Study to be quiet !
Izaak Waltonの『The Compleat Angler』の最後に、聖書からの引用の「Study to be quiet.」という一文がある。静かなることを学べと云う意味だが、文豪開高健は「穏やかなることを学べ」て訳していたと記憶している。
そもそも、Izaak Waltonとその著書『釣魚大全』を知ったのは、かなりむかしに読んだ文豪の随筆であり、その後ケニアの田舎町に、植民地時代に開業した「Izaak Walton Inn」という名のホテルを見つけて感慨をおぼえた。
文豪は1989年12月9日に亡くなった。つまり、きょうが22回忌というわけだ。
当時ケニアにいたので、訃報を聞いたのはしばらくしてからだったが、12月9日のちょうど一ヶ月前の11月9日にベルリンか壁が崩壊し、時代が大きく動いていたときだった。
さて、いろいろ諸般の事情でこのブログに不都合があり、これをもって継続停止といたします。
別の場所へ引っ越しということも考えたけれど、結局ここを放棄して、しばらくはStudy to be quietの教えのとおり静かにしていましょう。
釣聖 Izaak Walton のこと
初版が出版されたのが1653年という『The Compleat Angler』(邦訳は「釣魚大全」)のCompleatはComplete古い綴りで、Anglerは釣り師のことでFishermanの漁師とは区別されのもので、この本はいろいろな哲学的な思索や詩の引用などもふんだんにあるけれども、どちらかというと詳しい釣りの指南書とも受け取れるが、著者のIzaac Waltonの人生に目をやると、そこに全く違ったものが見えてくる。
Waltonの生きた時代の英国は、打ち続く戦火、疫病、ロンドンの大火などに加えて国王が処刑されるという革命のさなかにあり、彼自身の身の上には、結婚して7人の子どもを授かるが次々と病で失い、その奥さんにも先だたれ、再婚して後妻とのあいだに2人だか3人子どもが生まれたらその奥さんも亡くなってしまうということで、20年間に身内の葬式を10回も出すというさなかでこの『The Compleat Angler』を執筆していた。
しかしこの本には、そなん魂の地獄はおくびにも出さず、魚釣りに行った5日間のできごと、鱒や鯉などの魚のウンチクや、出会った狩人との会話を楽しみ、川に水汲みにきた少女とのふれあいなどを書きつづり、詩を引用してみたり聖書の一文を引いてみたりと、なんとものどなかお話となっている。
書かれたものも大事だけれど、書かれなかったものの中になにやらもっと深いものを感じずにはいられない。
ケニアは、まだ小雨期が続いているらしく、一昨日にもまとまっ雨が降ったらしいが、雨上がりの澄んだ空気になかでEmbuのIzaak Walton Inn のベランダでジャカランダの紫の花を見ながら甘いミルクティなどをすすりながら、Waltonのことを思ったり、だれがどう云う経緯でケニアのEmbuIに『zaak Walton Inn』を始めることになったのかなどと考えてみたら、時間の過ぎるのもわすれるにちがいない。