アンカレッジ空港の立食いうどん
きのうは大阪・名古屋へ日帰り出張。
名古屋へ行くたびに新幹線ホームにある立ち食いのきし麺のスタンドが気になり、一度あそこできし麺を食べてみたい思いながらまだ叶えられずにいる。
そして、あのきし麺スタンドを見るたびに、むかしアンカレッジ空港にあったうどん・そばのスタンドを思い出す。
ロシアがまだソビエトだった頃、北回り欧州便はソビエト上空を通過できなかったので北極の上を飛んでアラスカのアンカレッジで給油をした。ゴルバチョフになってから東西融和が進みソビエトの末期の方では直行便になっていたと記憶するが、1986年頃まではアンカレッジに寄っていた。
アンカレッジ空港には免税店と並んで、国内で普通に見かけるようなうどん・そばのスタンドがあって近寄ると和風出汁のいい香りがして食欲をそそり、日本人の出張者と思しき人たちでいつも混んでいた。
一度あそこで天ぷらうどんを食べてみたいといつも思っていたが、ソ連が崩壊してアンカレッジを通過することは無くなってしまった。
11月9日がベルリンの壁崩壊から20年ということで、先週・先々週あたりの新聞などでは特集記事も随分目に付いた。
あれから20年か。
「アフリカらしい」ということ
またしてもペンキ画ティカガティンガについて。
1960年代にまだ存命だったピカソがティンガティンガの絵を見て絶賛したという話を聞いたが、本当の話だろうと思う。初めて見たら誰だって引き込まれる迫力と魅力がある。あのプリミティブとも稚拙とも見てとれるカラフルなデフォルメなどは何とも言えない魅力あり、これが彼らの魂の表現かと感動する。
モダン・マコンデにも同様のことが言える。
人を引きつけ人気が出てきて、それに「ピカソも絶賛した」というコピーが付くと商売に目ざとい彼らの商魂がもこもこと膨らんできても不思議ではない。
それでどう云う傾向の作品が好まれるかのマーケット・リサーチが行われ売れ筋がせっせと作られることになる。
モダン・マコンデには露骨にデフォルメされた男根崇拝のような下品な作品はかつてはなかった。作者の意図を聞いたことはないが、たぶんそう云う作風を喜ぶバイヤーがいるから作られるのだろう。
ティンガティンガもマコンデも、作品をひとつふたつと見ている分には迫り来るものとファンキーな魅力があるのだが、数を見れば見るほど魅力が薄れてしまう。
アフリカ大陸全体のほとんどのアフリカ人たちはアフリカを意識しないで普通に日々生活しているが、時に外から来る人たちが何か特別なアフリカらしいものを期待して、もっとプリミティブな筈、もっと原色ギラギラの筈とアフリカらしいものを求める結果、どんどんプリミティブにどんどん露骨になっているのかも知れない。
マコンデ彫刻のこと
マコンデのことを述べたので、その続きを。
タンザニア南部に住むマコンデ族にとっての霊木・黒檀に家族伝承など彫っていて、黒檀の丸太(円柱)に多くの人物・動物・精霊などを彫りつけ、これがファミリー・マコンデと呼ばれる。 文字を持たなかった人たちが家族の古い言い伝えを木彫りのして残していたのは、北米先住民(インディアン)のトーテムポールと同じ意味合いを持っている。
伝統的なファミリー・マコンデとは別に、デフォルメされた人物・動物やカメレオン、さらに精霊(悪魔=
Shetani)というものもあり、これがモダン・マコンデと呼ばれるもの。
訪れたことはないし、どなたが運営しているか知らないが、日本にも「マコンデ美術館」というのが伊勢志摩のほうにあるようだ(http://www.media-japan.co.jp/makonde/menu.htm )。
ケニアの木彫りは、ナイロビの南東約60kmのカンバ族の中心地Machakosという町からさらにKitui方面へ30km程行ったところにMamunyuという村があり、かつてはここがケニアの木彫り細工の中心地だった。
この村の出身者たちがナイロビの下町、カントリーバスステーション近くのKikombaあたりでも観光土産用の木彫りを作っている。土産品の需要があるので、最近はキクユ族の人たちもかなりいるようだ。
いずれにしても、ケニアには黒檀がほとんどないのでローズウッドと呼ばれる堅い木を使い、黒い靴墨で仕上げる。
ティンガティンガ派の絵画同様、最初に見たときは度肝を抜かれるような衝撃を受けるのだが、作品を多く見て行くと 「これは彼らの霊魂の吐露か、それとも商魂の発露か」 とちょっといぶかしくなってくる。
アフリカ的なものを殊更強調するのがウザく思えてくるのだか、、、。