ケニアの桜桃季
ナイロビからケニア山まで北へ広がる高原地帯をCentral Highlandと呼び、英国が東アフリカを植民地化するにあたって一番最初に入植者たちが拓いていった土地で、ナイロビ同様気候は抜群に良い。かつて、日本の友人知人へその気候の良さを説明するときには「一年を通して初夏の軽井沢のような気候」などと言ってみたりした。
赤道直下の高地で一年中温暖な気候ではあるけれど、ちょっとだけ南半球だからやはり日本の季節とは逆になり、6-8月の寒冷期の後、9月はジャカランダが咲き始め百花繚乱の春となり、10月中旬の小雨期の始まりとともにコーヒーの花が一斉に咲く。そして、12月は日本の初夏とおなじように真っ赤なプラムが青空市場や道路端のモノ売りのオバサンの屋台に積み上げられ、このプラムが出回るとクリスマスが近いことを感じさせてくれたものだった。
桜桃忌の桜桃はサクランボことだけれど、彼の地のプラムはいわゆる「スモモ」のことで実際には桜桃ではないけれどこの時期を桜桃季と呼んでいた。
ケニア山の南東の麓に、東部県(Eastern Province)の県庁所在地となるエンブ(Embu)という都市(町?)があり、県庁(Provincial Headquarters)の前の通りはジャカランダの並木道があり、10月から12月にかけてはみごとな景観となる。
その道路沿いにはモノ売りの屋台がつづき、上空のジャカランダの紫とその下の屋台のプラムの赤のコントラストがなんともいい。
そして、県庁を過ぎてそのままエンブ国立病院(General Hospital)の前も通過してさらに先へ行くと、エンブでいちばん由緒ある「Izaak Walton Inn」とうホテルに至る。
そお、あの「The Compleat Angler(釣魚大全)」の著者、釣聖Izaac Waltonにちなんだ命名と云うわけだ。
ケニア山麓の渓流は、小雨期の時期は水が濁って釣りには具合が悪いけれど、雨期があけるクリスマスの頃からが渓流釣りのシーズンとなる。
クロアチア共和国 ドゥブロヴニクより
2001年にドイツに赴任した際に、ドイツ語が分からなかったのでテレビはもっぱらBBCとCNNを観ていた。
そのころ、ドゥブロヴニクのきれいな映像を使ったクロアチア観光局の宣伝CMが頻繁に放映されこちらの旅心をそそり、いつかは行ってみたいと思っていたけれど、ドイツ滞在中に訪れることはできないまま今に至った。
念願かなって来てみたら、なぜあの時あのタイミングで観光キャンペーンをやっていたのかが良く理解できた。
1991に始まった内戦がおさまったのが1995年で、それから大急ぎでインフラの復旧と観光投資を積極的に誘致に力を注いでやっと2000年頃になって、世界各国から観光客を呼び込む準備ができてあのキャンペーンになっていたのだと納得した。
「日本人は団体で名所旧跡をあわただしく駆け回る旅行しかできない」と自虐的に言い、「欧米人のように一か所にとどまってのんびり休暇をすごすことが本来の正しい休暇の過ごし方」と日本人の旅行の形態を、なんとなく非難めいた口調で言うけれど、今回が二度目となるそう云うツアーに参加してみると、日本人の規律の良さと効率のよさにつくづく感心させられ、ドイツ人や米国人などにはとても真似ができないし、「もしも」などと、30人のアフリカ人のグループを引き連れてこう云った緻密な行程をこなすことを想像してみると、思わず笑ってしまう。
今回の行程を、個人でカバーしようとしたら4倍くらいの時間と費用が掛かるかも知れないなどと思いながら、スロベニア・クロアチア・ボスニアヘルツェゴビナを楽しんでいる。