後悔しないために
先日のリハビリで、自主トレメニューの追加があった。昨日、早速やってみたのだけど・・・1つは、私は患脚は左なので壁に手を着き体を支え右脚を上げて片足立ち。これは、いつも通りのメニュー。それから、左脚1本で立ったまま右の骨盤を上げ下げ。これが難しい。リハビリでこれやって!ってO先生から指示された時は、目の前でO先生がやって見せて説明だけ受けて帰って来たの。昨日は、まずどうやったら右の骨盤が上がるだろう?と必死。合っているかどうかの前に、よく分からぬままやってる(笑)これをやると、左の骨盤の横っちょがキターってなるから!って言われたけれど・・・疲れたのは右(-"-;Aう・・・うん・・・間違っているんだろうなとは思うけれど、やり方を教わってきたわけじゃないから修正の仕方も分からないのだそして、もう1つ。階段を使って、左脚を1段かけて右足で2段飛ばしで出したり戻したり・・これは、左に来る前に右股関節に痛みが。。。ただ、この右股関節の痛みも骨から来ているものなのか筋肉なのかが分からない。とりあえず、明日の朝まで続けてみて2つともO先生に報告かな。自主トレは、1日100回に戻した。ビリビリ痛いのは、筋痛に近いものなんだなって思ったしその状態で必死で回数こなしでガシガシやって痛みが増したときに筋トレどころか自主トレも休まないといけなくなる可能性が高いから。自分の病気と向き合う。私が常に頭の中にある言葉。良いのよ、たまには目をそらしたって。それは、逃げるのとは違う。だって、どんなに全身全霊で拒否したとしても自分の身体を取り換えでもしない限り病気とは離れられない。変形性股関節症は、一生向き合っていく病気。命に直結するものではないけれど、生きていくうえで。たった1度しかない、私だけの人生を謳歌するために。自分の脚で歩く。痛みのない生活を取り戻す。1日でも長く、自分の骨で過ごす。私はね。。今回のTHAを決めるまで、かなりジタバタした。26年間、頑張ってきた左股関節。6度のオペにも耐えてきたこの脚を、今ここで1つ終わりじゃないけれど終止符を打つべきか。入れ替え・脱臼・感染・術後の制限。。。自分の骨で居られる方法があるなら、その方が良いに決まってる。だけど、私の左股関節がもう限界だよって悲鳴を上げていた。泣きながら悩んで、必死で出した答え。それが、26歳でのTHA。主治医のM先生、当時の担当PTのT先生、看護師さん。。みんなが私の決断に同じ方向を向いてくれた。一瞬で手を取ってくれた気がした。あの日、オペを受けるとM先生に伝えた時・・「さつきちゃんの事だから、ここまで来るのにもう相当考えて悩んでやるって言ってるんだよね。分かったよ。やろう!必ず、この決断を正解に変えようね。」って言ってくれた言葉が今の私を支えている。術後の制限に関しては、多分。。今もまだ自分自身と闘ってる。痛みがゼロではないけれど、動けないほど痛み止めが手放せない・効かないほどの痛みは無い。ちょっと、深く曲げてしまった瞬間にビリビリって痺れのようなものと痛みが出る。脱臼の不安と隣り合わせになりながらも、痛みがない毎日が嬉しい。やりたい!と思う気持ちが強くなる。だって、階段なんて手すりが要らないくらいトントントンって昇り降りできるのだって何年振り?ってくらい。やりたい・出来る・出来ない。その狭間で、いつも闘ってる。そんな今と向き合いながら、思う事。同じ病気で闘うみんなに、私と同じ思いはして欲しくない。適切な時期に、骨切りという選択肢があるのなら踏み切ってほしい。若くして人工股関節になるということは、本当は避けるべきことだから。自分の骨と、人工股関節、生活の質や日常はやっぱり違うものになる。両方経験しているからこそ、大変でもその時は苦しくても・・2年後・3年後。自分の骨で過ごせるというのは、幸せなことだと思う。もちろん、人工股関節がいけないってことじゃなくて。骨切りの選択肢があるのに、人工股関節にする時まで痛みを我慢して心をボロボロにしてしまうのはもったいないって思うから。自分が納得のいく選択をして欲しい。私は、6度の骨切り・抜釘を越えてきた。もう、私に残されたのはTHAと痛みを我慢して引き延ばす生活。笑って居たい。1年を、痛みで顔を歪ませて過ごすのは嫌だって思ったからジタバタしたけど泣いたけど・・それくらい真剣に悩んで決めたから後悔は1つも無い。今は、将来も後悔していないって、正解だったって笑って言えるように努力を重ねるだけ。