Hardnutのブログ -83ページ目

有・酔っ払い運転免許

昨日の「One for the Road」の直訳は「道路のために一つ」となるが、これは何人かで酒を飲んでいて切り上げる際の「さっ、帰ろうかな」などと言ったときに、「まぁまぁ、いいじゃないかもう一杯」と言って勧めるときの常套句で、「じゃ、最後にもう一杯、帰路の安全を願って一献」という意味合いがある。英語だから英国式で旧英国植民地のケニアなどでも普通に使われる言い方だ。


英国式と言えば「割り勘」も、たとえばゴルフのラウンドの後で4人で19番ホールとなるとひとりが全員に飲み物を振舞い、その次は別の人が全員に振舞うという輪番で飲み物の注文と勘定の仕方をする。ウェイター/ウェイトレスを呼んで「A round, please!」といえばそれでOK。


日本式の総額を頭割りにするのはダッチ・アカウント(オランダ式勘定)といい、英国系はこれを好まない。

もっとシビアなのがあったのを思い出した。ドイツ式である。自分で飲み食いした分はそれぞれが自分で払う。何人で行ってもそう云う割り勘というかバラ勘がある。だから、ドイツへ行って挨拶の次に覚えたドイツ語の単語は飲食の会計のときでどこでも「Zusammen oder getrennt?」と聞かれる。Zusammen(一緒ですか) Oder(or) getrennt(別々)? という意味である。別々と言ったらたとえ二人だろうと10人だろうとウェイター/ウェイトレスはでかい財布を出してそれぞれの金額をテキパキと計算し個々の会計を済ませる。


そんなことばかりやっていたので飲酒のあとでもクルマを運転するのは当たり前で、かなり酩酊状態でも運転していたものだから変な自信がついてしまい、もし日本でいつもクルマがないと生活が出来ないような環境になったら飲酒運転をするに決まっているので日本では運転はしないことにしている。


ダイアナ妃が亡くなったとき、運転手は許容量の倍のワインを飲んでいたと報道された。どのくらい飲んでいたのかと思ったらボトル1本半のワインとのことで、と云うことは彼の国ではボトル4分の3はOKということらしい。

ドイツでもグラス2杯程度のビールはOKと聞いていた。ケニアはたとえ検問で引っかかっても血中アルコール量は測れなてからどんなに酔っていても「シラフです」と押し通せと言われていた。検問で止められたことはないけれど。



One for the road !

住んでいるのが都内なのでクルマの必要もなく興味のないが、今、公共交通機関が壊滅状態の日本の地方で暮らそうとするとクルマなしの生活は考えられない。

アフリカでは公共交通機関が未発達ということ以外に治安の問題で街を歩けないということにもなり、それなりに普通に生活しようとすればクルマはやはり必需品となる。

むかし、初めてケニアへ行ったときには学校所有の60年代のオペルを預かって乗っていたが、スターターが壊れていてほとんど押しがけをしていたりして、必要に迫られてメカにも明るくなった。当時のケニアの道路は今と同じく穴ボコだらけだった。だから80年代後半に行ったジンバブェや90年代初めて行った南アは「ここも同じアフリカか」と思うほど立派な道路だった。


2001年にドイツへ暮らし始めたときには、日本車の方がよかったけれどドイツへ敬意を表してVWを購入した。

アウトバーンをアフリカの道路と比較しようなどとハナから思ってはいなかったけれど、日本の高速道路と比較すれば走り易さもそうだけれど、日本の高速が有料であること、それもめちゃくちゃ高額なのをあらためて思い知らされた。

だから、昨年国内の高速料金が週末1000円になったときは当然と思ったが、テレビのニュースで観ていたら週末にはいたるところで渋滞になり、「数百キロ走ってxxへラーメンを食べに行きました」などというインタビューを観たりすると、この御時世にこう云う人たちの為に高速料金を下げたり更に無料にしたりというのはどうなんだろうと思った。


道路行政に関する面白い本を読んだ。

『道路整備事業の大罪』、服部圭郎著、洋泉社、新書\760。

いわく、「自動車が主役の街は衰退する。道路先進国となった今も止まらない道路整備事業。だが道路が地方を豊かにする時代は終わっている、、、」。白眉。数値・実例などで明解な論理を展開する内容は刺激的過ぎて、大手出版社が手掛けられらなかったから聞いたこともない小さな出版社からの出版かと邪推した。

水、凍みる。

きょうの新聞に2022年から2030年の間にキリマンジャロの雪が完全に消失するという記事があったけれど、これはもう随分前から言われていたので何で今更という気がしないでもない。


今から30年前のサントリービールのTV・CMで、白銀の雄大なキリマンジャロを背景に牙の立派な雄象の前でビールのジョッキを空ける日本人青年の映像にアリス(谷村新司単独?)の曲がかぶさるというのがあったが、あの頃のキリマンジャロの雪渓は確かに今よりも大きな広がりがあった。


2-3年前、時期としては2月だったが、ナイロビからマラウィの商都ブランタイアへ向かった際、マラウィ航空の便はナイロビから一旦ダルエスに寄ってブランタイアへ向かうと言うルートでキリマンジャロを右下の眺めながらの飛行だった。山頂がきれいに見渡せたが、その時はほとんど雪は無く、30年前の光景とあまりに違っていたのでショックだった。雪渓は季節により変化するが、今では、南半球が夏になる2-3月はほとんど雪は見られなくなってしまうらしい。


キリマンジャロとは全く関係ないが、国内でももう雪の便りを聞く季節のなったのかと時間経過の速さに戸惑う。

自宅の浴室で入浴・シャワーということがほとんど無く、もっぱら徒歩1分の距離にあるスポーツジムの大浴場を使っている。ジムだから勿論いろいろな運動器具やエアロビのスタジオ、プール、ゴルフ打撃練習場というのがあるが、最近は風呂へ直行し、足湯・サウナ・洗い場・大浴場・水風呂というルーティンをこなす。

水風呂は水道水なので外気温の影響の受け、春先は「水ぬるむ」という季語が実感でき、夏場は水風呂というよりはぬるま湯のようで秋の深まりとともにこの時期になると「水ぬるむ」の真逆の水の冷たさを感じる。これが更に寒くなる冬至と立春の間は冷た過ぎるので水風呂はパスすることが多くなる。

当たり前のように季節が移り変わっていくので、キリマンジャロの雪渓のこととかを思い浮かべない限り地球温暖化などと言われるけれてもピンとこない。