甘い椅子
村上春樹の新作『1Q84』が発売12日間で100万部の売り上げと聞いた。
『1984』の作者オーウェルには『動物農場』というのもあるが、これも名作だと思う。一般に「全体主義・スターリン主義を痛烈に批判している」というコメントがついているが、これが書かれたころのソビエトに限らず、権力を手にした者がどうなるかとことを普遍的に言い表わしていると思う。
2002年暮れのケニアの総選挙で圧勝して政権の座についたキバキ大統領は、以前から野党リーダーとして腐敗したモイ政権を批判し続け「Anti-Corruption」を標語に野党勢力をまとめて選挙戦を戦い勝利した。本人は選挙前から、もし当選して大統領に就任しても一期のみと宣言していたが、実際に当選して1年が過ぎたあたりから様子が変わり始めた。
まず奥さんのルーシーが、キバキは当選後いろいろな成果を出し初めているので二期目も大統領を続けるべきだということを云い始め取り巻きの賛同も多くなり、ついに本人もその気になった。
あるキクユ族に「キバキは続投するのか」と聞いたら、たった一言「Kiti yake ni tamu sana!」と云う答えが返ってきた。Kiti=椅子、yake=彼の(正確にはchake)、ni=は(英is)、tamu=甘い・美味しい、sana=大変・非常に。
つまり、「大統領というポストはたまらなく美味しい」だから当然続投するということだ。
酒を飲んで人格が変わるのは日本人でもよく目にする。普段はポレポレ歩いているアフリカ人が一旦クルマのハンドルを握ると人格が変わってマタツと競争する。権力を手にした場合も人格が変わる。これはちゃんとした英語の言い方があり「Power Drunk」と呼び、一般的な言い方だ。
一旦権力を手にしたら離れられない。ジンバブェのムガベなどもその図式で理解できる。アフリカの権力者だけでなく、日本の総理大臣だって一度やったらやめられないのかも知れない。Kiti chake ni tamu sama!
明日からミャンマーへ行く。
オーウェルは英植民地下のビルマ中部マンダレーで1922年から5年間警察官をしていたそうだ。
市川昆は映画『ビルマの竪琴』を1956年と1985年の2回撮っている。二回目を撮った理由は、一回目は白黒だったためビルマの赤土の大地が表現出来なかったのでどうしてももう一度あの赤土をカラーで撮りたかったと云っていたそうだ。 たぶん、アフリカのあのラテライトの赤土と同じなのだろう。
Endangered Species (絶滅危惧種)
1998年頃と記憶するが、ケニアの代表的な日刊紙に面白い投書が掲載された。
当時、モイ政権が20年以上続き権力腐敗で援助も滞り経済が停滞して沈うつな状況が続いていた。その投書は生活の困窮は生死を左右するところまで達していると思った投書主が、野生動物のEndangered Speciesのことが話題になっているが、このままでは我々こそが死に追いやられてしまうEndangered Speciesだというのが主張であった。こう云うことを投書する感性もユニークだが、これを掲載した編集者の感性もユニークで楽しいと思う。
最近、仕事の関係で大田区工業振興協会というところにコンタクトをとり、鋳物の会社を紹介してもらいいろいろと技術的なことを教えてもらう機会があったが、薀蓄というのかあの技術・知識の蓄積は凄い。ただ、この60歳を過ぎた方には後継者がいない。
さらに、現在の不況のあおりで多くの町工場が廃業に追い込まれているが、一旦絶滅したら二度と再生できない技術・知識を持った人たちの会社の多くが倒産したり廃業に追い込まれている。
現在の日本の農水林業も30年後はどうなってしまうのだろうか。社会保障も医療もだ。
30年後、50年後、アフリカ人はしなやかにタフに生き残るかもしれないが、日本人の方がどうなっているかわからない。
未完のロマン
http://www.bertolli.com/ と云うウェブサイトにアクセスすると「Choose your country」という欄で約20カ国の国名が表示される。日本はないが韓国があるので韓国を入力するとハングル表記のサイトへ移る。
Bertolliはオリーブオイルのビッグ・ブランドで日本にも輸入されているようだが芳醇で高品質のオリーブオイルとして知られている。現在は多国籍企業のUnileverの所有だがもともとはイタリア・トスカニー地方で1865年に創業者Bertonlli氏が始めた個人経営と書いてある。
創業者から4代目だか5代目のBertolli氏は戦後間もなくハーバード大学に留学し、卒業後にケニアに来てフラミンゴで有名なナクルの町でコーンオイルの搾油・精製をする「Elianto」という会社を起こした。
今でこそ一般のアフリカ人が調理をする際にはパームオイル、コーンオイルを使うことが増えてきたが、かつては『Kimbo』のブランド名で知られるEast African Industries Ltd.製ショートニングのみだった。マンダジ(揚げドーナッツ)もスクマ・ウィキ(ケール)を炒めるのも全て『Kimbo』で、コーンオイルは高価で一般のアフリカ人には手が届かなかったが、ケニアで調理オイルと云えばEliantoのことと云うほどに浸透していた。
このBertolliさん、ビクトリア湖岸に多いLuo族出身の美人を奥さんに迎えハッピーな日々を送っていたが、ある日突然ブランドも含め会社全て売り払い、家族をナイロビに残しひとりタンザニアへ金鉱探しに出かけ野宿をしながな金鉱探しをやっていた。結局ナイロビに戻ったのは2年後だったが、本人は諦め切れない様子だった。
次は何をやるのかと注目していたら、ナイロビの北40kmのところに4000Haのパイナップル畑を所有するDel Monte Kenyaの社長に就任し、当時労働争議その他でゴタゴタしていたDel Monteの経営を短期間で立て直した。
Del Monteは4,5年で社長職を辞したようだが、世の中にはすごい人がいるものだということを実感させるひとだった。