生命の木の下で | Hardnutのブログ

生命の木の下で

ちょっと前に、「生命の木下で」という文庫本をカッコイイ題名につられて買ってみた。免疫学者・多田富雄のエッセー集で、西アフリカ・マリのドゴン族の村にある泥でできたモスクを訪れた話や、タイ北部山岳地帯の麻薬撲滅活動を見て回ったときの話などで、別にどうと云うことのない普通のエッセーだけれど、一箇所うんうんと納得して読んだところがあった。

著者がチェンマイを訪れ市の中心部にある旧王宮のナイト・バザールで、山岳部族の少女が手製の民芸品を売ろうとして日本人観光客と値段の交渉をしているところに出くわし、日本人が強引に値引きを迫るものだからその少女が泣きそうになって目をぱちぱちさせているという光景で、著者が「なにもあそこまで強引に値引きをしなくても、、、」というコメントを述べていた。


タイ北部国境地帯で麻薬撲滅のためコーヒーとマカダミアの普及活動をしているNGOのお手伝いをしている関係で昨年そのあたりを訪れたとき、活動の拠点としていたチェンマイの同じ場所で全く同じ光景に出くわし、同じ印象を受けた。

その場所・場所で商慣習も違うから一概には言えないけれど、海外で買い物をするときは面倒だけれどもいちいち値引き交渉をしなければならない場合が多い。特に観光地などでは言い値で買えばカモにされたようで気分がよくないし、かと云って相手の罵倒するような交渉も考えものだ。特に相手が弱い立場であればなおさら。


でも例外がある。

ケニア人には商才に長ける者が多く、どんなに値切り倒そうとしても原価を割って損を出してまで商売をするようなことはまずない。値段のよく分からない民芸品などは、たとえばちょっと極端な例かも知れないが、1000円と云われたものを英語で交渉すると800円になり、さらにスワヒリ語で値切ると600円まで下がり、強行に彼らの部族語で交渉を続けると300円まで下がるというよなこともある。

値段交渉の理想は、寅さんが露天の叩き売りで、源ちゃんをサクラに仕立てて売ネタを売りさばき「あぁ、損な商売しちゃったなぁ」とほくそ笑み、買った方も何か得をしたような気分になる、そんなところで折り合うことだろうなぁ。