの独特の匂いのMuturaは食べられなかったが、そのうち病みつきになった。クサヤやドリアンなどで似た経験をする人がいるようなものか。

一昨日のニャマ・チョマでのれを食べながらビールをグビグヒやったらテキメンで、ふくらはぎからくるぶしにかけての下肢がジンジンし出している。痛風近しのサインだ。やばい!


さて、これからタンザニアへ向けて出発だけど、足のジンジンが気にかかる。

ナイロビから 5

Athi Riverへ行って来た。Athi Riverというのは川の名前だけど、ここで云っているのはその川の名が町の名前になっているところで、ナイロビからモンバサ街道を進みジョモケニアッタ空港を過ぎて15kmほど行ったところで、モンバサ街道からタンザニア・キリマンジャロの方へ向かうナマンガ街道が分岐するところにある町のことである。

4社のセメント会社の工場が集中し、Kenya Meat Commission(KMC)というナイロビ最大の屠殺・食肉処理場もある。郊外へ拡張し続けるナイロビの中でも新興住宅地などの開発がさかんなところだ。

途中、右手にNairobi National Parkをフェンス越しに見ながら進んで行ったがが、聞いていた通り4-5月の大雨期に雨が降らなかったとかで、茶色を越してどす黒く広がるサバンナが続いていた。


現行の電力供給制限はもちろんMasinga DamというThikaの北東にあるダムの水量が少なくなってケニア最大の水力発電所で十分な発電ができないという理由で説明されているが、それは本当だけれどその対処方法があり、モンバサの火力発電所の発電量を最大まで上げる、ウガンダからの買電量を増やす、そして、Zambiaから緊急売電をやる、ということをすれば電力需要は賄える。

しかし、給水制限は難しいだろう。ホテルはどこでも専用井戸を所有しているので宿泊客が水不足を経験することはないが、一般住民は大変みたいだ。


毎年7月はマサイマラのヌーの大移動イベントが観光客を引き付けるが、今年はマラ川の水が少なくチョロチョロの流れだったそうだ。それでもヌーはタンザニア側の集結して気分に盛り上げていざ川渡りとなったがみんなトボトボとあっという間にこちら側に渡って来たという話を聞いた。

とにかく、パサパサに乾燥している。そして土ホコリが舞い上がりぼんやりと霧がかかったようになっている。ひと雨来ればきりっと澄んだ空気になるのだけれど、なんとなくうっとうしい。


一気に話題は変わるが、開高健が、日本にいると慢性精神性下痢でトイレに頻繁に行っていたのが、いったん釣り紀行などで海外に出かけると見違えるような元気なウンコがが出るというようなことをいろいろな所に書いていたが、それが実感としてよく分かる。アフリカに来ると元気なウンコが出る。ナイロビに来て水あたりをしてお腹をこわす人がいるが、これは「Welcome Bowel(腸の歓迎)」と言われよくあることらしいがそういうのが全くない。

これでウォッシュレットがあれば言うことなしなのだけれど、、。