ケアマネ時々卓球、時々その他

ケアマネ時々卓球、時々その他

仕事は介護、プライベートでは卓球を中心に、その他もろもろ思いつくままに書いてみます。テキトーな独り言です。

 

(1)在宅介護の根幹を揺るがす

「認知症の方で身寄りもない独居の方に、デイサービスやヘルパーサービスをいれたところ「本人が納得していない、意思に反してサービスを入れるのは虐待事例になるので、精査します」とその方の記録などすべて持って行かれた・・・」という事例。

 

認知症だろうがそうでなかろうが、独居であろうが家族がいようが、介護サービス導入については納得せず、周りに言われるがままにサービスを実行しているケースというのはいくらでもあると思う。それをケアマネによる経済的虐待と言うのが成り立つのであれば、在宅介護の根幹を揺るがすことにもなるだろう。

 

(2)歯を食いしばって困難ケースに立ち向かっているからこそ

ヘルパーが入らない事で生活は荒れ放題。ゴミは散乱し、近所迷惑。デイサービスも同様。週に数回でもキチンと食事を摂り、運動し、入浴もする。

 

そういう事をそもそも煩わしいから放っておいてくれという高齢者はそれなりにいる。周りから見ればゴミ屋敷で迷惑この上ないのだが、本人からすれば自分の城であり、他人にとやかく言われたくはない。

 

そういう所をなだめすかし、なんとか説得してサービスを入れるケースはあるが、そういうケースに限って本人は納得していない。それで苦情申し立てなどを役所に言えば、役所としても調査しないわけにはいかない。事業所にすればこんな面倒くさい、困難ケースを何とかやっているのに、虐待疑いの目を向けられる事は辛いだろうと思う。

 

(3)行政の姿勢は時として介護事業者の脅威となる

ハッキリ言えば、こうしたどうしようもない高齢者というのは一定数いる。私も近所の鼻つまみ者の利用者を何人も担当したことがある。

 

当然ぶつかる事もあった。厳しいことを言う事もあった。利用者にすれば若造にうるさいことを言われるのは面白くないだろう。その利用者は地域包括支援センターに泣きを入れたようで担当を代えさせられた。それでも「あなたが利用者との信頼関係を築けなかった」と私のせいにされたが、新担当のケアマネは持て余し、その利用者は結局行政措置で施設に入所させられた。

 

私個人の話になるが、ケアマネというのはこうした難しいケースでも真正面からぶつかる仕事である。勿論、自分の身を守るという点でも法令は順守すべきだが、そもそも行政の「処分できる」姿勢というのは時として介護事業者の脅威となる。こういう事も「介護職離れ」の一因にもなっているようにも思う。

 

 

(1)ヘルパー不足の状況で

人間というのは好きもあれば嫌いもある。人によってちょっとしたことでも鼻につく奴はいるし、こちらが好意を持っていても向こうはこちらを嫌に思っているかもしれない。仕事だから付き合っているだけで、プライベートでは絶対に関わりたくないという人もいるだろう。

 

介護でサービスを受ける側とて人間である。中には「合わない」と感じる人もいておかしくない。

 

かつて、ヘルパーがいくらでもいる時はちょっと嫌なことがあればすぐにヘルパーを代える人が多かった。しかしこれだけ人不足になれば、そんな事を繰り返していたらヘルパーもいなくなる、と説得されて嫌々続けている人もいると思う。それはどちらが正しいとも思わないが、人相手の仕事の難しさを感じる。

 

(2)ヘルパーだって断りたい

ヘルパーを断るという手順は記事の通りだろう。それはそれで良いが、「ヘルパーを代える」という事は、ケアマネとしては、その人が本当にヘルパーを必要としていたのか?という疑問も出て来る。

 

本来、ヘルパーがやる事はケアプラン→訪問介護計画書→手順書にある通りで、人間性までは問われない。それとヘルパーが長く続く人の傾向として、依存的ではないという事が挙げられると思う。要するにヘルパーにあまり期待していないのだ。

 

だからヘルパーを代えてもらいたいという言葉の中に、何が隠れているかを探る必要がある。中にはタダの我儘で代えてもらいたいという人もいる。そういう人にはヘルパーが何のために使えるのかを今一度説明する必要もある。

