Hardnutのブログ -104ページ目

生命の木の下で

ちょっと前に、「生命の木下で」という文庫本をカッコイイ題名につられて買ってみた。免疫学者・多田富雄のエッセー集で、西アフリカ・マリのドゴン族の村にある泥でできたモスクを訪れた話や、タイ北部山岳地帯の麻薬撲滅活動を見て回ったときの話などで、別にどうと云うことのない普通のエッセーだけれど、一箇所うんうんと納得して読んだところがあった。

著者がチェンマイを訪れ市の中心部にある旧王宮のナイト・バザールで、山岳部族の少女が手製の民芸品を売ろうとして日本人観光客と値段の交渉をしているところに出くわし、日本人が強引に値引きを迫るものだからその少女が泣きそうになって目をぱちぱちさせているという光景で、著者が「なにもあそこまで強引に値引きをしなくても、、、」というコメントを述べていた。


タイ北部国境地帯で麻薬撲滅のためコーヒーとマカダミアの普及活動をしているNGOのお手伝いをしている関係で昨年そのあたりを訪れたとき、活動の拠点としていたチェンマイの同じ場所で全く同じ光景に出くわし、同じ印象を受けた。

その場所・場所で商慣習も違うから一概には言えないけれど、海外で買い物をするときは面倒だけれどもいちいち値引き交渉をしなければならない場合が多い。特に観光地などでは言い値で買えばカモにされたようで気分がよくないし、かと云って相手の罵倒するような交渉も考えものだ。特に相手が弱い立場であればなおさら。


でも例外がある。

ケニア人には商才に長ける者が多く、どんなに値切り倒そうとしても原価を割って損を出してまで商売をするようなことはまずない。値段のよく分からない民芸品などは、たとえばちょっと極端な例かも知れないが、1000円と云われたものを英語で交渉すると800円になり、さらにスワヒリ語で値切ると600円まで下がり、強行に彼らの部族語で交渉を続けると300円まで下がるというよなこともある。

値段交渉の理想は、寅さんが露天の叩き売りで、源ちゃんをサクラに仕立てて売ネタを売りさばき「あぁ、損な商売しちゃったなぁ」とほくそ笑み、買った方も何か得をしたような気分になる、そんなところで折り合うことだろうなぁ。

クリントン縦横無尽

ビル・クリントンが北朝鮮を電撃訪問して逮捕されていた韓系米国人ジャーナリスト2人を特赦させて米国へ連れ去るということをやってのけ、それをニュースで見ていた日本の拉致被害関係者はいたたまれない思いだろう。元大統領が自ら出かけていって自国民を連れ帰る国と、いまだに何十人もの日本人が拉致されたままと云うのに打つ手のない国、気の毒な話だ。


と、思っていたら、奥さんのヒラリー・クリントン国務長官は、ほとんど前ぶれなく昨晩ナイロビに到着し、いたるところが交通止めになるは、市内のセキュリティは一気に厳しくなるはと大騒ぎの模様で、投宿先がインターコンチネンタルホテルなので、Central Business District(Uhuru Highway, Haile selassia Ave, Kenyatta Ave, Moi Aveで囲まれた四辺形)はほぼ立ち入り禁止状態らしい。

米国アフリカ援助特別法AGOA(African Growth and Opportunity Act)実施のための現地会議をナイロビで開催ということになったらしいけど、急遽国務長官・農務長官などの米政府大物の参加となっとようだ。

さきにナイロビ入りしていたTom Vilsack農務長官は昨日KARI(Kenya Agricultural Research Institute)を訪問して、食糧増産・優良種子生産増などというコメントを述べているようだけれど、アフリカの食の安全保障を掌中にという動きを加速させる意図があるのではないだろうか。


ケニア政府はこのタイミングを狙ってか、今日から電力供給制限を実施するとのこと。

理由は、この前の雨季に十分な降雨量を得られなかったので、一番大きな水力発電所Masingaダムが干上がって発電ができないということ。どうも過去の電力供給制限をした時と同じように、雨季の降雨量不足→発電量低下→供給制限→国民・住民が被害→外国からの緊急援助→雨が降った訳でもないのに供給制限解除、、、というのを仕組んだように見受けられるのだが、、、。

降雨量不足で電力不足というのは過去にもあったけれど、二ヶ月くらいで、雨が降った訳でもないのに供給制限がなくなったということがあった。米国から大型Delegationが来ている今は、「アフリカの爆弾」を仕掛ける絶好のタイミング。こういうのを英語では「Take a chance !」という。

寅さんの描いていた心象風景

今日8月4日は渥美清が亡くなって13年。だから今日は14回忌の命日ということになる。

寅さんの映画は劇場でもビデオに録画したものもとにかく好きで何回も観たけれど、本当のいいと思って観ていたのは第40作あたりまでで、時代がバブル期となり寅さんも往年の精彩がなく主役は満夫とゴクミになってしまったと残念に思っていたら、渥美清の訃報が伝えられた。


その後、山田監督はどう云う作品を作るのかと思っていたら「たそがれ清兵衛」が公開され、ああやっぱりと納得した。バブル期を経た90年代後半の日本では監督と俳優が描き続けてきた日本の心象風景はもはやどこにもなく、いきおい江戸時代の架空の庄内・海坂藩という設定になったのだろう。監督らしいいい映画で、それに続く「隠し剣・鬼の爪」もよかった。時代劇3作目の「武士の一分」は主演のキムタクで話題は取ったけれど、内容は前の2作には及ばない。


ちょうど3年前、ブラジルとボリビアを訪れ、ボリビア・サンタクルスの空港から帰国の途に着こうとしてチェックインを済ませた空港待合室で、日本へ一時帰国かと思われる日系人家族と居合わせた。

40歳代の母親と70歳過ぎと思しき両親、それに10歳前後の二人の男児、計5人という構成で、子供達は上気して待合室ではしゃぎ回ると、母親が静かに「あなた方は日本人なんだからそんな恥ずかしいマネをしてはいけません。静かにしていなさい。」と言って注意するのを目撃した。「日本人なんだから、、、」とはずいぶん大袈裟なと思いながら見ていたれけど、実際に「日本」を背負って海外で頑張っているのだうろと思い、今どきの日本でこう云ういい方で子供を躾ける親はまずいないと思い、なんだか感銘を受けた。

その翌年、つまり今から2年前、今度は別の仕事で隣国パラグアイへ行き、日本人農協の人たちと数日行動をともにして、特にどこがどうのというのではないけれど、その人たちも含め南米へ移住している日本人・日系人のメンタリティがとても懐かしいよう思えた。

山田監督は、南米日本人社会にかつての日本人の心象風景を見出せるかも知れない。


アフリカを訪れて「ここには現代の日本には失われてしまったものがある」などということをよく耳にしたが、どうだろうか?