バグダットの売春宿
「ジャパン アズ ナンバー3」などという新聞記事があったが、過去40年以上にわたってGDP世界第2位の日本が、今年中国に抜かれて3位になるということで、さぁ、どうしようと云う趣旨の記事らしい。でも、別に取り立ててどうこうと云うことでもないと思うのだが。むしろ、日本の10倍以上の人口を有し、あれだけの広大な国土の国がやっと日本に追いついたと云うことは、むしろ、あらためてこの日本と云う国と日本人ってスゴイなぁと思う。
昨年11月に上海を訪れて、クルマで蘇州の方へ行った。あの高層ビル群の上海中心街から30分ほど高速道路を走ると、まわりは稲刈りが済んでばかりの水田が延々と続いていた。中心からたったの30分の上海の郊外で、だ。
もう30年近くも前の話。
ケニア在住のインド人、ターバンを巻いたシーク族の知人が、日本で開催されたライオンズ・クラブの国際大会で日本を訪れた。メインの会場は箱根とかで、その後、観光で京都へ新幹線で移動した。東京駅を出発して新幹線がいろよいよいスピードをあげるが、外の景色には家並みが続く。「東京と云うのはやっぱり大都会なんだなぁ」と思っていたら京都に着いたということだった。ケニアに限らず欧州でも米国でも、ひとつの街を過ぎたら田園風景だったり原野だったりというのが普通だから、人家の途切れることがない太平洋ベルト地帯は驚きだったのだろう。
中国で今後開発が進んで、主要幹線に沿って家並みが続くという光景が出現するのだろうか。
「中東もアフリカも自分の庭にしてしまう中国」という記事を見かけたが http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2516 、中国人の行動パターンはその記事で述べられている通りと思う。
国外へ出ていく中国人は、三刀一娼と云って、男は料理人(包丁)か仕立て屋(ハサミ)か床屋(剃刀)で生計を立て、女性は売春婦になってでも生き延び、そして子弟の教育に投資し、その後は第二世代がその地で確たる地位を確立して行くのだということを言っていた人がいたが、アフリカで彼らの見ていると納得できる。
週刊東洋経済のアフリカ特集
週末で時間ができたので週刊東洋経済2010年1月9日号、アフリカ特集に目を通した。
http://www.toyokezai.net/shop/magazine/
さすがは経済書・雑誌・会社四季報等経済を主軸にする経済新報社が相当数のスタッフを動員して組んだ特集だけに、その内容は広範でかつ現状を的確にそして詳細に伝えているという印象を受けた。
まだコンビニでも販売していると思うので、アフリカに興味のある方には一読をお薦めする。
その上で、以下の2点について述べておきたい。
先ず第一点は後進国でいろいろな援助活動に関わるNGO/NPOなどについてで、いろいろな人たちが関わるNGOなりNPOの活動を現地で間近に見る機会が多々あり、その活動ばかりか現地での存在意義にさえ疑義を挟みたくなるようなウサン臭いものを多く見ているものだから、そう云う人たちの活動についついて懐疑的または否定的になってしまう。もちろん全部が全部そう言うものではないということも十分承知している。
そう思いつつ、なかなか立派な活動をしているようだと思ったNPOは、日本企業人としてアフリカに関わり、退職後、それまでに培った知識・人脈を活用して活動を続ける http://www.sapesi-japan.org/ という団体。いいアイディアだと思う。
第二点目は、日本人、特に民間企業の人たちのアフリカへの関わり方について。
週刊東洋経済の特集にもあるが、日本企業がサブ・サハラで活動をしようとすると、アフリカの中では経済力が突出している南アをメインにすえて活動の拠点を南アに置くことになる。
そこで活動する日本人は、多くが南アの白人をカウンターパートとして起用し、南アの白人は黒人スタッフとする。
ここで覚えておいて欲しいことは、南アの白人はつい10数年前までは黒人をホームランドと称する地域に隔離して交流することも黒人を理解することをも拒否していという事実。そして黒人は、教育の機会も限られ、仮に能力・資格があっても実際に責任ある地位で実力を発揮する機会は非常に少なかったと云うこと。
それが1994年の総選挙後、黒人の経営参加を義務付けるBEE(Black Economy Empowerment)政策で、経験もなく仕事のことが良く分かっていない黒人の上司に、黒人のことを分かりたくない白人がスタッフとしてチームを組むという事態がしばしば見受けられることとなり、それを日本人の駐在員が統括するということになっているケースが多くあるということ。
実名で云っても構わないかな?
トヨタのケニア法人、トヨタ・イースト・アフリカというのはアフリカを統括する南ア・トヨタの下に来るらしく、南アから南アの黒人と白人スタッフがケニアの営業活動他について指導に来るらしいのだが、彼らに対応するのはケニアの巧者キクユ族の面々で、「Yes,Yes!」と南ア・スタッフの云うことを聞くようにしながらも、結局キクユが一番やり易い体制を構築して行くのだそうだ。
ケニアのキクユ族とうまくやって行ければ、多分、アフリカのどこでもやって行けるかも知れない。
そのキクユのトップ、キバキ大統領が来週14日から日本を公式訪問という話を小耳にはさんだけれど、どうなのかな?
服を着た犬
おとといの晩、10年以上前にナイロビおつきあいのあったオヤジたちで集まって新年会をやった。
毎日寒い日が続くだけに、誰が言うとはなし「ナイロビの気候が懐かしい」「世界で最も快適な気候だ」云々というベタな話題で盛り上がった。
隅田川河岸では朝晩犬を散歩させる人を多く見かけるが、ほとんどの犬は服を着せられている。飼い主としてはペットに寒い思いをさせては可哀想ということでその気持ちは十分わかるのだが、犬はどう云う思いをしているのだろう。もちろん表現できる言語を持ち合わせていないのだから「暖かい」だの「快適」「邪魔臭せぇ」などという意思はないだろうけど、どうなんだろうか。飼い主の自己満足というのもあるのだろうかと思ったりもする。
それで、ふと思うのは、アフリカでストリート・チルドレン救済などいろいろな活動をするNGOなどを、そんな犬の飼い主に脈絡ものない結びつけて、自己満足という部分も多分に有るのだろうと思うと同時に、NGOの活動を受け入れるアフリカの人たちはどう思っているのだろうということなど。
アフリカ人は鷹揚で寛大だから来るものは拒まないし、ましてそれなりの金品を持って来てくれる人たちは大歓迎するのは当然だろう。
ナイロビのスラムで住民の生活支援をやっている人たちが、春と秋に日本に戻って北海道から沖縄まで日本各地で3ヶ月くらいの行程で「救済されなければならないアフリカ」を全面に出して報告会と募金のツアーをやっているのを見ると、何となく違和感を覚える。
最来週、ナイロビへ出張することにした。
エミレーツに予約をしたらかなり混雑していて希望の日のフライトがなかなか取れなかった。ドバイ・ショックの影響はないのか、関空-ドバイはみっちり詰まってのるようだ。