 

ハッキリ言えば、そんな高齢者の我儘に付き合わされるヘルパーだって気持ちの良いものでは無い。「あの利用者の担当を代わって欲しい」というのはヘルパーも同じなのだ。

 

だから、なぜヘルパーが必要なのか、この利用者になぜ行かなければならないのかを確認する機会でもあると捉えることも時として必要なのだ。

 

(3)お互い心地よい時間を

個人的に思うのは、介護におけるこうした人となりの話は、かなり高性能な介護ロボットが現れるまで続くだろうと思う。好みの顔に代えることが出来、話の受け答え、若い人かベテランが良いのか、利用者好みになれば問題は減るだろう。

 

人相手の仕事というのは、お互いに心地よくないと続けるのは難しい。会うたびにいがみ合っていては、そりゃ疲れるしイライラもする。介護職はそういうイライラをぶつける相手ではない。日常生活で必要な支援を行う人であるという事が原則だ。

 

こういう話をすると冷たいと思う人もいるだろうと思う。しかし介護職だって感情を持つ人間なのだ。だから気持ちよく仕事をしたいし、感情移入する事もある。

 

そう考えると、気持ちよく仕事をさせてくれる利用者というのは、人との関りが上手い人だと思う。私は個人的に人との関りが得意では無いから、今の利用者から学ばせてもらっている事が多い。介護の仕事をしているとそれもメリットに思う。

 

(1)施設選びは水物

ケアマネをしていると「何処の施設が良いですか?」という質問を受ける事は多い。基本的に「分かりません」と答えるようにしている。

 

理由としては、まずどんな施設でもその人にとっての良さ悪さがある。建物がきれいでも、何となく雰囲気が悪いとか、そういうものはケアマネが見ても分からない。

また近年の人不足により、例え職員の雰囲気が良くてもずっと続くとは限らない。逆もまたしかりで、何となく嫌だなと思っても数年で変わる事はいくらでもある。

 

つまりは水物という事だ。

 

人が変われば施設のやり方も変わる。だからいくら事前に思いつくことを調べても、一瞬で変わる事は覚悟すべきなのだ。

 

(2)施設は緊急性の高い人を優先にする。

それでもしつこく食い下がって聞いてくる人もいる。

そういう人には「今余裕があるうちにあちこち見学してください。」と言う。

 

介護に余裕があるとは嫌みな言い方であるとは思う。

 

しかし本当に余裕がない時は施設など選んでいられない。どこでもいいから早く入れてくれと言うのが本音なのだ。これは特別養護老人ホームにおける従来型がよいか高くてもユニット型が良いかという事にも表れる。

 

これは施設側から考えれば当然で、どうしてもすぐにでも入れてくれという希望があれば、何とかして部屋を用意したいと思う。しかし条件が出れば出るほど、その入所のハードルは上がる。叶えたくても叶えてあげられなくなるのだ。だからと言って、この施設が冷たいというわけでは無い。どんな条件でも良いから入れてくれ、という緊急性の高い人が優先だからだ。

 

だからケアマネにどの施設が良いか聞いてくる時点で、まだどうしようもない状態ではないと判断している。

 

(3)おそらく100点満点の施設など世の中に存在しない。

それぞれチェックしておきたいポイントというのは勝手に上げれば良いが、ではそれがどの位出来ていれば合格なのか?と思ってしまう。

 

こういう「帯に短し 襷に長し」となった場合、結局は勢いで決めてしまうものなのだろうと思う。そして事前に色々調べても、いざ入ってみて「思ったのと違った」という事は絶対にある。そこで別に施設に移るか、諦めるかという選択肢になるのだろうが、どちらが良いとは言い切れない。

 

やはり引っ越したことが無い人には施設というのは苦痛だろうから、ショートステイなどで少しづつ慣れていくというのは必要な事なのだろう。

 

おそらく100点満点の施設など世の中に存在しない。どこに入っても良い事もあれば嫌な事もある。受験も同じで学校が決まるまでは色々と選ぶが、入ってしまえば腹も決まるというものだ。

結局は、どんな状況であっても、依存的にならないことが大事なような気がする。